耽美令嬢は不幸がお好き ~かわいそかわいい従者を愛でながら、婚約破棄して勘違い男たちにお仕置きします~

神野咲音

文字の大きさ
24 / 66
第一章

ポーラ・アーキンは理想を見ている①

しおりを挟む
 ポーラ・アーキンは元平民だった。

 王都の中心街で生まれ育った、ごく普通の少女だ。

 両親はポーラが幼い頃、乗合馬車の事故に巻き込まれて亡くなってしまった。そのため、顔もあまり覚えていない。ポーラを育ててくれたのは母方の祖父母だ。

 二人が営む商店。数人の従業員。ポーラはそこで、自然と働くことを覚えた。接客も、お金の計算も、特に嫌いではなかった。客が笑顔で帰っていくのを見るのは嬉しかったし、祖父母に褒められると何でもできる気がした。

 商店の従業員も、店にやってくる客も、近所に住む人々も、皆が優しかった。

 ポーラが十二歳になる頃、王都の学校に通うかどうか、という話が出た。学問の道に進みたい者や貴族相手の仕事をしたい者が、読み書き計算以上の教養を学ぶ、平民のための学校だ。

 だが、学校に通うにはかなりの金がかかる。祖父母が難しい顔をして話し合っているところを何度か見た。

 祖父母はポーラに、良い教育を受けさせたいと言う。そうすれば将来の仕事に困ることはないし、良い人脈にも恵まれて幸せになれるから、と。

 幸せというのはどういうことだろう。たくさん金を稼ぐことだろうか。良い結婚相手を見つけることだろうか。

 祖母はポーラの疑問に、「愛を知ることよ」と微笑んだ。愛すること、愛されることを知っていれば、人生は豊かになるのだと。

 祖父は「下を向かないことだ」と厳しい顔をした。どんなに辛い状況になっても、下を向いてしまっては掴めるチャンスも掴めないと。

 そして二人とも、ポーラに「優しくあれ」と言った。人に優しくしていれば、それは巡り巡ってポーラのためになる。祖父母を見ていれば、それが本当のことだというのは分かった。だって、二人の周りにいるのは優しい人ばかりだ。

 結局、ポーラが魔力を持っていたことが判明して、平民の学校に通う話はなくなった。

 貴族の家に引き取られるにあたって、真っ先に名乗りを上げたのがアーキン男爵家だった。

 先代のアーキン男爵は恋多き人物だったのだが、その妻はどちらかというと独占欲が強い方だった。男爵夫人は嫉妬のあまり、愛人との間にできた庶子にすら辛く当たり、その庶子は成人を機に家から逃亡。責任を取って先代夫婦は隠居の身となり、後を継いだ現アーキン男爵が必死に弟を探していたのだという。

 わざわざ自ら祖父母の店までやって来た男爵は、ポーラとそっくりな男性の描かれた肖像画を見せてくれた。ポーラは覚えていなかったが、祖父母は確かにポーラの父だと頷いた。

 ポーラの父は、記憶を失って店の前に倒れていたところを保護されたのだ。恐らくは強盗に襲われたのだろうと、祖父母は語った。

 身ぐるみ剥がされていて身元が分からないし、本人もそれまでの記憶が無い。店に置いて働かせていたが、その内に店の娘、つまりポーラの母と好い仲になった。そしてポーラが生まれたのだ。

 記憶が無かったのなら、魔力持ちの義務である血統の保護から漏れていても仕方がない。それにもう本人は亡くなっていて、記憶喪失が本当であったのかどうかも分からない。

 ポーラを保護すれば、みすみす魔力持ちを市井に流したという汚名はそれなりに雪げる。

 その頃のポーラにはまだ分からない事情ばかりだったが、祖父母はポーラが貴族として生きていけることを喜んだ。

 ポーラの幸せを望んでくれる二人。大好きな祖父母。二人と離れるのは寂しい。けれどポーラに与えられた選択肢は、魔力を封印されるか、アーキン家に引き取られるかの二つだけ。

 魔力を封印するのは、血液を制御するせいでとても辛いのだと聞いた。今のような生活はできなくなると知ったら、選べる道など一つだけだった。

 幸い、アーキン男爵はポーラに対して同情的で、小さな罪悪感もあるようだった。彼はポーラの希望を汲み、週に一度は祖父母の家に帰っても良いと言ってくれた。

 ただの平民だったポーラは、ポーラ・アーキン男爵令嬢となった。





 貴族としての生活は、今までとまるで違っていた。仕事をしなくても生活に困らない。身の回りの世話は、すべて使用人がやってくれる。着替えやお風呂まで世話をされるのは恥ずかしかったが、ドレスを一人で着るのは難しい。

 着飾るのが令嬢の仕事だと、ドレスや宝石類はそれなりに与えられていた。ポーラはそれらを持って祖父母の家に帰り、生活の足しにして欲しいとこっそり置いて行った。

 不公平だと思ったのだ。平民は働かないと生きていけないのに、貴族は毎日着飾って、美味しいものを食べて、人に世話を焼かせるばかり。男爵は仕事だと言って屋敷を出ては酔っぱらって帰って来るし、夫人も毎日お茶会をしているだけ。

 学園に通っている年上のいとこたちもそうだ。魔法の勉強をしているところは見かけるが、あとはずっと遊んでいる。何をそんなにお喋りすることがあるのだろう。

 そんな生活を見てしまえば、「そろそろ貴族としての勉強を」と家庭教師を付けられても、真面目に勉強する気が失せる。ある程度課題をこなして、「平民だったから……」と困った顔をすれば、それ以上は何も言われなかった。

 引き取られてから三年、ポーラが学園に入学するのと入れ替わりに、いとこの姉が卒業し、同時に嫁いでいった。彼女は年々ポーラに冷たくなっていくので、いなくなってホッとした。

 時々アーキン男爵に、「彼女をどうにかしないと、この家は終わりますわよ」と、酷いことを言って叱られていたのを知っている。きっと父も、こんな風に扱われていたのだろう。逃げ出したくなる気持ちが分かった。

 学園に入って、「不公平だ」という気持ちはますます強くなった。身分こそが絶対で、平民上がりのポーラの話など誰も聞かない。アーキンの家で与えられた物よりも豪華な装飾品で身を飾り、上辺だけのお世辞で塗り固められたお喋りを繰り返す。

 時間と金の浪費でしかない。同じ年ごろでも、平民の子たちはもう働いているのだ。こんな無駄なことをして、いったい何になるのだろう。

 そんな風にモヤモヤとしたものを抱えていたポーラは、ヴィクトリア・リーヴズ・アイラという令嬢を知ることになる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる

杓子ねこ
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢ヴェスカは、王太子との婚約を回避し、学園でもおとなしくすごすつもりだった。 なのに聖女セノリィの入学とともに口からは罵倒の言葉しか出なくなり、周囲からは冷たい目で見られる――ただ一人を除いては。 なぜか婚約者に収まっている侯爵令息ロアン。 彼だけはヴェスカの言動にひるまない。むしろ溺愛してくる。本当になんで? 「ヴェスカ嬢、君は美しいな」 「ロアン様はお可哀想に。今さら気づくなんて、目がお悪いのね」 「そうかもしれない、本当の君はもっと輝いているのかも」 これは侯爵令息が一途に悪役令嬢を思い、ついでにざまあするお話。 悪役令嬢が意外と無自覚にシナリオ改変を起こしまくっていた話でもある。 ※小説家になろうで先行掲載中

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

公爵令嬢の異世界旅行記 ―婚約破棄されたので旅に出ます。何があっても呼び戻さないでください

ふわふわ
恋愛
大公爵家の令嬢――オルフェアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を言い渡される。 その瞬間、彼女の人生は静かな終わりではなく、新たな旅の始まりとなった。 “ここに留まってはいけない。” そう直感した彼女は、広大な領地でただ形式だけに触れてきた日常から抜け出し、外の世界へと足を踏み出す。 護衛の騎士と忠実なメイドを従え、覚悟も目的もないまま始まった旅は、やがて異世界の光景――青に染まる夜空、風に揺れる草原、川辺のささやき、森の静けさ――そのすべてを五感で刻む旅へと変わっていく。 王都で巻き起こる噂や騒動は、彼女には遠い世界の出来事に過ぎない。 『戻れ』という声を受け取らず、ただ彼女は歩き続ける。丘を越え、森を抜け、名もない村の空気に触れ、知らない人々の生活を垣間見ながら――。 彼女は知る。 世界は広く、日常は多層的であり、 旅は目的地ではなく、問いを生み、心を形づくるものなのだと。 � Reddit 領都へ一度戻った後も、再び世界へ歩を進める決意を固めた令嬢の心境の変化は、他者との関わり、内面の成長、そして自分だけの色で描かれる恋と日常の交錯として深く紡がれる。 戦いや陰謀ではなく、風と色と音と空気を感じる旅の物語。 これは、異世界を巡りながら真実の自分を見つけていく、一人の令嬢の恋愛旅記である。

処理中です...