マギーアブエッラ

十代春雄

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Act.1

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五月病から来る倦怠感も少しずつ抜けて、ようやく新年度当初のやる気を回復し始めている5月下旬
湿度、気温共に上昇し、梅雨独特の不快感を感じる日が多くなってきているが、今の私には関係なかった
ついさっきまで、フードコートで友達とご飯を食べていた私は、趣味の買い物をするため、一時的に別行動を行っている最中だ、合流した後は最近話題の恋愛映画を観に行く予定になっている
こんなご機嫌な休日、とっても普通で何の不満もない素敵な日
高温多湿の不快感など国外……いや、大気圏外へと飛んでいってしまってるだろう
そんな下らないことを考えながらショップを目指し進む私の歩みは、目的地の直前で止まる
店が閉まっていたとか、客がごった返していて入れないとか言うのではなく、明らかに場所不相応なものがソコにいるのだ
「うわぁ……」
古今東西の化け物をミキサーにかけてパテに詰め込んだ様なそれの
全長はおよそ3メートル程だろう
顔面とおぼしきパーツに付いた複数の眼は不定期に動き、ナニカ探しているかのようである
大方、映画のタイアップとかなのだろうが、こんな悪趣味なオブジェクトを良くも立てたもんだ
とはいえ目的地は眼前、迂回してショップに入り、手早く目的の物を購入する
そしてショップを後にして、ソコにいる化物を再び避けて通ろうとした所でふと、疑問に思った
誰ひとり、私のように迂回をしていない
それどころか、こんな大きなものを、あたかもそれが存在しないかのように素通りをしている
回りを軽く確認してみる
タイアップでなくても、こんなにでかいオブジェクトだ、面白がって写真を撮る人は少なくとも一人はいるはすだが……そんな人は一人もいない
流石に同級生から鈍感だの言われてきた私でもわかる……そう、疲れているのだろう
確かに三日前までテストだったし、珍しく運動をしたりしていたし、致し方のないことだ……そうだとも
自身に対するささやかな弁護を頭のなかでしながら大きなオブジェクトを眺めていると、ギョロりと、バケモノの二三個の目がこちらを向いく
思わず顔を伏せたが、確実に数秒、目があってしまったと私の本能が警告する……ならばとるべき行動はひとつ
比較的速やかに現場から離脱する……こういう感は良く当たるのだ、ありがたいことにね
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「今回のはいつにも増してグロテスクだなおい」
双眼鏡を持った十代中頃と思われる少女が呟くと、なにもない空気が湾曲し、そこから仔猫のようななにかが現れる
「今までのとそう変わり無く見えるけど?」
ソレは妙に甘ったるい声でそう答える
「いやいや、今までのが化物なら今回のは邪神のそれだね」
「また変なところから知識を付けてきたんだね……とりあえずは様子見だね」
「んな悠長で良いのかねぇ……あんなナリ、ヤバさしか感じないんだが」
「見た目で判断するのは焦燥だと言う考えな訳ですよ」
少女はソレの言葉に笑いながら
「いやぁ、君が言うと説得力あるね」
ソレは表情一つ変えるようすもなく「じゃあよろしく」と言い、なにもない空間へ消えていった
少女は双眼鏡を外して上着のポケットから電子端末を取り出す
そのまま近くのベンチへ腰かけてそれを確認する
『新着メッセージ 1件』
端末を操作し、メッセージに目を通し終わったタイミングで空を仰ぐ
「全く、どこまでもアホらしいな」
小さく呟き、少女はそこを後にした
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無事に映画を観終え、帰路についた私であるのだが、現在進行形で一つ問題を抱えている
それは、今日観た映画の内容がそこまで面白くなかったとか、冷蔵庫に水と調味料以外入っていないとか、そう言う些細なレベルではない……両方とも事実ではあるのだが、そんなことはどうでも良い
何気ない一本道の先、何やら大きなものがあるのだ
しかもそれは、何故か既視感のある形をしている……そう、昼過ぎにみたあれだ
本格的に疲れているのかもしれないと、歩みを止めて軽く辺りを見回す
休憩できるところがないか探すのだが、あいにく手頃な場所は見当たらない
観念して視線をもとに戻すと、その光景に思わず「えっ」と短い嗚咽を漏らした
それがじりじりと、しかし明らかに、確かに少しずつ近づいて来ている
「逃げよう」
こう思考が決定するまでに時間はさほど必要でなく
「でもどこに」
という難問に到達するのはもっと簡単であった
しかし悠長に構えている精神的余裕はなく、とりあえず人のいるところにというとても安直な選択肢を選ぶ
一人でなければ何か出来るかもしれない、誰かが助けてくれるかもしれない
私の足はさっきまでいた大型商業施設へと向かっていた

施設が目視できるできる距離に着く頃、それとの距離はさほど変わってはいないように見えた
しかしさっきから何か妙なのだ、静かと言うか、静かすぎると言うか、何も音がしないような感覚
その妙な感覚は施設の敷地に入る直前で確信に変わった
様々な娯楽施設や店舗が入った大型商業施設の休日は、人でごった返している
それはオープンからクローズまで多少の波こそあれど、絶え間なく人が行き来する、そんな場所なのに
人一人いない、誰一人
理解が追い付かない、現状をちゃんと把握できていない、いや、出来るわけがない
そもそもあれは何だとか、ここは何だとか、現実なのかとか、聞きたいことが山ほどあるだけで、それに答える人は誰一人いない
途方にくれる……とはまさにこの事なのだろう
ならば、実は今私は夢の中で、強い衝撃があれば目が覚めて、私は布団のなかで寝ている何て言う、いたって普通な結末だったりしないだろうか
「……痛っ」
つねった手の甲に青いアザができている
現実は非情である
後ろを改めて確認すると、あと50メートル位のところまで化け物が迫ってきている
だが、そもそも私一人ではどうしようもない問題だ
それに、もしかしたら私が一人相撲してるだけで、本当は心優しい非暴力が心情な生き物かもしれないし、まだ危害は加えられているわけでもない
だが眼前に、顔面を縦横に裂き、その内部に無数の歯が整列している、口と呼ぶにはあまりにもグロテスクなそれが大きく開けている姿を見せられ、私をただ一つの概念が支配し、そんな考えは霧散する
圧倒され動けなくなった私と化け物の距離が10メートルを切った辺りで、ソレが一思に近づいてくる
本能的に目を固く閉じる
「……」
しかし、その瞬間は中々訪れない
一呼吸だけおいて恐る恐る目を開くと、そこには凍結した化け物と、その頭の上に立ち私を見下ろす不思議な服装をした少女がいた
「……やあ……生きてる?」
どうにか操れる口を動かしてみる
「……さあね、それはあんたが決めることだよ」
少女は悪巧みをする子供のような笑顔を張り付けながらそう答えた
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