任せてもいいですかーあなたとモーニングキスがしたいー

也菜いくみ

文字の大きさ
94 / 109

94

しおりを挟む
 けれども、せめて汚れた身体はどうにかしたい。シャワーだけでも浴びようかと、布団のへりを持ちあげて腹のあたりを覗いてみれば、汚れはどこにも見あたらなかった。どうやらまた寝ている間に、篠山に後始末をされていたようだ。
「よっし、じゃあ、寝るぞ」
 たばこをもみ消して灰皿をチェストに移動させると、篠山が布団に潜りこんできた。ばさりと起こった僅かな風で、彼から風呂上がりのソープのいい香りした。
「ひゃっ⁉」
 すり寄ってきた篠山が神野の身体を引き寄せた。
(うそっ)

 正面から抱きしめられてどきどきする。篠山は慣れたふうに、神野の頭と自分の腕のあいだに枕を挟むと、乱れた前髪を指で梳いてくれる。そのやさしい指にまた泣きそうになってしまった。
「ちょっとふっくらしてきたな」
 頬を抓まれ、引っ張られる。
「でも、もう少し太れよ。いまのままじゃ、抱くと骨があたって痛い」
「痛いです」
 まるで次があるような篠山のセリフに、期待させないでくれと苛ついた神野は、彼の指を抓むと自分の頬から離した。

 今夜みたいな夢のようなセックスが自分の人生の中で、これからさきそうそうあるとは思えない。だから本音としては、今夜だって一回きりじゃなくて、もうちょっとつづけていたかったのだ。それなのに途中で気を失ってしまうとは、まったく惜しいことをした。
 だいたいにして時期が悪かった。仕事で睡眠不足だと聞いている彼に、そうなんども求めるだなんてできるわけがない。

 たった一度きりで終わってしまったが、甘く蕩けそうなセックスだった。たとえ近藤の身代わりだったとしても、たくさんキスしてもらい触れてもらえたのなら本望だ。それが恋愛には届かない、友愛であってもそれ以下であっても自分にはもう充分だ。そう思わないと。

「どうして、私が篠山さんのために太らないといけないんですか。そんなのは自分で好みのかたを見つけて、どうにかしてください」
 もちろん、彼にとってのその好みってのは、近藤なのだろう。近藤は身長が百八十センチちょっとある篠山と並んでいても見劣りしないほど、背は高かった。それに自分と違って体格もがっしりしている。

 探してくださいと云っておきながら、すぐ近くに彼とよく似た体型をしている春臣の存在があることに気づいて、神野はしまったと唇を咬んだ。春臣は嫌だ。やめて。
(……春臣くんを抱くのなら、俺で妥協してほしい)
「そんなツレないこと、云うなよ」
 今度は鼻の頭を擦られる。なんなんだ、彼がさっきから仕掛けてくる、この幼稚なスキンシップは。

 神野はまた彼の指を掴むと「やめてください」と、その手を布団の中に潜りこませた。話の筋だっていまいちピンとこない。篠山はいったいなにを云いたいのだ?
「なぁ、尻、自分で洗ったのな?」
「あ、あなたがっ、いつなんどきって……」

 彼がよく自分を揶揄って云っていたセリフを真似しようとしたが、ここに来るまえのアパートの浴室でのことを思いだすと、それ以上は言葉にできなくなる。神野は顎を引いて火照る顔を彼から隠すと、いつのまにやら尻を撫で摩っていた彼の落ち着きのない手を、ひっぺがした。

「もう、触らないでくださいっ、さっきからいったいなんなんですかっ」
「嘘だろ? お尻触られるの好きだろ? 癖になってんじゃない?」
「ひゃぁっ」
 耳もとで囁かれて首を竦めた神野は、つづけざまに与えられた恋しかったそこへの口づけに、感極まってぽろっと涙を零す。
「おれたち、つきあうか?」
 彼に見られないうちにと、慌ててシーツにそれを吸いませていた神野は、耳を疑うその言葉で、そのまま身体を固くした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

処理中です...