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 ぎゃーっ、ぎゃーっ、ぎゃーっ!
(キスだ―――っ! 俺、大智先輩にキスとかされてるぅぅっ)

 大智の胸を叩いて必死に抵抗するが、いっこうにやめてもらえない。座り込んだ潤太を、壁との間に囲むようにした大智は、厚かましくもなんども角度をかえて、潤太の唇をんできた。

(食べられてるっ、唇がぁぁ、変な感触ぅぅ)
 潤太はキスをするのがはじめてだ。ビクともしない重い身体を苦しく感じつつも、目を瞑ればいいのか、開けておけばいいのか悩んでしまうし、うっすらと目を開いていた彼と目がばちっとあってしまったときには、泣いてしまいたくなった。

 ようやく観念して目を瞑りおとなしくしてみると、潤太の唇はいつまでも大智の唇に愛撫されつづけ、きりがない。
(俺のファーストキスが……。好きなひととのためにとっておいたファーストキスが……。ショックだ、大智先輩に盗られちゃった……ううぅっ……しかも、これっていつ終わるの?)

 そもそもひとつしか自分と歳が違わないのに、おとなみたいに堂々と口づけてくる大智にだんだん腹が立ってくる。よくやくキスから解放されると、潤太は空気を求めて大きく胸を喘がせた。
「ぷはっ。はぁはぁはぁ……」
 
「……吉野」
 大智が潤太のつむじにムードたっぷりに囁きかけるが、潤太の堪忍袋の緒はすでに切れていた。
「ちょっと、先輩っ‼ なんてことしてくれたんだっ! 俺の大事なファーストキスをっ!」

 目尻にちょっぴり涙を滲ませながら、潤太は「キスを返せ」と大智の胸倉を掴んで揺さぶった。ところが今度は自分と彼との間にできた空間から、やすやすと大智の手が潤太のシャツのなかに入りこんできたのだ。

「‼‼ ぎゃぁっ、先輩、やーめーてぇっ!」
(いつのまにボタンが外されてたんだっ⁉)
 気づかない間に、コートもジャケットもシャツも全部胸の部分が開いていた。そこから入ってきた大智の手は、Tシャツを手繰りあげると潤太の素肌を撫でたのだ。

 潤太は慌ててシャツの前合わせを掻き寄せるが、既に忍んでいる大智の手のひらが追い出せない。
「うわぁあっ、ちょ、ちょっと大智先輩っ、やめてってばっ! どこ触ってんだよっ」
「んんっ。ちょっとだけ」

「ちょっとだけとかないから!  俺、おっぱいないでしょ?」
「……いや、ある」
 胸中心に薄い肉を揉みしだかれると、あやしい感覚がしてきて、じっとしていられなくなった潤太は脚をばたつかせた。

「ないからぁーっ」
「も、いいから、諦めてジッとしてろよ」
「いいからじゃないでしょうがっ! いや、無理でしょっ。ムリムリムリムリッ」
「だからさ……」

 ふっと息を吐いた大智が、やっと身体を起こして潤太から少し離れた。だから、と呟いたまま彼は黙ってしまった。
 床に寝っ転がされていた潤太の胸は、酸素を求めて大きく上下している。暴れ疲れていて、もう起き上がる気がしなかった。

 起き上がる気力もなかったが、潤太は今のこの状況が、この間の暴漢に襲われているときとはちがうとわかっている。――自分は大智からは逃げなくてもいいのだと。
 はぁはぁはぁ。
 呼吸も乱れているが、脈拍も乱れていた。

 その理由は激しい運動とどうにかされちゃうという、ちょとした恐怖。そして、人生初めてのシチュエーションによる緊張と僅かな期待。それからもうひとつ、大智にどんどんと増していく恋心にだ。

 潤太の目もとは朱く染まっていた。じっと見下ろしてくる大智になにか云ってやりたいが、恥ずかしくて、なにを云えばいいのかわからない。
 何度か唇を噛みしめた潤太が、やっと彼に向かって口にできたのは。

「……大智先輩、――重い」
 そんなどうでもいいセリフだった。


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