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第二章

アイラ公爵の試練

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 最初の予定より少し早くなったが、ヴィクトリアとリアムの婚約発表パーティーが行われることになった。

 既に根回しは済んでおり、異を唱える者は誰もいない。王家からも祝福のために使者が来ることになっている。何も、問題はない。

 なのにどこか不安になるのは、あの男のせいだ。

 エルベール・フォルジュ。あれから数日が経っているが、なんの動きもないのが気にかかる。エルベール本人は屋敷に籠もり、フォルジュ家からも一向に返事が来ない。

 不利な噂を流して、動きを制限した。どうやら少数の使用人だけしか連れてきていないらしいエルベールには、ここでできることはたかが知れている。だから、居心地の悪い屋敷を脱して国に帰ると考えていた。アイラ領を諦めるかどうかは置いておいて、父親に協力を求めるなり、使える部下を増やすなりするために。

 だが、エルベールはアイラに留まっている。それが示すことはつまり、まだ諦める気は毛頭なく、さらに使える手があるということだ。


「……気味が悪いわね」


 パーティーで身につけるアクセサリーを吟味しながら、ヴィクトリアはぽつりと呟いた。侍女と一緒にあれやこれやと楽しげに意見を述べていたユージェニーが首を傾げる。


「あの男のことですの? 何か動きがありまして?」

「いいえ。だからこそよ。アイラ公爵家に対して、エルベールは無力同然。そもそも準備も何もなく仕掛けてきているのだから、当然だと思うわ。実際に会話をした印象としても、評判ほどの有能さは感じられなかった。軍人として鍛えてはいるように思うけれど、貴族当主としての教育は施されていないように見える」


 現フォルジュ侯爵は帝国の軍務大臣としての手腕を遺憾なく発揮している。帝国軍の矛先が向くのを恐れる国は数多い。エルベールが次期軍務大臣と目されているのは、その侯爵の一人息子で、本人も軍に所属しているからだ。ただ、その内情までは分からない。

 実力主義を標榜するイザリア帝国だが、平和な今の時代では形骸化しつつある。特権階級による支配構造は他国とそう変わらない。政治に関わる地位のほとんどは、有力な貴族家が占有している。

 地位と権力の占有が悪いとは思わない。後継者が幼い頃から適性を見極め、教育を施すことができるのは利点だ。だがそのための投資を怠り、家名を玉座とするならば、それは腐敗の始まりとなる。

 力は正しく使わなければならない。そうでなければ破滅を招く。


「皆様の噂では、エルベール・フォルジュは帝国軍の中でも抜きん出た実力を持つ軍人なのだとか。同世代には勝てる者がほとんどいないそうですわよ」

「軍人としていかに腕がよくても、家や地位を継ぐ素質があるかどうかは別の話よ」

「確かに、彼ではアイラ公爵様どころか、ヴィクトリア様にも敵わないでしょうね」

「そうであって欲しいものだわ」


 ヴィクトリアの声は固いまま。ユージェニーは持っていたネックレスを丁寧に置いて、ヴィクトリアと向き合った。


「何を、恐れていらっしゃるのでしょう?」


 そう静かに問うてくるだけの、友人の冷静さが好ましい。ヴィクトリアはふっと小さく笑って、予想を口にした。


「次にエルベールが使うとしたら、合法的な手ではないわ。かなり怒っていたから冷静ではないでしょうし、焦ってもいるようだった。だから、フォルジュ本家が出てくると思っていたのよ。エルベールが助けを求めるにしろ、見かねた父親が手を出すにしろ」

「けれど、そのどちらもなかった、と?」

「ええ。フォルジュ家としてわたくしとの結婚を迫るなら、それはタディリス王家の意向にも逆らうことになるわ。もし、国同士の問題になることを避けるのなら、エルベールを引き上げさせるはず。それすらないのは不気味だわ。……わたくしたちが思っているより、フォルジュ親子の間には大きな溝がありそう」


 決して手を出さず静観するだけの父親。そうなることを知っているのなら、エルベールは独力で動くだろう。


「自身に関する悪い噂が広まり、それが帝国にまで伝わるかもしれないという状況で。エルベールが欲しいものを手に入れるなら? 家の力は使えず、些細な抵抗は潰される。彼にできることは限られる」

「それで、違法な手段を?」

「考えすぎかしら?」


 眉を寄せたユージェニーは小さく首を振った。


「エルベール卿がそのような人物に見えたのなら、可能性としては頭に置いておくべきですわ。ヴィクトリア様の目は確かですもの」


 短絡的すぎると否定する気持ちがある一方、エルベールならやるだろう、という確信めいた気持ちがある。


「それで、ヴィクトリア様の懸念とは? そこまでお読みになられているのに」

「……分からないのよ」


 ヴィクトリアは小さくぼやいた。


「違法な手を使うとして、具体的に何をしようとしているのか」

「それは……」


 すっかりお手上げ、とヴィクトリアは肩をすくめた。


「お父様は『いい機会だから考えてみなさい』っておっしゃるだけなの。きっとわたくしに解決させるおつもりだわ。いろいろ分かっているはずなのに」

「まあ。アイラ公爵らしいですわね」

「笑い事じゃないのよ、ユージェニー……」


 重く肩を落とすヴィクトリアだった。
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