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春臣も近藤のことを知っているのだろうか。穏やかに笑う近藤と篠山がふたりで話していた姿を思いだした神野は、ちくんと痛んだ胸に唇をゆがませた。
大阪のホテルで彼にはじめてあったとき、彼にたいしてもささくれた態度しか取れなかった。それでも近藤は気にしたふうでなく、終始自分にやさしく接してくれたのだ。
彼の言葉は不思議な力を持っていて、暗然とした自分の胸の中にも柔らかく浸透してきた。とても優柔なのに、しかしひとを従順にさせる強さを持つ近藤は、敏活に動きまわる篠山の隣にいるのにとてもふさわしい気がする。
あんなひとが心の奥に、そして仕事仲間として傍に存在する篠山に、自分が選ばれるなんてことは絶対にあり得ない。自分なんて、近藤とはかけ離れてすぎていて、おなじ天秤に乗ることさえもできないだろう。また泣いてしまいそうだ。
「祐樹、なんで近藤さんのことを知っているの?」
そのセリフで、春臣も彼のことを知っているのだとわかった。それなら話しもはやい。
「大阪で一度だけ会ったことがあります。少しだけ、話もしました」
「ふうん」
春臣は鼻白んだふうだった。
「で、なんで匡彦さんが近藤さんのことを好きだとか云うわけ? 匡彦さんにそう云われたの? それで失恋したって、祐樹は、そんなぐだぐだになってたわけ?」
それは違っていたので黙っていると、彼は訝しげに目を眇めた。
「もしかして俺のときみたいに、また勝手に匡彦さんが近藤さんのこと好きだとか、妄想してるんでしょ?」
「違います! 篠山さんに直接訊いたわけじゃ、ありませんが――」
「が、なに? なんでそんなこと云いだしたの?」
これは云っていいのかどうかと一瞬だけ悩んだ神野は、心の中でひとこと遼太郎に詫びてからつづけた。
「遼太郎さんに聞きました。篠山さんには本命がいるって。それが、近藤さんだって……」
だから今回は春臣が云う勘違いとかではないのだ、と。
神野は恋愛感情と肉体的な触れあいが必ずしも直結しているとは限らないと、春臣や遼太郎の件で学んだ。恋愛感情がなくても、ひとは簡単に愛情のあるセックスをするのだと。
愛は愛でも友愛と恋愛は微妙に違うもので、そのセックスに愛情があったとしても、それは恋だとは限らない。
だから篠山の恋情が、遼太郎や春臣に向けられているわけではないのだと、神野はそう自分に云いきかせきかせてきた。そんなのは詭弁だったとわかっていたが、自分を騙してでも自分の心をなんとか宥めておきたかったのだから。
そんな神野が、遼太郎の口から近藤が篠山の本命だと聞かされたときに、ショックを受けたとしてもしかたがない。篠山の恋情が欠片でも近藤に向けられていたのなら、負けを突きつけられたことになるのだから。そこに肉体関係があろうがなかろうが、神野にとっては、まったくかわりないことだった。
――俺が云いたかったのは、それだけ篠山が頼れるヤツだってことだよ。
――彼は頼りがいのあるヤツだよ。
――コイツはそれだけ企画外なんだって
近藤の声が、頭の中をぐるぐるまわる。
「近藤さん、すごくいいひとでした。篠山さんのこと、とても買っていて――」
――あいつはすごいからさ。まぁ、身内ビイキかもしれないけど……。
「歳も近いみたいだし、つきあいが長いのかな? すごく信頼しあっているような……。あんなひとのこと、本命だって云うんですよ? だったらわたしなんか、絶対太刀打ちできないじゃないですか」
浮かんだ涙で目頭が熱い。
「篠山さんには、ちゃんと特別なひとがいるんです」
この歳になるまで、友人のひとりもできなかった自分には、篠山と近藤の関係がやっぱり妬ましいし、そのあいだに割ってはいるだけの自信も気概もありはしない。
「こんな私のことなんて、見てもらえるはずありません」
近藤のことを知ったときに、篠山への恋慕の情は、自分でも気づかないうちに委縮して、心の片隅に追いやられていたのだ。あの時からずっといじけていた。
「あのさ、俺はさ、近藤さんのことなんて所詮、浅い気持ちだと思うけど? たぶん匡彦さんの思い違い」
「……」
「だって匡彦さん、近藤さんと出会ってからも、ずっと別につきあっている相手がいたんだよ?」
春臣の「ずっと相手がいた」という言葉に、思わずぴくっと反応してしまい、神野は話の筋を見失いそうになる。
大阪のホテルで彼にはじめてあったとき、彼にたいしてもささくれた態度しか取れなかった。それでも近藤は気にしたふうでなく、終始自分にやさしく接してくれたのだ。
彼の言葉は不思議な力を持っていて、暗然とした自分の胸の中にも柔らかく浸透してきた。とても優柔なのに、しかしひとを従順にさせる強さを持つ近藤は、敏活に動きまわる篠山の隣にいるのにとてもふさわしい気がする。
あんなひとが心の奥に、そして仕事仲間として傍に存在する篠山に、自分が選ばれるなんてことは絶対にあり得ない。自分なんて、近藤とはかけ離れてすぎていて、おなじ天秤に乗ることさえもできないだろう。また泣いてしまいそうだ。
「祐樹、なんで近藤さんのことを知っているの?」
そのセリフで、春臣も彼のことを知っているのだとわかった。それなら話しもはやい。
「大阪で一度だけ会ったことがあります。少しだけ、話もしました」
「ふうん」
春臣は鼻白んだふうだった。
「で、なんで匡彦さんが近藤さんのことを好きだとか云うわけ? 匡彦さんにそう云われたの? それで失恋したって、祐樹は、そんなぐだぐだになってたわけ?」
それは違っていたので黙っていると、彼は訝しげに目を眇めた。
「もしかして俺のときみたいに、また勝手に匡彦さんが近藤さんのこと好きだとか、妄想してるんでしょ?」
「違います! 篠山さんに直接訊いたわけじゃ、ありませんが――」
「が、なに? なんでそんなこと云いだしたの?」
これは云っていいのかどうかと一瞬だけ悩んだ神野は、心の中でひとこと遼太郎に詫びてからつづけた。
「遼太郎さんに聞きました。篠山さんには本命がいるって。それが、近藤さんだって……」
だから今回は春臣が云う勘違いとかではないのだ、と。
神野は恋愛感情と肉体的な触れあいが必ずしも直結しているとは限らないと、春臣や遼太郎の件で学んだ。恋愛感情がなくても、ひとは簡単に愛情のあるセックスをするのだと。
愛は愛でも友愛と恋愛は微妙に違うもので、そのセックスに愛情があったとしても、それは恋だとは限らない。
だから篠山の恋情が、遼太郎や春臣に向けられているわけではないのだと、神野はそう自分に云いきかせきかせてきた。そんなのは詭弁だったとわかっていたが、自分を騙してでも自分の心をなんとか宥めておきたかったのだから。
そんな神野が、遼太郎の口から近藤が篠山の本命だと聞かされたときに、ショックを受けたとしてもしかたがない。篠山の恋情が欠片でも近藤に向けられていたのなら、負けを突きつけられたことになるのだから。そこに肉体関係があろうがなかろうが、神野にとっては、まったくかわりないことだった。
――俺が云いたかったのは、それだけ篠山が頼れるヤツだってことだよ。
――彼は頼りがいのあるヤツだよ。
――コイツはそれだけ企画外なんだって
近藤の声が、頭の中をぐるぐるまわる。
「近藤さん、すごくいいひとでした。篠山さんのこと、とても買っていて――」
――あいつはすごいからさ。まぁ、身内ビイキかもしれないけど……。
「歳も近いみたいだし、つきあいが長いのかな? すごく信頼しあっているような……。あんなひとのこと、本命だって云うんですよ? だったらわたしなんか、絶対太刀打ちできないじゃないですか」
浮かんだ涙で目頭が熱い。
「篠山さんには、ちゃんと特別なひとがいるんです」
この歳になるまで、友人のひとりもできなかった自分には、篠山と近藤の関係がやっぱり妬ましいし、そのあいだに割ってはいるだけの自信も気概もありはしない。
「こんな私のことなんて、見てもらえるはずありません」
近藤のことを知ったときに、篠山への恋慕の情は、自分でも気づかないうちに委縮して、心の片隅に追いやられていたのだ。あの時からずっといじけていた。
「あのさ、俺はさ、近藤さんのことなんて所詮、浅い気持ちだと思うけど? たぶん匡彦さんの思い違い」
「……」
「だって匡彦さん、近藤さんと出会ってからも、ずっと別につきあっている相手がいたんだよ?」
春臣の「ずっと相手がいた」という言葉に、思わずぴくっと反応してしまい、神野は話の筋を見失いそうになる。
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