任せてもいいですかーあなたとモーニングキスがしたいー

也菜いくみ

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しい顔つきで云ったのだ。
「……祐樹、それ、本気で云ってるの?」
「どういう意味ですか?」
 彼はやおらタオルの端を掴んでいた手を離すと、神野の左手を引っ張り寄せた。そして首を傾げる神野の手首の内側に顔をつけると、きゅうっとそこに吸いついたのだ。
「いたっ!」
「ほら、できた」

 春臣は腕をぐいっと捩じると、自分によく見えるように手首を見せつけてきた。そこには彼とおなじ赤い痕がついていて、神野は「あっ」目を丸くしたのだ。
「祐樹、キスマークも知らなかったんだね……」
 それについては、知らないひとのほうが多いんじゃないだろうかと疑いながら、手首についた色濃いうっ血を眺めた神野は、「おこちゃまー」と揶揄ってくる春臣の肩のそれを、もう一度見つめた。そして過った疑惑を素直に口にしたのだ。

「あの。……春臣くんのそれって、篠山さんがつけたんですか?」
 その時の春臣の呆れた眼といったら、ちょっとなかった。
「…………祐樹。しつこい男は嫌われるよ。嫉妬深い男もね」
 虫を見るような目で見られたあげくのひどい云い草に、自分はとてもへこまされたのだ。
 その時に春臣にははっきりと否定されたが、キスマークなる存在を知ってしまった神野は、あれから春臣や遼太郎を見るたびに、彼らの衣服から覗く素肌についつい目がいってしまうようになった。

 神野の仕事中に春臣が職場からいなくなるときがあるが、そういうときには彼はたいてい学校に行っていた。そしてたまに篠山のところに立ち寄ってくることがある。そうすると神野は彼らのあいだになにかあったのではないかと、猜疑心にかられてしまうのだ。
 篠山とキスをしたかもしれない春臣の唇が気になり、篠山のたばこの匂いが春臣に移っていないかと過敏になる。
 部屋に訪れる遼太郎にたいしても然りだ。こんな調子がつづいてしまい、神野は篠山ことを忘れるどころか、ますます彼のことが頭から離れなくなっていた。
 春臣と遼太郎が自分の近くにいるうちは、簡単に篠山を想う気持ちを手放せそうにない――、だから責任の一端を春臣に求めている。

(一カ月……。それで無理だったらやっぱりここを出たほうがいいのかな……)
 とりあえず春臣が冬休みにはいったら、彼の友だちを呼んでクリスマスパーティでもしてもらおう。アパートに遊びにくる春臣の友人はすてきなひとが多くて、そこに混ぜてもらっておしゃべりをしたり、お酒を飲んだりするのが、神野にはとてもたのしかった。ぱーっと飲んで騒いで気分転換をはかるのだ。

 ちなみにここのところの葛藤については充分に気をつけていて、春臣に隠してきたつもりだった。しかし彼にはそれもとっくに気づかれていたらしく、いまでの頑固者、お子さま、の悪評価につけくわえ、しっかり『嫉妬深い男』認定までされてしまっている。
「だいたい、祐樹が気にするのわかっていて、俺が匡彦さんにちょっかいかけるわけがないだろ? 俺さ、見たとおり、遊び相手なんて引く手あまたなんだよ? モテるよ、俺」
 それでも篠山ほどのいい男はいないんじゃないか。内心では云い返したかったが、それは云わないでおく。絶対に冷やかされるから。

「べつに私は――」
「じゃあ、祐樹のその表情はなに? その目は? 怖いんですけど?」
 思いもよらないことを責められて、自分の顔をぺたぺた触ってみた。
「遼太郎くんにしても、あのひと今、最近できた恋人とラブラブしてるんだから、匡彦さんとはなにも起こらないから。遼太郎くん、ああ見えて貞操観念高いし、潔癖なんだよ?」
 それで遊び相手がつくれなくって、だらだら匡彦さんとつづいてたんだからと、意外な真相も知った。

「だから遼太郎くんにも、妬く必要ないからね」
「べつに、妬いてなんかいません」
(いや、たぶん嫉妬はしてるのかもしれないけど……)
 ただ神野は、篠山とちょくちょく顔をあわせている彼らのことを、羨ましいと思っているのだ。そしてそんな気持ちも春臣にはばっちり読まれていて、憮然と云われてしまった。

「誘ってもマンションに行かないって意地張ってるのは、祐樹のほうなんだからね。だったら俺がひとりで行くしかないじゃないか。用事だってあるんだから」
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