最強師匠ズ、才能なしチートなしの私を育てる

ノミ

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六十四話 ドン・オーガスト①

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「………………」

 剥き出しの岩肌を乾いた風がなで小さな竜巻が出来ては消える。見渡す限りの乾いた荒野。そんな世界に足を踏み入れ、佇む巨体の男が一人。ドン・オーガストが居た。

「………………」

 開けた扉の先に広がる世界が乾いた荒野だろうが、花が咲き誇る豊かな花畑だろうが彼にはどうでもよかった。彼はただ待つ。来たるべき人間が来ることを。

 そして、その時は訪れる。
 

「……久しぶりだな。ロウ」
 
 白きマントをはためかせジャスティス・ロウが現れた。





 はためく白いマントと漂う白い煙。英雄ヒーロー首領ドン

「…………こうして向かい合うのはいつぶりか」

 二人の間に流れる重い沈黙を破ったのはドンの方だった。

「………………」
「……話すつもりはない、か」

 ドンの言葉に対しロウは眉一つ動かすことなくただ無言で鋭くドンを見つめるだけだった。再び訪れる沈黙。二人共無言で相手を捉えたまま微動だにしない。吹く風と舞う土埃の音だけがする。

 そして、次にこの沈黙を破ったのはロウだった。

「……あなたは正しくない。あなたは間違っている」

 ポツリと呟くように発せられた言葉。ロウが発したその言葉はドンのことを表す言葉だった。

 そして、これが始まりを告げる言葉だった。

「……僕は正義のヒーロー。握る拳は正義の為。振るう力は守る為。弱きを助け強きを挫く。我が名はジャスティス・ロウ! 僕こそが正義のヒーローだ!」

 カッと目を見開き、己の在り方を示す言葉を述べる。己を奮い立せ、闘志を燃え上がらせ、在るべき自分の姿へと変身する為に。

「覚悟しろ! ドン・オーガスト!!」

 首領ドン英雄ヒーロー。二つの拳がぶつかり合う。




 



「ハアアァ! ジャスティス、パンチ!!」
「…………くっ……」

 ロウの必殺パンチがドンヘとヒットする。硬い鱗で覆われたドラゴンですら容易く粉砕するそのパンチを受け、ドンは少し顔をしかめる。

「……早くもっと解放して下さい。手を抜いたあなたを倒しても意味がない」

 元から荒野だった場所は今や荒れた地へと変化していた。地形すら易々と変えてしまう剛たる拳のぶつかり合い。そのぶつかり合いはロウが優勢だった。


「……本当は万全のあなたと戦いたかった。多少回復はしたようですが、まだダメージは残っているでしょう。マルク=ブラウンにやられたダメージが」
「………………」

 つい先程まで満身創痍の状態だった。コウジから手当てを受けたとは言え、完全回復と言えるわけもない。

「気づいてたかは知りませんが、僕もあの試合を見ていたんですよ。あの決勝戦を。…………あんなあなたの姿見たくはなかった」

 ロウの瞳に悲しみの色が。思い出したくもないあの光景。

「……いつでもどんな時でも悠然と仁王立ち、眼光一つで場を治め、決して無駄に手を出すことをしない。襲いかかってくる者は全て弾き返すが手を抜き殺しはしない。弱きを助け強きを挫く。まさに孤高のヒーロー。そんなあなたに僕は救われた」

 ヒーローとは何か。抽象的な存在に対する具体的な答えを彼は持っていた。

「いじめられていた僕を助け、弟子になりたいという僕の勝手な願いまで聞いてくれた。あなたは僕にとってヒーローであり大恩人であり、そして、僕の理想でもあった。力をひけらかすこともせず、決して自分から手を出すこともしない。まさに僕の理想の英雄像ヒーロー

 弱きを助け強きを挫く。争いを好まず、争いを収める為にその力を振るう。大きく優しきその背中。

「……だから、見たくはなかった。満身創痍で立つことも叶わないあなたの姿なんか。そして、その姿を見て人々が喜んでいるのも」

 ロウは思い出す。あの決勝戦の光景を。跪き、立つことも出来ないドン・オーガストの姿。それに対して悠然と立ち拳を天へ突き上げるマルク。そして、それを見て喜ぶ人々。

「いつだってあなたは悪役ヒールだ。冒険者ギルド紛争の時だって紛争を止めた英雄と呼ばれるのは本当は僕ではなくあなただ。でも、あなたがそう呼ばれることはなかった。それどころかあなたについた名は『ドン・オーガスト』。良い意味でじゃない。畏怖され、忌避される存在という意味でみながあなたをそう呼ぶようになった」
 
 人々が喜んでいるのは新たな王者の誕生に対してだろうか。それともあのドン・オーガストが敗れたことに対してだろうか。恐怖の対象が倒されたことにだろうか。どちらにせよ何にせよロウからすれば目を閉じ、耳を塞ぎたくなる光景だった。

「今回だって、あなたは観客達を守る為にそうなったのに。あの時、あなたがマルクの放った魔法を抑え込まなかったらいったい何百人の死人が出たことか。自分が守れたことも知らずただあなたの敗北を見て喜ぶ観客達」

 観客のことなど意に介さず放たれた高威力の魔法。いくら防御壁が張ってあるとはいえ、あの威力だと無いにも等しい。あれをドン・オーガストが自らの身体を盾にし抑え込まなければいったいどれ程の人が死んだか。考えただけでも寒気がロウの背筋を走る。


「あなたは常に誰にも感謝されることなく、ただ恐れ戦かれ疎まれていた。いつも誰かの為に戦ってきたのに。名も知らぬ誰かを守る為、助ける為に戦い、傷付いてきた。だが、誰もそんなあなたをヒーローだと呼ぶことは無い! あなたはいつだってヒール扱いだ!」

 かつてから見ていた悲しき背中。いつも誰からも恐れられ、戦かれ、疎まれ。そして、傷付いてきた。大きな大きな悲しき背中。

 その背中を救いたい。

「そんなあなたをもう見てはいられない! 僕はあなたを助ける! かつてあなたが僕を助けてくれたように! ドン・オーガストは今日でおしまいだ! 僕が頂点に立つことであなたをこの名から解放する! この汚名から救い出してみせる!!」

 その背中がもう恐れられないように。誰からも戦かれ、疎まれることがないように。傷付くことなく、悲しみを背負うことが無くなるように。彼はヒーローへとなる。

「我が名はジャスティス・ロウ! この拳は弱きを助ける為に!! 行きますよ、師匠!!!」

 弱き者を助ける為にヒーローは拳を握った。
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