魔族殺しの道具だった聖女は、溺愛してくれる魔王と一緒に世界征服いたします!

神野咲音

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第27話 世界が敵に回るとき

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 ルシオン脱獄の知らせを受けてすぐ、私たちは緊急会議のために集まった。


「信じられねえ。あいつ、素手で壁と枷をぶち破って逃げやがった!」


 呆れと驚きの入り混じった顔をしているのはオルヴァンだったわ。実際に牢を確認した彼によると、崩れた瓦礫に少量の血が付着していたらしいわ。魔法を使った形跡もなかったとか。


「見張りは何をしていたんだ」

「ちょうど交代の時間で、駆け付けた時にはラートルの枷が壊されてた。勇者に殴り飛ばされ、ラートルに魔法で応戦されて逃亡を許したんだとよ。人が少ないのが響いたな」


 牢は地下にあるけれど、そうなってしまえばもう意味はないわね。

 リダールが小さく唸って腕を組む。


「問題は、そのラートルだ。ルシオンだけなら追うのは難しくないが……」

「ああ。何がどうなって二人が手を組んだかは知らねぇが、厄介だぜ。城の中は片付いたが、国内すべての過激派を一掃できたわけじゃない」


 リダールのように一人でぽんぽんと転移魔法を使える人はいないけれど、協力者がいるとなれば話は別。多分、もう簡単に追えないところまで逃げてしまっているでしょう。マヴィアナ国にはいないはずよ。

 だけどルシオンは何がしたいのかしら。魔族を殺すことに意欲を燃やしていた彼が、理由もなくラートルを助けるとは思えないわ。

 それに、ルシオンがどうやって牢を破ったのかも分からない。確かにもともと力が強い方ではあったけれど、石壁や鉄の鎖を素手でどうにかできるような人は、もう人間じゃないわ。


「……あ」


 思わず声を漏らす。リダールも、ほぼ同時に同じ結論に至ったみたい。とても嫌そうな顔をして、私と視線を合わせた。

 クシェが首を傾げる。


「姫様?」

「……ルシオン。魔族化しているかもしれないわ。言っても認めないでしょうけれど」


 人間の間では、魔族化の呪い、なんて呼ばれている現象。実際は呪いでもなんでもないわ。


「魔族化って……、前に言ってた、人間から魔族が生まれるとか、そういう?」

「本質的には似たようなものよ。つまり、人間が魔力に適応した結果が魔族なの。魔力を浴び続けた人が後天的に魔族化することがあるのよ。人によって魔力に対する許容量が違うから、誰がどのタイミングで魔族化するかは、誰にも分からないわ」


 魔術師は、そういう意味では魔族化しやすいわね。常に魔石を身に着けて、魔力を扱うことも多いから。でも人によっては一日に一回、魔導ランプを灯すだけで魔族化することだってある。


「多分ルシオンは、許容量が低かったのね。彼自身が魔法を使っていなくとも、傍には魔術師のクシェがいたし……。何より、マヴィアナ国に入ってからずっと魔石を持っていたから、それがきっかけになった可能性は高いわ」


 魔石を持たせていたのは失敗だったかもしれない。この国では、人間であることはバレても問題ないけれど、魔力の代わりとなる魔石を持っていない人間は珍しい。目立ちたくないがための作戦が、裏目に出てしまったわ。

 カリオが、それじゃあ、と口を挟んだ。


「ここ最近、人間の国で魔族化が増えていたのはどういうことでしょうか?」

「多分、魔道具の研究が進んで、魔石を扱う機会が増えたせいね。呪いだ侵攻だ、なんて言われていたけれど、そもそも誰かを意図的に魔族化する方法なんて、地道に魔力を浴びせ続けるくらいしかないわ」


 そんな面倒なこと、普通はやらないわ。やる意味もないし。だって本当に敵対していたとしたら、敵勢力に戦力を増やす結果になるのよ。

 オルヴァンも顔をしかめて、


「ということは……。あのアホ勇者も、魔法が使えるようになっている?」

「いや、恐らく自覚はない。魔力で無意識に体を強化しているように思える」


 リダールの推測に、私も頷いた。ルシオンは魔力のコントロール訓練なんてやっていないでしょうから、魔族化したところで自在に魔法を扱うなんて真似はできないはず。人間離れした怪力を発揮したのは、魔力が暴走しないようにと本能が働いた結果ね。

 ラートルは、ルシオンが魔族化していることに気付いて一緒に行ったのだわ。目的は恐らく、勇者と手を組んで魔王を打倒する戦力を得ること。

 ほとんどが憶測にすぎないけれど、大きくは外れてはいないはずよ。

 オルヴァンが綺麗にセットした髪を掻き毟って、深くため息をついた。


「追跡させてはいるが、あまり期待はするな。念のため、俺の諜報部隊も動かしたが……」


 多分、ここにいる全員が分かっているわ。ルシオンが何を考えているのか。

 狙いは、私とリダール。あいつは必ず私たちのもとにやってくる。

 だけど、もし脱獄したのがルシオン一人なら、その足でここまでやってきたでしょう。何も考えずに、ただ勝利の幻影だけを頼りに進んだはずよ。

 それなのに、わざわざ城から逃げ出している。確実にラートルが口を挟んでいるわ。ラートルなら簡単にルシオンを騙せる……、いえ、ルシオンを騙すのなんて誰にでもできるわね。馬鹿だもの。

 とにかく、ラートルがどんな嘘をついたのかは知らないけれど、二人の行動はラートルの思考が反映されていると考えて間違いなさそう。


「ここから逃げて……、ラートルならどこに向かうと思う?」

「アホ勇者のことは分からんが、ラートルのことならちっとは分かるぜ。奴なら恐らく、パンデリオ王国に向かう」


 ちらりとリダールを見ると、彼もオルヴァンの言葉を首肯した。


「ラートルは戦力の増強を考えるだろう。今のラートルなら、俺を倒すためにはなんでもやるだろうな。マヴィアナ国内の協力者だけじゃ足りない。ならどこに援助を乞うか……。今あちらには、旗頭におあつらえ向きの人間がいる」


 一呼吸おいて、リダールは続けた。


「『魔王に囚われた聖女を助ける』という大義名分を掲げれば、パンデリオだけじゃない、世界中の国が戦争に踏み切るだろう。魔族を滅ぼすにはうってつけの理由だ」


 私たちのおままごとみたいな暗殺作戦なんてお話にならない、本格的な戦争が、起きようとしている。

 ぞくりと背中が震えた。本当にルシオンが、世界中の兵士を引き連れて立ち上がったら。勝敗なんて目に見えているわ。

 魔族は負ける。大きな波に攫われる一粒の砂のように、果てのない敵意に飲み込まれて消えてしまうでしょう。

 いくら自在に魔法を使えても、たとえどれほど優れた兵士を集めたとしても、魔族は数が少なすぎるわ。世界を敵に回して、生き残れる訳がない。

 だからマヴィアナ国は、防衛に徹してきた。人間が魔族を恐れつつも、決して手を出さないように。国境を「憤怒の森」で区切って出入りを難しくし、囚人たちの村を配置して繁栄を見せないようにした。「荒れ地に追いやった魔族たちは、惨めな生活をしているのだ」と思わせて、人間たちが満足するように。

 私たちの推測を聞いていたクシェが、「でも」と混乱したように言った。


「あのラートルって人、魔族至上主義者なんですよね? なのに、魔族の国を滅ぼそうとするんですか?」

「ラートルにそのつもりはねぇだろ。適当に勇者をおだてて、リダールをどうこうしたところで使い捨てる気なんだろうが……」


 救いようがない、とオルヴァンは首を振る。ルシオンが魔族を知らないように、ラートルは人間を知らないのね。人間が魔族に抱く、底知れないほどの恐れを。

 一度戦いが始まってしまえば、魔族が死に絶えるまで人間は止まらないわ。


「……そんなことはさせない」


 隣から伸びてきた手が、そっと私の頭を撫でた。リダールの大きな手。視線を向ければ、リダールが柔らかく微笑んでいる。


「大丈夫、あの二人の好きにはさせない。犠牲なんて出さない。誰も、死なせない」

「……うん」


 リダールの優しい声に、小さく笑った。そうね、リダールがそう言うなら、大丈夫よ。

 すっきりと背筋を伸ばしたリダールは、毅然とした口調で命令を下した。


「オルヴァン、パンデリオと中央諸国の軍勢情報を優先して集めろ。セレアたちは、パンデリオ内部の情報を教えてくれ。対策を立てる」

「御意に」


 オルヴァンが真っ先に頭を下げた。そして強気に笑い、執務室を颯爽と出ていく。パンデリオはともかく、中央諸国の諜報なんてかなり難易度が高いはずだけれど。リダールもオルヴァンも、そんなこと一切感じさせないで話を進めている。


「パンデリオの軍内部なら、私に任せてください」


 カリオもやる気に満ち溢れていた。背後にめらめらと炎が燃え盛っているように見えるわ。やる気の理由が分からなくて戸惑っていると、カリオはにこりと口角を吊り上げた。


「姫様や私をさんざんこき使ってくれたあの国王を、一度でいいから殴り飛ばしたかったんです」


 目が、目が笑ってないわ。あと、パンデリオを裏切ると決めたからかしら、吹っ切れてるわ。騎士だった時のカリオなら、お父様を殴り飛ばすなんて、口が裂けても言わないもの。

 表には出さずに慄いていると、クシェも一歩前に進み出た。


「だったら……、あたしもルシオンにグーパン入れたい!」


 クシェまで。

 もはや何も言えずにリダールを見ると、きょとんとしていた彼は、すぐに楽しそうに目を細めた。


「やる気があることはいいことだな」


 やめてリダール、そんな適当に放り投げないで。

 ああでも。パンデリオ王国にいた時より、魔王討伐作戦の会議に参加していた時よりも、ずっとずっと心が軽いわ。


「……皆、ありがとう」


 リダールとなら、そして彼らとなら。心の底からそう思えるから、やっぱりこの道を選んで間違いはなかったわ。
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