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第一話 一千年前の約束

2.

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開いた遣戸から、
透き通った御空を眺めていた。

その途中で、深い紅に染まった紅葉が風に揺られてゆるやかになびく。
床に臥せっている私は、時折、肺に強い痛みを感じ咳き込みながらも、ただ、その美しい空を眺めるのが好きだった。

「…千夜、なにか願い事はないだろうか」
「そうだな。必ず、叶えるぞ」

傍で、2人の男の人の声がする。
私はちらりとその2人を見て微笑んだ。
悲しそうな顔をしている2人を見て、死期が迫っているのだと悟る。

願い事…。
御二方はそう言って下さるけれど、私には叶えて頂きたい願い事などないのです。

そうは思いながらも、口には出せず、ただただ空を眺めていた。

やがて、空は荘厳な茜色に染まり、薄明の美しい紫色を辿って、漆黒の夜空に変わった。
その空には、無数の星が瞬き、低い位置には月も輝く。

「夜風は身体に触るだろう。戸を閉めようか」
「…いいえ、このまま空を眺めていたいのです」
心配そうに私を見ている2人に、きっぱりと断った。
途端に、肺に刺すような痛みが走り、激しく咳き込む。
「千夜!千夜…!!」
反射的に上半身を起こした私を、抱きかかえる強い腕。
何とか咳がおさまっても、うまく息を吸えず、力も入らずに、私を抱きかかえてくれているその腕と、その方の胸にすべてを委ねた。

この美しい世界を存分に味わい、御二方に寄り添って頂き、その優しい心を今、一心に受けている。
今生では、思い残すことなど何もない…。

…ただ。
少しだけ我儘を言えるとすれば、この優しさにもっと多く触れていたかった。

そういえば先刻、私の願い事を叶えて下さると、仰って頂いたのだった。
それは、『今』ではなくても良いのかしら。
だとするならば…。

「…ひとつ、願い事を…言っても、よろしいですか……?」
何とか最後の力を振り絞って言葉にする。
「千夜!」
「ああ、何でも構わないよ」
2人が必死に笑顔をつくって私を見下ろす。
その表情で、自分の命の灯火が、今にも消えようとしていると分かる。

「来世では、………と契りを交わし、……として…生きていきたいのです…」

呼吸もままならず、かすれた声でなんとか伝えた。

「ああ、千夜、約束しよう」
「たとえどんなに時が流れようとも、必ず探し出して叶えるからな」
2人の力強い声を聞いて、心から安心する。

視線を空へ移すと、一筋の流星が光った。
ゆっくりと瞼が閉じて、そこから頬に涙が一粒、つたっていった。


———ああ、またこの夢だ。

子どもの頃から幾度となく見てきた、自分が死んじゃうって設定の、この夢。

あれ、そういえば。
さっきの公園での黒い羽の人と銀髪の人、どこかで聞いたことがある声だと思ったら、この夢に出てくる声と同じだったな…。

ん?
てかさ、死んでも夢なんて見るもんなのかな。
あー、それともアレ?自分が死んだと気づいてないやつ!
私そーゆーやつらを引き寄せる体質だもんな。
でもまさか自分がそうなるとは…。

ああもう、夢なのか現実なのか、死んだのかどうかさえ分からない。
何この中途半端感!!!

なんだかイライラしてきてしまって、目を開いた。
…目を、開いた?
ってことは私、寝てたのかな。
全部、夢?
頭の中がごちゃごちゃしていて、よく分からない。

「…千夜、気づいたか?」
ぼんやりと天井を見つめていると、すぐそばで男の人の声がした。
「えっ!?」
驚いて、飛び起きる。
声がした方を向くと、ベッドのすぐ脇の床に直接座っている黒髪の男の人が、心配そうな顔つきで私を見ていた。
「そんなに勢いよく起き上がって大丈夫か?」
「え、だ…誰っ!??」
「ああ、千夜。目が覚めたのか。よかった」
今度は部屋の奥から、違う男の人の声がする。
すぐさまそっちを向くと、銀髪の男の人。

何これ何コレ!?
なんでイケメン2人が私の心配をしているの?
ふたりとも、20代半ばくらい?
ものすごい美形なんですけど!
最っ悪の男運の私に、この状況は、まさに奇跡なのでは。
「あ!これが夢か」
だったら覚めないで頂きたい。
「千夜、転んだ時に頭でもぶつけたのか?」
すぐそばにいる、黒髪の男の人が、私の頭を優しく撫でる。
えっ、ヤバ!
近くで見る端正な顔立ちと、私の頭を撫でてくれる大きな手に、心臓が破裂しそうなくらいドキドキ言っている。
「意識を失くしたから混乱しているだけであろう。千夜、先程追われて逃げていたことは覚えているか?」
銀髪の男の人が近づいてきて、黒髪の男の人の隣に腰を下ろす。
こっちもまた、"美しい"っていう表現がぴったりの顔立ち。
「…あ、うん…。覚えてる」
熱に浮かされたように、ぼーっとする意識の中で、なんとか質問に答えられた。

空手の道場から帰る途中だった。
試合が近いからと、居残りで指導してもらった帰り道に、私のことを追ってきた先生に呼び止められた。
若いけれど、優しくて指導が上手で誰からも慕われている先生。
好きとかそういう恋愛感情じゃなく、私もその先生を慕っていた。
何がどうしてそうなったのか。
付き合っていると勘違いされていた上に、誤解を解こうとしたら逆上されて。
突然、ガソリンのような液体をかけられて、火をつけられそうになったから必死で逃げた。
それから……。

「えっ!あれ!?私って、燃やされた!??死体はどうなったの?せめて私だって分かるくらいには残っていないと…!!」
「落ち着け、千夜。燃やされてなんかいない」
記憶を辿ってパニックになる私に、黒髪の男の人が静かな声でそう言った。
「燃やされて、ない?」
「そうだな。既の所ではあったけれど」
銀髪の男の人が、微笑む。
そんな綺麗な顔で笑われると、また心臓がおかしくなりそうなんですけど!?
「あれは、少し悪いモノに憑かれていただけだ。追い払っておいたから、もう大丈夫」
黒髪の男の人が、ぽんと優しく私の腕に手を添えた。
「とにかく、私の千夜が無事でよかった」
銀髪の男の人には、逆の手を握られる。
男の人に触れられている両手を見て、かあっと顔が火照っていく。

こっ…これはもしや、両手に花状態!?
何このハーレムな展開は!
焼死させられそうになるっていう、人生最大のピンチを経て、今まさにラッキーが舞い降りてきたとか?
禍い転じて福と為すってやつ?

「オイ、誰がお前の千夜だ。千夜は俺のものだ。そもそもお前は来ただけで何もしなかっただろう」
「何を言っているのだ。お主は駆けつけすぐに、千夜の心配をしなかったであろう」
「あの状況なら、先ずは危害を加える方をどうにかすべきだろう。千夜から手を離せ」
「私はああいったものを追い払う力は持ち合わせていない。それはお主の仕事で、私は仕事ではなく千夜のことが心配で駆けつけたのだ」

目の前で繰り広げられる、イケメン同士の言い争い。
最初は、イケメンが私をめぐって争ってる!?なんて、胸きゅんだったんだけど。
その会話の内容をよくよく聞いて、はたと気づく。
なにか、話している内容が、おかしくない?
てか、言葉遣いも今ドキ男子じゃなくない?
そういえばサラッと、『少し悪いモノに憑かれていた』とかなんとか言っていた。
顔にばかり気を取られていたけど、よくよく見たら、2人とも謎に和装じゃん。
銀色の長髪っていうのも、そんなビジュアルの人いる?
ミュージシャンなの?和装の?
ハッとして顔を上げてまわりを見回すと、ここは、私の部屋…。

…え?
ちょっと待って、ちょっと待ってよ…。
なんで教えてもいない私の家に、男の人2人が上がり込んでるの?
いや、それより先に、どうして私の名前を知ってた?

あああ…頭の中パニックだよ。
ちょっと整理しないと…。
言い争っている2人をよそに、私は頭を抱えた。

ええと、まず。
1、燃やされそうになって逃げた
2、黒い羽の人と銀髪の人に助けてもらった
3、私は死んでおらず意識を失っただけ
4、ここは私の家で私の部屋
5、なぜか男が2人が私をめぐって対立

オイ!私っ!!
2番目からおかしいだろ!
黒い羽の人ってなんだよ、コスプレかよ。
そうじゃないなら……。

「ねえっ!2人ともちょっと黙って」
目の前の2人が、私の声に驚いた顔をして黙る。
それで2人が触れていた手を振り払った。
「アンタたち誰なの?」
黒髪と銀髪、2人の顔を交互に見ながら、そう尋ねる。

「千夜…、私たちのことを憶えておらぬのか」
銀髪の方が、呆然とした表情でそう呟く。
「え…?どこかで出会ったこと、あった?」

いや、出会ったことなんてないよね?
だってもしどこかで会ってたら、こんなイケメン2人を忘れるわけがないもん!

「……まあ、一千年も時が経てば、忘れてしまう部分もあるのだろう」
ふう、とため息を吐きながら、黒髪の方がそう言った。
「は?一千年!?」
「そうだな…。千夜とあの約束を交わしてから、もう一千年も経つのか」
「ちょ…っ、何言ってんの?ていうか、アンタたち、霊か妖怪の類なのね…!!」
…まただよ。
もうさすが、に霊と人間の区別はつくようになったと思ってたのに。
これじゃ、霊と気づかずにおしゃべりしてた子どもの頃と同じじゃん。
くっそ、イケメンだと舞い上がって損した。

「千夜。いくら憶えていないとはいえ、そんなモノと勘違いするとは失礼だな」
少しだけムスっとした表情を見せる、黒髪の男。
「は?」
霊でも妖怪でもなければ、なんなのよ。
銀髪の方を見ると、目が合って、にこやかに微笑まれた。

「私たちは俗世で"神様"と呼ばれているものだ」

…神様……?

「はあああぁぁぁあ!?」
私の声が、部屋中に響いた。
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