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   ピンポーン。
 
 今日も春臣のお迎えで職場からまっすぐに帰宅した神野は、そのままひとりで飲みに行くという彼を見送ったあと、まずは洗いあがった洗濯物を片付けてそれから簡単に食事をすませた。来客を知らせるチャイムが鳴ったのは、ちょうど浴槽に湯張りができたこと知らせるアナウンスとおなじタイミングだ。時計を見ると、もう二十時だ。

「誰だろ? 春臣くんの友だちかな?」

 同居人の春臣は今夜は帰ってこないと云っていた。察するに出かけた目的は単なる飲みではなく、きっとおとなの遊びなのだろう。
 以前彼の通うゲイバーのスタッフと話していて気づいたのだが、どうやら彼が飲みに行くのに自分を誘わなかったときは、必ずと云っていいほど飲食プラスアルファのフルコースで過ごしてきているということだった。

 プラスアルファとは、つまりは、おとなのするアレだ。
 遅い時間に物騒な飲み屋街を歩いていてへんな男とトラブルにでもなったらどうするのだと心配になってしまう神野は、今日も出かける春臣を玄関まで見送った際に「おぉ、怖い……」と彼に首を竦められてしまった。
(別になにも云ってないじゃないか……)

 たとえ春臣が留守であろうとも、彼の友だちはここによく訪れる。それはこのアパートが春臣が通う大学に近いからだ。
(それとも遼太郎さんかな)
 神野はついさきほど、隣に住む遼太郎の部屋のチャイムが鳴ったのを聞いていた。
「違うか……」

 恋人以外、こんな時間に彼のもとにやってくるものはいないだろう。そして訪れたのが彼の噂の恋人なのだとしたら、いまここに彼が訪れるわけがない。遼太郎はどれだけ神野がお願いしても、頑として恋人を紹介してくれないのだから。
「今ごろいちゃいちゃしてるのかな? そのうち、襲撃してみようかな……」
と、おとなしい顔で剣呑なセリフを口にした神野はピンポーンとまたチャイムが鳴らされると、インターフォンの通話ボタンを押して「はい」と返事をした。
 
『俺だ』
 スピーカーから聞こえてきたのは篠山の声だ。
「すぐ開けます」
 予想とは外れたがなんともうれしい来訪者だと、神野は足どり軽く玄関に向かうと扉を開けて彼を迎えいれた。

「どうしたんですか?」
「隣に用があったんだよ。遼太郎の忘れ物を届けがてらに、お前の顔を見ておこうかと……。遅い時間なのに悪いな」
「いえ、どうぞ」
 今日はもう会えないと思っていたできてまもない恋人の訪れが迷惑であるはずがなく、うれしさを隠し切れずに微笑んだ神野は彼を居間として使っているダイニングへと招いた。





 神野は高校を卒業してからずっと工場板金の会社で金属加工スタッフとして勤めているが、肉体労働に似つかわしくないほっそりとした体形をしている。
 全体的に細く栄養失調のような体形の原因は、過酷な労働と、家計費と睡眠時間を切り詰めた生活を長く続けていたせいだ。

 無理がたたってついに自暴自棄になった神野が、自殺未遂を起こしたのが昨年の九月。そのときに偶然出くわした篠山に、命を救われた。
 その代償のように数時間後にはしっかり身体も喰われていたので、いまだに神野は彼の貞節を信じきれないのがネックになっている。

 しかして東京の彼のマンションに住まわせてもらい、金の工面に追われるひどい日常から抜けだすことができた神野は、いまはもうすっかり心も身体も健康になった。
 そしてひと月程まえ、神野は思いを寄せるようになっていた篠山の恋人になれたのだ。彼と出会って三ヶ月目のことだった。

 ところが今は訳あって篠山の住むマンションではなく彼の持ちものであるアパートの一室で、そこの管理人である箕輪春臣と住んでいた。神野と同じ二十二歳の彼とは気が合って、同居生活はそれなりに楽しい。 

 神野が篠山の住戸から飛びだした理由は、結局は初心な神野の未熟な恋心と嫉妬心が原因だった。しかし問題が解決して晴れて篠山と恋人同士になったあとも、神野はまだ春臣のアパートに居座りつづけている。
 その理由はというと――。



 
「あっ、あっ、……あああんっ!」
 篠山に横抱きにされた神野は、大きく開いた脚の片方を彼の胴にまわした体勢で、身体の内部を深く穿たれていた。胸の小さな突起をひっかくようにされると、たまらなくて上体を丸める。

「やんっ」
「あ、こら、抜けただろっ」
 今夜はそこを延々と弄られることからスタートしたセックスだったので、すでに両の乳首ともふっくらと腫れあがり、軽く触られても快楽どころか痛いくらいになっていた。
「祐樹、ほら、身体こっち向けて」

 胸を隠すようにシーツに伏せていた神野は、身体を起こした篠山にもじつかせていた腰をぐいと引き寄せられた。仰向けにされてふたたび挿入される。
「やっ、やっ、ふあぁぁ――っ」
 そのまま最奥の弱いところを狙ってしつこく擦りあげられて、ひっきりなしに身体を震わせた。
「うっううっ、うっうあんっ、あっあっあっ――」
「祐樹、もうすこし、声、小さくできないか?」
 耳もとで囁かれて、首から肩の先までがぞくぞくっとした。喘ぎすぎて酸素が不足していたところに息を詰めてしまったので、ついにくらくら眩暈までしはじめる。

「――はぁっっ! っ、――あああんっ‼」
「あぁ、聞こえてないか。まいったなこりゃ」
「――? んあ? いやああん」
「クレームくるまえに終わらすか……」
 篠山がなにか云っているようだったが、快感にただれた神野はなにも理解ができない。訊き返そうとしたが、そのタイミングでぎゅっとすぼまろうとする肉襞を篠山のペニスで削るように擦られたので、そんなのはどうでもよくなった。

「いやっああっ!」
 そのまま隙穴の一番奥をずんずんリズミカルに突かれ――。
(いやああっ、くるっくるくるくるーっ!)

「っん、あっ、あああぁ―――っ‼」
 強引に迎えさせられたクライマックスで、神野はひときわ高く長い白声をあげると、びくんびくんと痙攣を繰り返しついえたのだ。



                 *


 
 さきほど篠山が来てからすぐに、神野は彼を待たせて沸かしたての風呂に入った。
 そして風呂から上がった一分後には、たばこの香りのする口づけを深く重ね、二分後には身体をまさぐりあいながらベッドに転がっていた。

 神野がこのアパートに居座り、マンションに戻らない理由。それはふたりでいると、こうしてすぐに盛ってしまうからだ。
 個人税理士事務所を営む篠山の、この冬の繁忙期は例年よりもさらに厳しいらしい。神野が見ている限りでも、彼はずっとくたくたのぼろぼろだ。

 そこに自分が居たとして、毎夜軽くすませるのであれば良薬になり得るだろう情事も、ことに恋人になりたてほやほやの、しかも性欲過多の自分たちでは際限なく盛り耽ってしまうこが予測できた。

 神野は「いいから帰って来い」と云う篠山の言葉に頑として首を縦に振らず、去年からずっとマンションへ帰ることを渋っていた。
 それに一緒にいる春臣は、神野にとってはじめて友だちと呼べる相手だ。気の合う彼との生活はとても新鮮で、毎日が充実している。

 高校時代未熟な性格からまともな交友関係を気づけなかった神野は、暫くはここに住んで春臣やそして彼を通じて知りあえたひとたちから、人生に大切であるだろうひと同士の繋がりかたや助け合いなんかをもっと学んだり経験しておこうと考えていた。

 そしてもうすこし立派になって、篠山の仕事が落ちつく春の頃。自分は晴れやかな気持ちで、彼の待ってくれているあの部屋の扉をあけるのだ。
 いまはその日を夢みて、神野はこのアパートで毎日をたのしみに過ごしている。




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