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王都炎上篇

第12話 《イブキの魔術》

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 体勢を立て直したハーレッドが、犬歯を見せて笑う。とても嬉しそうなその表情にイブキは顔をしかめた。
 
 ハーレッドは声を上げた。

「ふははっ! いいぞ、イブキとやら! もっと俺を楽しませろ!」

 戦うことを楽しんでいる。ハーレッドは腰を落として、イブキへ神速の如く飛び出した。

「なっ……!?」

 声を漏らしたのはシャルだった。竜人族の身体能力は、普通の人間の比ではない。シャルは……いや、この場にいた誰もが、ハーレッドの動きを目で捉えられなかった。消えたように見えるのも、無理はない。

 ――

 イブキだけは、しっかりとハーレッドの動きを目で追っていた。イブキの口が言葉を紡いでいる。ぶつぶつと、なにかを言っている。

「魔力を眼に集中……イメージしろ……全ての動きを把握して……最善の一手を……」

 言葉通り、イブキにはハーレッドの動きですらスローモーションに見えていた。
 イブキが無意識にやってのけたのは、《眼》の能力を最大限まで向上させる魔術だ。いかに素早いものでも、イブキには次の動きすら全て把握することができる。

 ハーレッドが《竜爪》を振り上げる。イブキを切り裂くつもりだ。

 だがイブキは、幼い顔に不敵な笑みを浮かべた。《竜爪》が襲いかかる直前、イブキが右手をそっと前へ差し出す。

 イブキが差し出した右手と、《竜爪》がぶつかりあった。すると、どうだろう。その間に、目に見ることのできない障壁ができていた。《竜爪》はイブキの手に触れることすらできず、イブキが作り出した障壁と競り合っている。

 バチイイッ! という激しい音と、火花が二人の目前で弾けていた。


「ぐ、お……っ!?」

 ハーレッドは動揺していた。こんな魔法は見たことがない。どの加護なのかすらわからない。目の前の幼女が、今までに出会ったことのない強敵であることだけは、すぐに理解していた。

 堪らずハーレッドが後方へ飛んだ。距離を取り、爆炎魔法を展開する。

「爆炎魔法、エクスプロード」

 イブキと、近くにいたシャルと倒れたドナーを爆発が飲み込む。これで終わりにするはずだった。しかし、巻き上がった砂塵が晴れると、無傷の三人が姿を現した。
 イブキは咳き込みながら、冗談交じりで言う。

「けほっ、危ないわねー。殺す気満々じゃん」

「ふん、守りに徹してばかりの小童が、よく言うわ。俺に普通の攻撃は効かんぞ。見たであろう、あの再生力を。俺を倒したければ、隕石でも持ってくるのだな」

「へー? じゃあ、」 

 簡単に吐き捨てたイブキ。イブキが手を空へ向けて掲げる。すると、それはすぐに起こった。
 
 遥か彼方から、不気味な音が聞こえる。なにかがイブキたちの頭上の雲を貫いた。
 
――流星、だった。

 ハーレッドへ向けた言葉通り、イブキが魔術で隕石を落としたのだ。

「えええっ!?」

 叫んだのは、シャルとリリスだ。慌ててこの場を逃げようとするが、間に合うわけがない。終焉を予感したのか、二人の目元には涙が浮かんでいる。

 ハーレッドは火を纏う隕石を呆然と眺めていた。信じがたい光景だ。こんなことが、起こっていいものか――。 
 ハーレッドが《竜爪》を解いた。もうすでに、戦意を失っている。

「……」

 イブキはその様子を眺め、掲げていた手を下げる。すると、隕石が音を立てて、当たりには静けさが戻った。

 悲鳴を上げていたシャルとリリスの視線を受けて、イブキはむっとした。

「本当にするわけないじゃん。信用ないなぁ」

 そしてハーレッドへと向き直った。

「わたしの勝ちでいい?」

 ハーレッドは答えなかった。代わりに、地面へ座り込んでイブキを恐怖混じりの目で見ている。

 余裕を見せるイブキだが、内心はらはらしていたのは内緒の話だ。

(あっぶねー。魔術って本当になんでもできんじゃん!)

 ハーレッドに戦う意志がないことを確認し、イブキはドナーへ駆け寄る。魔術を使って傷を治そうとしたが、なぜかそれだけはできなかった。
 シャルとリリスが、二人揃ってイブキの元へ寄ってくる。質問したそうな二人を跳ね除けるように、イブキは告げる。

「ドナーを連れて、先に戻っておいて。わたしは、彼に話がある」

 そうしてハーレッドを一瞥した。

「わ、わかりました。でも、大丈夫ですか?」

 シャルが言わんとすることは理解できた。だが、今のイブキには必要のない言葉だ。

「もう一度襲ってくるなら、今度こそ本当に隕石を落としてやるわよ」

 シャルたちが転移ポータルの先へ消えるのを待ってから、イブキは「ふー」と息を吐いた。
 
「――さて、いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 幼女姿に似合わない、自信満々の態度。少し、嫌味な上司っぽさを出してしまったが。
 ハーレッドは地へ視線を向けて、声だけで答えた。
 
「……なんだ。貴様の力の前では、拒否権もあるまい。お前の仲間を傷つけた俺を殺すか?」

「仲間じゃないわ。ただの……友達よ。あなたは殺さない。つーか、そんなことしたくないわよ。バカじゃないの」

 そしてイブキは、この不気味な荒野を眺めて、問いかけた。

「あなたたちと、魔法七星の間でなにがあったのか、聞かせてくれる?」

 この世界を生き抜くには、色々と知らないといけないことがある。

「なにも知らないのか?」

「ええ。わたし、そういうの疎いから」

 厳密には、こっちの世界に来て日が浅いから、だが。
 ハーレッドは渋るかと思ったが、すぐに答えてくれた。

「……いいだろう。あれは1年前。リムル神のお告げで、俺たちの運命は変わったんだ――」
 
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