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第二章

公爵邸の夜会

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 アイラ公爵邸の大広間は、色とりどりの花で豪華に飾り付けられていた。魔法の光がふわふわと浮かび、広間全体を照らす。

 公爵家の下に連なる貴族たちが、貼り付けた笑顔で言葉をさざめかせている。そうして、意味深な顔でヴィクトリアたちを見て、また笑う。

 ヴィクトリアは今日も赤いイブニングドレスを着て、リアムとダンスをしていた。学期末パーティー以来だったが、変わらず息が合って楽しい。リアムの緊張も、ほぐれてきているようだった。


「ユージェニーは楽しめているかしら」

「奥様がついておられますし、大丈夫ですよ」


 今日の夜会の大きな目的は二つ。ユージェニーの結婚相手探しと、ヴィクトリアたちの婚約内定のお披露目だ。

 後者に関しては正式な発表ではなく、ただヴィクトリアとリアムがパートナーとして出席するだけなのだが。

 ユージェニーの方は、アイラ公爵夫人たるセルマがついて挨拶をして回っている。血縁関係でもない令嬢のために、主催の公爵夫人自らが付き添うのはほぼ異例のことだ。そのためか、ちらりと見た限りでは、ひっきりなしに男性から声をかけられているようだった。

 この夜会に呼ばれているのは、アイラ領でも有力な家門や、優秀な功績を評価されている令息ばかりだ。アルフレッドが張り切って準備していたことが窺える。

 もちろん令嬢たちも多く参加している。彼女たちは曲の合間にヴィクトリアの元へやって来ては、リアムやユージェニーのことを熱心に聞きたがった。

 ユージェニーはセルマの隣で、落ち着き払った態度で令息たちと会話している。その姿に、令嬢たちは嫉妬ではなく尊敬の念を覚えたようだ。「ぜひお話させていただきたいわ」と呟く令嬢に、ヴィクトリアは「とってもいい子なのよ」と返す。

 会場が賑やかに、華やかにざわめく中、ヴィクトリアの方へやって来る人物がいた。


「アイラ公爵令嬢。本日のお招き、感謝いたします」

「レスター卿」


 レスターがやや緊張した面持ちで頭を下げた。身なりを整えていると、爽やかな好青年に見える。


「来ていただけて嬉しいわ。父とはもう話を?」

「はい。大変光栄なことです」


 そう言ってから、レスターは苦笑を滲ませる。


「正直、俺のような立場の者が公爵家主催の夜会に招待されるなんて、不相応なのではないかと不安でたまりません」

「そのようなことはないけれど……。でも、そう言う割に堂々としているわ」

「これでも演技は身近なものですから」


 謙遜するレスター。嫌味のないそれにヴィクトリアは微笑み、楽しんで、と会場へ送り出した。すぐさま料理のある一角へ向かったあたり、誰かをダンスに誘うことはしないようだ。

 ヴィクトリアはその後も、他の貴族たちから挨拶をされたり、休憩を挟んでリアムと踊ったりしていた。時々ユージェニーの様子も見ていたが、ダンスの誘いはすべて断っていたようだ。


「……あら?」


 ユージェニーがセルマから離れて、料理のあるテーブルへ向かっている。休憩するなら少し話そうかと思ったヴィクトリアだったが、レスターがユージェニーに話しかけたのを見て足を止めた。


「あらあら?」

「お嬢様、どうされましたか?」

「リアム、あれを見て」


 二人は何やら盛り上がっているようだ。レスターが照れたように笑い、ユージェニーも自然な笑顔を見せている。

 やがて二人は、連れ立ってバルコニーへと姿を消した。


「……まさかそうなるとは」


 リアムがびっくりして目を丸くしている。ヴィクトリアも頷いた。


「そうね。でも……」


 ユージェニーはデラリア伯爵家の長女だ。水害で農作物に被害を受けた領地のために、デラリア領の商品を有利に扱ってくれる家との婚約を希望していた。

 一方レスターの方は、彼の生家であるクリーズ家は歴史のある家門ではあるが、王宮に勤める官僚がほとんどでユージェニーの希望とは合わないだろう。それに、レスター自身は劇作家で、商売関係とはさらに遠い。

 家の事情を踏まえた結婚相手なら、ユージェニーはレスターを選ばないだろう。


「……ユージェニーのあんな顔、久しぶりに見たわ」


 いつもの毅然とした誇り高い姿ではなく、夢見るような愛らしい微笑み。まだ以前の婚約者との関係が続いていた頃、恋について語っていた時と同じ顔だった。

 レスターの方も満更ではなさそうだった。きっと、指摘したところで二人とも否定するだろうが。


「ねえリアム。わたくし、ユージェニーには幸せになってほしいのよ」

「そのお気持ちはよく分かります」


 ヴィクトリアたちは、ユージェニーのお陰で結ばれたようなものなのだ。そう願うのは当然のこと。

 彼女にとって最善の選択肢を、選んで欲しい。


「ともかく、後でしっかり話を聞きましょう」


 まずそこを聞き出さないと、とヴィクトリアは決意した。
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