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第5話初めての人

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 そしてお昼休み。

何とか女の子に囲まれる生活にも少しは慣れてきたけれど、それに比例してお腹も減ってくる。

やっとお昼ご飯だ。

私はウキウキしながら鞄を開ける。

「あれ・・・?」

鞄の中を見たらどこにもお弁当箱がない。

私は焦って机の中やロッカーを見てもお弁当箱は見つからなかった。

「へ、変ね・・・どこ行ったのかな。私は確かにラウンジでお弁当を受け取って・・・あっ!」

とってきて・・・ないかも・・・。

「どうしたの、伊澄ちゃん。死にそうな顔しちゃって。お弁当でも忘れてきちゃった?」

「う、うん。そうなんです。わ、私どうすればいいの?このままお昼抜きですか!?」

「伊澄ちゃん何必死になってるのよ。お弁当寮に忘れてきたんでしょ?だったら取りに帰ればいいじゃない」

「えっ?そんなことしていいの?」

「いいわよ。けど、先生には見つからないようにね。見つかったら一応怒られちゃうから」

そして、私はお弁当を取りに行くことにした。

教室を出たところだった。

意外な人物と鉢合わせした。

「えっ?祈ちゃん?」

「あっ・・・」

1年生の祈ちゃんがどうしてこんなところにいるの?

「あ、あの・・・伊澄お姉様、これを・・・」

祈ちゃんは緊張のせいか、震えた手で持っていた袋からお弁当箱を取り出した。

「えっ、お弁当?これがどうかしたの?」

私は意味が分からず、ただお弁当箱を眺めた。

形からして寮でもらえるお弁当箱だ。

私も今からちょうど取りに行こうとしていたところだ。

つまり祈ちゃんも寮生ってこと?

でもどうしてここでお弁当を出す必要が・・・?

「あの・・・これ、伊澄お姉様がお忘れになっていて、それで、あの、だから私が持ってきて・・・」

「私が忘れて?お弁当・・・。あっ!思い出した!」

よく考えたら私、お弁当箱を返却していなかったかも・・・。

きっとお庭で祈ちゃんとお弁当を食べたときに忘れたんだ。

それをわざわざ届けに来てくれたんだ。

「ありがとう、助かったわ。寮に帰る手間が省けたみたい」

けど、中身は空のはず。

そう思って受け取ると・・・。

「えっ?重たい・・・?ひょ、ひょっとして・・・中身が入ってるの?」

「あっ、中身は私がラウンジで出して、今日持って来たんです。私も寮生ですから・・・」

「本当!?わー、ありがとう!祈ちゃん」

「あっ・・・・」

喜びのあまりつい祈ちゃんの手をとって握った。

良かった、これでお昼が食べられる。

祈ちゃんは本当にいい子だ。さすが私が見込んだだけのことはあるかな、なんてね。

「あの、それで・・・もしよろしければなんですけどこれから私とお昼を・・・」

祈ちゃんがそう言いかけた時だった。

「伊澄ちゃん?まだこんなところにいたの?早くしないと時間がなくなるわよ?」

エリカが出てきたのだ。

「あら、この方は伊澄さんの妹さんですか?可愛らしい方ですわね」

続いて千早さんも出てきた。

「あ、いえ。この子は祈ちゃんっていって、中庭で会って・・・」

言いかけたところで祈ちゃんが・・・。

「・・・・っ!?」

「え?」

祈ちゃんが走って逃げ出した。

「え、どうしたの?」

エリカが尋ねる。

「わ、わからないです。ま、待って!」

私は急いで祈ちゃんを追いかけた。

★★★★★★★★★★★★★★★★

「はあ、はあ・・・。わ、私・・・また逃げて・・・。どうしていつもこうなんだろう・・・。伊澄お姉様ともっとたくさんお話して、色々聞きたかったのに・・・本当に、私・・・」

「はあ、はあ。待って、祈ちゃん!どこ行くつもりなの!?」

私は祈ちゃんを追いかけて中庭に来ていた。

「伊澄お姉様!?どうしてここに・・・?」

「はあ・・・はあ、どうしてって言われても。祈ちゃん、何も言わずに逃げるんだもの。気になるに決まってるじゃない」

「あっ!す、すみません急に・・・」

「ううん、いいのよ。急に上級生がたくさん集まってきちゃったから、驚いたんでしょ?」

「あ、いえ・・・」

「それにしても久しぶりにこんなに走って疲れちゃった。お弁当も持ってきちゃったし、ここで食べちゃおうかな。祈ちゃんもお弁当持って来てたら一緒に食べない?あっ、でもまだちょっと寒いかな・・・?」

「わ、私なら大丈夫です!ご一緒させてください!」

「そう、良かった。じゃあ一緒に食べましょうか」

私達は前と同じようにテーブルを囲い、二人で同じお弁当を食べた。

私が一口で食べるようなお団子も、祈ちゃんは何度も切り分けて小動物のように食べていた。

その姿はやっぱり可愛くて、私はまたしても癒やされた。

祈ちゃん・・・やっぱり可愛いな。部屋に連れて帰りたいくらいだ。

「ふう、美味しかった」 

「ご、ごちそうさまでした・・・」

食事を終えてしばし休憩。

私達は庭園を眺めながら一息ついた。

この庭園・・・綺麗よね。

気がつくと、祈ちゃんは私を見つめていた。

「えっと・・・祈ちゃん?私の顔に何かついてるかしら。そういえば前もこんなことがあったわね。私に言いたいことがあるのかと思ったけれど」

「あ、あの・・」

「良かったら聞かせてくれると嬉しいかな」

「で、でも・・・こんなこと言うのは伊澄お姉様に失礼かもしれなくて・・・」 

「えっ!?私、やっぱりどこか変なの!?」 

「い、いえまさか!あ、あの・・・わ、私が伊澄お姉様に相談したいことがあるだけで・・・」

「相談?」

「はい。わ、私・・・い、伊澄お姉様になりたいんです」

へ・・・?

今なんて・・・?

「あ・・・すみません。私なんかが伊澄お姉様になろうなんておこがましいですよね・・・忘れてください」

「あ・・・いや、待って祈ちゃん。ちょっと意味がわからなかったんだけど・・・祈ちゃんが私になりたいってどういうこと?」

「は、はい。初めてお会いした時から、私、伊澄お姉様になりたくて。でもどうすればいいか悩んでて・・・。ど、どうすれば伊澄お姉様になれるでしょうか?」 

「え、いや、どうすればって言われても・・・」

あまりにも予想外の質問に私は戸惑った。

わ、私になりたい?何それ、どういう意味?

髪型とか服装とかそういうのを合わせたいってことかな?

「無理でしょうか・・・私が伊澄お姉様になんて」

「ま、待って!もう一度確認させて?祈ちゃんは、どうして私になりたいの?」

「はい。それは伊澄お姉様がたくさんの方から求愛を受けるほど、魅力的な方だからです」

へ??

「あの千早お姉様やエリカお姉様、他にも数十人の方から交際を申し込まれていると噂で聞きました」

「・・・・・・・」

「私、昔から口下手で人付き合いが苦手で・・・ビブリアに入る前は、お前は人形みたいだっていじめられたこともあって。そのことをお父様にお話したら、お前が人形みたいなのは友達がいないからだって言われて」

確かに祈ちゃんは、こけしみたいですごく可愛らしい。

「それで、ビブリアに入ってからは、お友達をたくさん作ろうと頑張ったんですけど、まだ一人もできなくて・・・。そんな時に伊澄お姉様の噂を聞いて、私も伊澄お姉様になれたら、たくさんの方から好かれるようになるんじゃないかと思ったんです」

「あ・・・・あぁ!なるほど、そういうことね!」

ここまで話を聞いてようやく理解した。

変な噂の真偽はともかく、祈ちゃんが私になりたいのは自分を変えたいという意味だろう。

「要するに祈ちゃんは、私になりたいっていうより、私みたいになってお友達を作りたいってことね」

「あっ、はい!その通りです!教えてください、伊澄お姉様。お友達を作るにはどうすればいいのでしょうか?」

「え、う、うーん・・・。改めて聞かれると、む、難しいなぁ」

お友達なんて作ろうと思って作ったわけじゃないし、そんなことを考えたこともなかったしなぁ。

お友達ってどうやって作るんだ?

けど、祈ちゃんの期待の眼差しに、何かを言わなければという使命感にかられてしまう。

「えーと、そうだ!お友達なら、毎日おしゃべりしてたらできるようになるんじゃないかな?あ、でも祈ちゃんは口下手なんだよね」

「はい。私、本当に口下手で・・・クラスの方も気を遣って話しかけてくれるんですけど、それもうまく答えられなくて・・・。私が何か言うとそこで会話が終わるんです。だから、最近は誰も話してくれなくなって・・・」

「うっ・・・それは重症ね。でも、私とはちゃんとお話できてるのに、どうしてなの?」

「い、伊澄お姉様は特別です。伊澄お姉様は綺麗で優しくて、それでいて暖かみがあって・・・だ、だから話しやすいんです」

祈ちゃんは顔を真っ赤にさせて、手をもじもじとしていた。

うっ。あ、相変わらず可愛い・・。

こんな表情ができるんだから、お友達なんてできなくてもお人形さんじゃないと思う。

でも、クラスで一人きりなのは可哀相だ。

もし私にエリカや千早さんがいなかったらビブリアでの生活はもっと過酷になっていただろう。

何とか協力してあげられないだろうか。

「よし、まずはこうしましょう!お友達の件はひとまず置いておいて、まずはお喋りの練習をしてみない?」

「え・・・でも」

「お喋りなんて、要は慣れだよ、誰かとお話しているうちに自然とうまくなるって。お友達作りはそれからにしよう」

それまでに私もいい手を、思いつくといいなぁ・・・。

「あ、あの・・・でも、お喋りの練習をしようにも相手がいなくて・・・私、本当にお友達が一人もいないんです・・・」

「え!?お友達ならいるじゃない?目の前にいる人は違うとでも?」

「え?」

私は悪戯っぽくウインクをしてみせる。

けど、祈ちゃんは右を見て、左を見て、最後に、幽霊でも見たの?とでも言いたげに私の方を見た。

「い、祈ちゃん!?私よ、私!私は祈ちゃんのお友達じゃないの!?」

「えーーーー伊澄お姉様が!?」

「うん。だって私達、こんなにたくさんお喋りしてるんだから、もうお友達でしょ?」

「あ、ででで、でもっ」

「だから、他にもう一人・・・できればクラスメイトがいいわよね?新しいお友達ができるまで明日からここでお喋りの練習をしようよ」

「で、でも私なんかがお友達になって、よろしいんですか?」

「もちろんよ。よろしくね、祈ちゃん」

「い・・・伊澄お姉様!ありがとうございます!伊澄お姉様が私のお友達になってくださるなんて・・・ゆ、夢みたいで、本当に・・・ぐすっ・・・うっ、嬉しいです・・・」

祈ちゃんは喜びのあまり、目に涙さえ浮かべていた。

嬉しいな。私なんかがお友達になっただけでこんなに喜んでくれるなんて。

やっぱり祈ちゃんは可愛くて純粋な子だ。

祈ちゃん、本当に家まで持って帰れないかな・・・。 

「伊澄ちゃん・・・あなた、何してるの?」

「ひゃあっ!!エリカ!?どうしてここに!?」

「あなたの帰りが遅いから心配してきたのだけど・・・どうしてこの子泣いてるのよ」

「えっ、こ、これは別に・・・わ、私は祈ちゃんとお友達になっただけで・・・」

「へぇ、最近は下級生の子にイタズラする時はそんな言い訳をするんだ?」

「ご、誤解ですよ、何もしてません!」

「だってその子泣いてるじゃない!」

「本当に何もしてないですって!ね、本当だよね、祈ちゃん!?」

「あ、はい。伊澄お姉様は私の初めての人になっていただいただけで・・・私、今日のことは一生忘れません・・・」

「なっ!!」

「それではまた、ごきげんよう、伊澄お姉様」

祈ちゃんはそう言うと中庭を後にした。 「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

二人の間に沈黙が続く。

「・・・・初めての人って、何?」

うう・・・誤解なのに。

その後、何とかエリカには本当のことを信じてもらうことができた。

 

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