任せてもいいですかーあなたとモーニングキスがしたいー

也菜いくみ

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「しまった」と蒼くなって、さまざまな云い訳と算段を脳内に過らせた。それはまるで嫁に浮気が見つかったときの亭主のようで、そんな自分に気づいた篠山は、いや、いや、いや……、いったいなにを考えた、俺は……と、即座にそれを否定した。生真面目で潔癖な嫌いのある神野に、色狂いだと侮蔑されたくないだけだと――。
 焦燥感に駆られてすぐに春臣に送ったショートメールを、「わかった」のひとことだけにしておいたのは、混乱した頭のままでは、春臣に余計なことまで云ってしまいそうだったからだ。

 あれだけ神野のことを慎重に見守ってきたというのに下手を打ってしまった。
(まぁ、どっちみち、あいつのことはちゃんとしてはやれるんだけど……)
 神野にはこれからも金銭的なことは遼太郎を、生活に関しては春臣を通じてサポートはいくらでもしてやるつもりでいるが、本当なら自分の手でフォローしてきちんと独り立ちさせてやりたかったというのに――。
 
 じかに彼の顔を見ながらそれをしてやることができなくなってしまいそうなこの状況が、悔やまれてしかたない。なにかをしてやったときの彼のはにかむ顔や、不満に眉を寄せる姿を思い浮かべた篠山は、逃したそのチャンスに苦々しい気分でたばこのフィルターを咬んだ。 
 このさき、もちろん神野に関しては結果オーライであろうが、その工程にいささか不満が生じてしまったのだ。
  
「お前、どうせ相手が遼太郎だって気づいてたんだろ? だったら、こっそりノックでもして知らせてくれよ。水くさい」
「ごめんって。俺だってまさか祐樹があんなに動揺するとか、思わなかったんだもん。なんか痴情のもつれみたいになっちゃうとか?」
「勘弁してよ……」
 たばこを灰皿に押しつけると、妬ましい気持ちで春臣を見あげた。神野が春臣のもとへ行ったというより、春臣のもとに逃げられてしまったという気持ちが大きいのだ。不満のひとことふたことを春臣にぶつけてしまってもしかたない。

「店に行くって云うから、てっきり遅くなると思っていたのに」
「祐樹をあんなとこに、長居させるわけがないでしょうが」
 騙されたとぼやいた篠山は、たちまちに云い返されほぞを噛む。
 一見、ちゃらんぽらんな学生に見えなくもないのに、春臣はほんとにしっかりしている。
 彼には神野の職場の送迎を頼んでいるが、その合間には国立にある大学と拝島の職場を日になんどか往復して授業もそこそこ出席しているようだったし、アパートの管理人として任せてある仕事も期待していた以上にこなしてくれている。今日こうやって昼にここへ顔を出しているのも、彼に任せている仕事の件でだ。

 そして篠山がいつまでも根に持って春臣に文句を零してしまうのとおなじように、春臣にもまた自分にたいする愚痴が、多分にあった。
「そりゃあ、同居人に気も遣わずに平気で別の男連れこんで、家でずごばこヤってるだらしない家主とは、祐樹もいっしょに住んでいられないでしょうが」
 確かにそうだろう。ついこのあいだまで童貞だった奥手の神野には、相当刺激が強かったに違いない。でもそれだけではないこともわかっている。

 あれが彼の留守を狙ったようなタイミングだったことが、神野に自分のせいでこの二ヶ月のあいだ篠山に不自由を強いていたと勘違いさせたのだろう。篠山のプライベートに気兼ねして、生来遠慮がちな彼があんな云いかたをして出ていってもおかしくはない。
 但しだ。そこまではなんとなく想像がついた篠山だが、先日春臣に聞かされた、神野がいもしないその恋人とやらを、春臣だと思いこんでいたという話にはびっくりさせられている。

「なぁ、相手が遼太郎って気づいたかな?」
「さぁね」
 この質問はなんどかしているのだが、そのたびに春臣は答えをはぐらかす。 
「あぁ。かっこいい大人だと思われていたかった……」
「そりゃこっちのセリフだよ! まったく鈍くさいっ! なにやっているんだよ、ふたりとも!」 
 がくっと首を垂らすと、灰皿にぐいとたばこを押しつけた春臣に負けじと叫び返された。

 春臣は自分と篠山が恋人同士だという神野の誤解を解くために、自分たちの関係、――過去セフレであったことを教えたそうだが、つまりは神野に隠しておきたかった自身の貞操観念の低さを、露呈させたということになる。
 神野にはやたらいい顔している春臣にとってそれは本意であるはずがなく、お冠りな彼に篠山はこの間から顔をあわせるたびに、ちくちくちくちくと嫌味を云われつづけていた。

「まったく俺になんてこと白状させるんだよ。はぁ、もうっ。祐樹にはさわやかな好青年だと思われていたかったのにっ」 
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