暴力を振るう婚約者にする気もないのに婚約破棄だと言われるので、お望み通り私が先に捨ててやることにしました。

無名 -ムメイ-

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1話

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「――俺に盾をつくな! 俺の機嫌を損ねたら、婚約解消だぞ。分かっているだろうな!」

 私の婚約者、アルスはよく婚約破棄をチラつかせてくる。そんな脅し、まったく通用しないのに。
 私、アイリスはいわゆる政略結婚というもののために、アルスと婚約している。だから、彼に対して恨み辛みはあれど、愛情はない。それは、アルスも同じだろう。
 だからこそ、彼は私に暴力を振るって恐怖心を抱かせ、逃げられないようにしている。婚約破棄をチラつかせるのは、実家に不利益があると思っているから。

 だが、実際は私の実家――フィーブル家はアルスの両親から頭を下げられているだけに過ぎず、絶対に結婚しなければならないというわけではない。
 だから、私は――逃げることにした。婚約破棄だの婚約解消だのほざくのなら、お望み通り婚約破棄してあげます。

 ……私から、ですけど。



~アルス視点~

「――アイリスはまた家出しているのか。学習しない奴だ。連れ戻されるというのに」

 アイリスは俺から逃げることはできない。それはもう証明している。全身に青アザができるぐらい痛めつけてやったときも、アイツは逃げなかったからな。
 アイツにとって、俺は何としてでも結婚しなければならない相手ということだ。

 そう思っていたのだが――

「――何ッ!? アイリスが婚約破棄してきただと!?」
「はいっ。アイリス様の部屋にこのような手紙が」

 使用人からぶん取った手紙にはこう書かれていた。

『――私はアルス様との婚約を破棄させてもらいます。なので、探さないでください』

 なに勝手なことをしているのだ、アイツは! 婚約を破棄するのは俺であって、お前じゃない! 
 なぜ俺が捨てられなければならない! もう政略結婚など知ったことではない。困るのはアイリスだ。

「アイリスを何としてでも探し出せ!」

 連れ戻したら、2度と生意気なことができないように徹底的に痛めつけて、俺から捨ててやる!



~アイリス視点~

「――お父さま、お母さま。ただいま、戻りました」
「アイリス? こんな夜更けにどうしたの――って、何があったの、その傷!」
「お母さま、これは――」
「――いいの、言わなくても。私には分かっています。とりあえず、お家へ入りなさい」

 出迎えてくれたのはお母さまだった。お父さまは仕事で疲れたのか、ぐっすり眠っているみたい。
 だけど、お母さまが私が帰ってきたことを話すと、すぐに起きて、話を聞いてくれた。
 そして、夜が明けると、アルスの実家へと怒鳴り込みに行ってしまった。

~アルス視点~

「――なぜだ。なぜこんなことになった」

 俺は自分の部屋で頭を抱えていた。アイリスは見つからないし、親父にめちゃくちゃ怒られた。
 俺は何も悪いことをしていない! 女は男のストレスを発散する道具だ。
 それなのに、それなのにそれなのにそれなのに――ッ!

「なぜ俺が次期当主になれない! なぜ弟のアイツが次期当主なんだ!」

 親父からは人の上に立つ器ではないと言われた。意味が分からない。俺は人の上に立てる器だ。今までアイリスを服従させてきた! 弟にはできないはずだ!
 ……クソッ。それもこれも全部、アイリスのせいだ。アイツが勝手に婚約破棄しやがったから……!

「諦めない。俺はお前を諦めないぞ、アイリスッ! 絶対に連れ戻して、また暴力を振るってやる! 待っていろ、アイリスウウウゥゥゥウウウウウ――ッッッ!」



~アイリス視点~

「――嫌です。帰ってください。あなたとまた婚約を結ぶだなんて、冗談じゃない」

 婚約破棄したのはいいが、アルスはしつこかった。
 俺の元に戻ってこいだの、お前は俺がいないとダメだの……本当にうるさい。
 だから、新しく雇っていた屈強な護衛たちに後のことは任せることにした。

 それに……新しい縁談が決まっています。
 相手はアルスと違い、優しい方だと聞きました。でも、いいのかしら。全身傷だらけの私で……。
 お父さまは大丈夫だと言っていましたが……。
 しばらくは男の人はいいかなと思っていたけど、お父さまが猛プッシュしてきたので、会うことにしました。



「――初めまして、アリシア様。俺のような人間との縁談を受け入れてくださり、ありがとうございます」

 設けられた縁談の場に行くと、それはもう……私と同じく全身傷だらけの男の子がいました。
 私の顔を見ても一切、嫌な顔をしないその男の子に運命を感じました。

 私は絶対にこの人と結婚する。そんな予感が、ありました――。



 一方、アルスは私とよく似た女性を襲ったせいで、牢屋にぶち込まれたとか、いないとか……。
 




 
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