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第13話祈ちゃんと夏菜子ちゃん

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 ーー朝。久しぶりに誰にも会うことなく校門に到着した。

いや、久しぶりどころか転入してから初めてかもしれない。

私って、本当に騒々しい日々を送ってるんだなぁ・・・こんなことでいいのだろうか。

「あれ、あの子は・・・?」

「ごきげんようです、みなさん!今日も1日頑張りましょう!」

前方に見覚えのある女の子を発見した。

この子は確か、祈ちゃんのクラスメイトの夏菜子ちゃん。

朝から元気に挨拶をして、たくさんの生徒に囲まれている。

なるほど。祈ちゃんの言う通り人気者というのは確かみたいだ。

夏菜子ちゃんの周りに集まった生徒はみんな笑顔で楽しそうにしている。

いいな、こういうの。祈ちゃんもこの輪の中に入れたら素敵なのに・・・。

「私にはそんな熱い視線を送ってくれないのに、やっぱり若い子のほうがいいんだ」

「えっ!?」

後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはエリカと千早さんがいた。

「ごきげんよう、伊澄ちゃん」

「ごきげんよう、伊澄さん」

「エリカ!?それに千早さんまで」

「あら、伊澄さんがさっきから何を見ているのかと思ったら・・・あの方、夏菜子さんですよね?」

千早さんが云った。

「えっ?夏菜子ちゃんのことご存知なんですか?」

「ええ、茶道の大家、山本流のお孫さんです。エリカさんもご存知ですよね?」

「はい、確かに夏菜子ちゃんですね。家元にはお世話になりましたからよく覚えています」

「そうなんですか・・・茶道の家元の・・・」

夏菜子ちゃん、あんまりお淑やかな印象じゃなかったけど、実家が茶道の家元やってるんだ。ちょっと意外だな・・・。

でも、それ以上にエリカが茶道の家元にお世話になっていた方が意外だった。

普段がさつだからそうは見えないけど、茶道なんて習ってたんだ。

「何見てるのかしら?」

「えっ!?す、すみません!別に変なことはーー」

いけない。エリカを見つめすぎてしまった。

「違うわよ。夏菜子ちゃん」

「え・・・」

エリカに指摘され、夏菜子ちゃんの方を見ると・・・。

「む~ッ!」

何故か夏菜子ちゃんが私を睨んでいた。

「ふんっ!」

夏菜子ちゃんはそう云いながら去って行った。

「あら、行ってしまいましたわね・・・」

「なんだったのかしら?あなた何かしたの?」

「とんでもない!私、話したこともないんですよ!?理由は私が聞きたいくらいですよ」

なのにどうして睨まれたのだろう。

しばらく考えてみたけどやはり理由は見当たらず、もやもやした気持ちで朝を過ごしたのだった。

 ーーお昼になって、私は祈ちゃんの待つ庭園に向かおうとしたけど、気になることがあって思い直した。

「そういえば今朝夏菜子ちゃんに睨まれたけど、あれって何だったんだろう?」

朝からずっと理由を考えたけど、やはり思いつかない。

私の勘違い・・・なんてことないよね?

エリカや千早さんだって見てたんだし、明らかに私を意識して睨みつけてた。

うーん。気になるなぁ。一度祈ちゃんのクラスに行って確かめよう。

私は祈ちゃんのクラスに着くと、目立たないように階段近くで待機した。

私は下級生にも顔を知られているから見つかったら騒ぎになっちゃうからね。

祈ちゃんに聞いたかぎりだと、優しい子だから大丈夫だと思うけど・・・。

まずは遠くから様子を見て、それから判断しよう。

あ、あれは!?

「今日はお弁当の話をして・・・それからお姉さまの好きなお話を・・」

先に教室から出てきたのは祈ちゃんだった。

多分、私に会いに庭園に向かってるんだ。

どうしよう?祈ちゃんにも協力してもらって朝のこと聞いてみようかな?

「え、夏菜子ちゃん?」

続いて出てきたのは夏菜子ちゃんだった。

祈ちゃんに会おうとしていた私は慌てて隠れた。

「・・・・・・・」

夏菜子ちゃんは何故か真剣な眼差しで祈ちゃんと同じ方向に進んでいく。

あの子何してるんだろう?

「お弁当の話・・・お姉さまの好きなお話・・・」

「・・・・・・・」

祈ちゃんの後をつけてる!?

どういうこと?

「はあ・・・お姉さま・・・」

祈ちゃんが私との待ち合わせ場所に到着した。

祈ちゃんはいつも通りの行動で、特に不審な様子はない。

しかし、その祈ちゃんを草陰に隠れて見守る夏菜子ちゃんはすごく怪しかった。

鋭い目つきで祈ちゃんを監視する様子はまるで張り込みをする刑事のようだ。

何やってるんだろうこの子。

まさかストーカー?

いや、この間は普通にお話してたし今朝の様子ではそんな異常性はなかった。

真後ろにいる私にも気づかずに集中して監視しているくらいだから遊びでもないだろうし・・・。

しばらく様子を見るしかないか・・・。

ーー何の進展もないまま、5分が過ぎた。

相変わらず夏菜子ちゃんは微動だにしないが、祈ちゃんの方は私が来なくて不安になったのかせわしなく周囲を見回し始めた。

「遅いな、お姉さま・・・」

うっ・・・。

そういえばいつもなら来てる時間だよね。

祈ちゃん、不安で泣きそうになってるしそろそろ限界かも。

相変わらず夏菜子ちゃんは何かする様子を見せない。

しかし、これ以上祈ちゃんを待たせるわけにはいかないので思い切って話しかけてみた。

「ねぇ、ちょっといいかしら?」

「しーっ!静かにしてください、敵に見つかります!」

「て、敵ぃ!?」

夏菜子ちゃんは振り返らないままそう答えた。

「そうです。最近、祈さんが敵に弄ばれてると聞いて夏菜子が助けに来たんです」 

「えっ、そうだったの!?」

し、知らなかった・・・。

私の知らない間に祈ちゃんがそんな危険なことになっていたなんて。

「そ、それで敵って誰?弄ばれてるって、祈ちゃん、何をされているの!?」

「知らないんですか?敵は今話題のビブリア最強の遊び人、宮村伊澄です!」

「・・・・・・・・え?」

「あの千早さまと御前をたぶらかし、エルダーの座を手に入れた伝説の悪女、宮村伊澄が今度は祈さんを狙って動いてるんです!」

「あ、あの・・・私、そんなことしてないんだけど・・・」

「してますよ!だって夏菜子は噂でーーえぇっ!!??」

私の言葉に反応して初めて振り返った夏菜子ちゃんは、私の顔を見るなり目を見開いて驚いた。

「あの、夏菜子ちゃん?」

「わ、わっ・・・うわぁぁぁっ!?」

「ちょっ!痛い、なんで殴るの!?」

「で、出ましたね宮村伊澄!祈さんは夏菜子が守ります!悪者には絶対渡しません!えいっ!えいっ!」

夏菜子ちゃんはそう云いながら私を殴ってくる。

「いたっ!待って、落ち着いて!多分何か誤解してるから私の話を聞いて!?」

「き、聞きません!夏菜子は騙されません!えいっ、えいっ、えーいっ!!」

「や、やめて!痛いっ!ご、誤解だってばっ!」

「お姉さま!?それに夏菜子さん・・・こ、こんなところで何をやってるんですか?」

こちらに気付いた祈ちゃんが近くまで来ていた。

「祈ちゃん!」

「祈さん、危険ですから下がっていてください!」

「えっ?」

祈ちゃんは訳が分からないという表情だ。

「これでトドメです!夏菜子フライングスプラーシュッ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁーっ!!」

ーーこの後。

祈ちゃんの必死な説得により、何とか夏菜子ちゃんの誤解を解くことができた。

私は事態に気づいて平謝りする夏菜子ちゃんを見ながら、今朝のことについてようやく納得した。

そっか。夏菜子ちゃんにとって私は祈ちゃんを弄ぶ悪魔のような存在だったのか。

だから私を睨んでたのか。

でも・・・それだけ怒ったってことは、やっぱり夏菜子ちゃんは祈ちゃんのこと・・・。

「も、申し訳ありませんでした!夏菜子、あんな噂に踊らされ・・・お姉さまになんてことを!」

「もういいわ、気にしないで。誤解だって分かってくれたんだし、幸い怪我もなかったんだから」

「で、でも夏菜子がドジだからーーー」

「でもはダメ。私がいいって言ってるのだからこの話はここでおしまい。ね?」

「お姉さま・・・」

「ねえ、そのかわり一つ聞きたいんだけど、どうして夏菜子ちゃんは祈ちゃんを助けようとしたの?」

「そ、それはもちろん、祈さんはお友達だからです!」

「やっぱりそうか・・・」

私はパズルのピースが合わさった時のようなスッキリした気持ちになった。

だけど隣にいた祈ちゃんは驚きで目を丸くしている。

「えっ!?夏菜子さんって私のお友達だったんですか!?」

「ええっ!?違うんですか祈さん!?」

「は、はい。だって夏菜子さんはクラスの人気者で・・・私に話しかけてくれるのも、夏菜子さんが誰とでも仲良くできる人だからで・・・」

「ち、違いますよ!夏菜子が祈さんとお話するのは、祈さんが大切なお友達だからですよ!それなのに祈さんはそうではなかったなんて・・・夏菜子、ショックすぎて倒れちゃいそうです・・・」

「え?で、でも私は夏菜子さんともあまり会話が続きませんから、だからまだお友達じゃないと思います」

「え?そ、そうなんですか?でもお友達ってそんなことじゃないと思うんですけど・・・」

「では、お友達とはどういうものでしょうか?」

「うっ・・。それは、その・・・えっと」

二人はしばらく考え込んでいたが、答えを出せずやがて助けを求めるように私に視線を向ける。

私はそれを見て、おかしくて笑いそうになる。

だって二人とも息ぴったりで、もう答えが出てたのだから。

「ねえ祈ちゃん。祈ちゃんにとって、お友達の条件ってお喋りが続くこと?」

「えっ?」

「私がもし祈ちゃんとお喋りできなくなったらもうお友達じゃなくなるかしら?」

「そ、そんなことありません!お姉さまはお喋りなんてできなくてもずっと私のお友達です!」

「そう。それじゃ夏菜子ちゃんは?夏菜子ちゃんとはお喋りが続かなかったらお友達じゃない?」

「あっ!」

「うん。そうだよね。多分、お友達っていうのはお互いがそう感じたら、それで成立なのよ。お喋りできるとか、いつも一緒にいるとか、そういうのは後からついてくるだけで、一番大切なのはお互いの気持ちだと思う。そういうことだよね?夏菜子ちゃん」

「は、はい!そうです!だから夏菜子は祈さんとお友達でーーーあ、でも祈さんは夏菜子のこと・・・」

「わ、私も夏菜子さんとお友達になれたらいいなってずっと思ってて!い、いえ。私も夏菜子さんのことお友達だと思ってます。だ、だから・・・これからもよろしくお願いします!」

「祈さん・・・こ、こちらこそお願いします!山本夏菜子です!」

夏菜子ちゃんは祈ちゃんの手を取ると、お互い見つめ合って固く握り合った。

お互いの存在を確かめ合うような固い握手。見ているこっちが羨ましくなるような光景だった。

良かった・・・これでようやく本当のお友達同士になれたね。

これで私もお役ご免かな?

「さて、それじゃあ私の役目はこれで終わりね」

「え?どうしてーーー」

「約束したでしょ?練習は他にお友達ができるまでだって。それにお友達作りはもう夏菜子ちゃんがいれば大丈夫よ」

「で、でも!私まだお姉さまに教えていただきたいことがたくさんあるのに!」

「ごめんね。慕ってくれるのは嬉しいけれど、私も色々することがあって忙しいの。だから、しばらくお別れ」

「あ・・・そうだったんですか。お姉さまの事情も考えずにすみません・・・。今日までお忙しい中付き合っていただきありがとうございました」

「うん」

本当は・・・お昼休みは暇だったけど嘘をついた。

だって私といると変な噂が流れちゃうみたいだし、そのせいで誰かに迷惑をかけたくない。

だから寂しいけど二人とは距離を取らなきゃいけないんだ。

「あの、お姉さま。もしかして夏菜子のせいで・・・」

「違うわ。さっき云った通り私の勝手。だから二人ともそんな顔しないで。二度と会えなくなるわけじゃないんだから、また今度三人で会いましょう。じゃあ、ごきげんよう」

「は、はい!ごきげんようお姉さま!」

「あぁ、お姉さま・・・さわやかで凛々しくてカッコイイ・・・。噂なんて本当、全然あてになりませんね」


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