フィギュアスケートに憧れたアフリカの少年の話

青樹加奈

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第2話 フィギュアスケート

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 村にとって、お客さんはとても大切だ。村の人みんなでもてなすんだ。だけど、後で知ったのだけれど、この時のお客とはお金を払ってくれる客、観光客だったのだ。
 お客さんは二十人くらいで、数台の車に乗ってやってきた。
 ボクらはお客さんに、先祖伝来の仮面を見せ、それをつけて踊ってみせた。ご馳走も出す。ヤギの肉を焼いた物と牛の乳とトウモロコシの粉をこねて焼いたヤンゴだ。ヤンゴには蜂蜜をかけて食べる。特別な時、結婚式とか村の長を決める時にしか食べられない料理だ。
 お客さん達はすっごく喜んで帰っていった。
 ガイドの人からヤンカ義父さんがお金を貰っているのをみて、スーダラさんと何人かの大人達がヤンカ義父さんに詰め寄った。

「おまえはご先祖様を見世物のしたのか?」と。

 ヤンカ義父さんは、

 「村を近代化して何がわるい。儲けた金で、井戸を掘れるし、俺達の子供を大学にやれるんだぞ。お前達はこの土地が誰のものか知っているのか? 国の物なんだぞ。俺達は政府のお情けでここに住まわせてもらっているんだ。それがどういう事かわかるか? え? 国がここに住むなといえば、俺達はここを出て行かなくちゃならないんだぞ。ここに住み続けるには、金がいるんだ。この土地を国から買い取って、土地を自分達の物にしなけりゃならないんだ!」

 みんな黙った。ここから出て行かなきゃならないなんて、誰も思っていなかったんだ。
 町に出た義父さんだけが、法律を知ってたんだ。
 それからは、しょっちゅう、お客さんが来るようになった。みんな何も言わずに義父さんの指示に従うようになっていた。
 ボクらは踊りの練習や、食料の調達に走り回った。
「やはり、冷蔵庫がいるな」と一人言を言ったと思ったら、ヤンカ義父さんは、街に行って大きな木箱を車に積んで帰ってきた。
 木箱の中身は冷蔵庫だった。冷蔵庫には、余ったヤギ肉をいれた。これで肉が保存できるようになったって調理担当の人達はとても喜んでいた。

 三ヶ月くらいたった或る日。
 ヤンカ義父さんはどれくらい儲かったか、村の人全員に報告をした。儲けの額に村はお祭り騒ぎになった。みんなとっても嬉しそうで、大人達は酒盛りを始めた。僕らも特別にテレビでアニメを見てもいいと言われた。
 それからは、ボクらはとても働き者になった。みんな貯金が増えて行くのが楽しくて仕方がないのだ。
 ボクらは時々集まってスポーツ番組を見るようになった。
 オリンピックの録画を見た時はびっくりした。
 水泳を見た時なんて、めちゃくちゃ驚いた。
 あんなきれいな透明な水がこの世にあるなんて!
 その水を家畜に飲ませたり飲み水に使うんじゃなくて、泳ぐ為だけに使うなんて!

「あの水を貰うわけにはいかんのかね。私ら、いつも家畜の水にことかいとるのにの」

 おばあが言ったら、みんな笑った。

「何千キロも離れた場所からどうやってもってくるんだ」と。

 でも、いつかボクらの村にもあんなきれいな水が手に入るようになるかもしれないじゃないかってボクは思ったけど、口には出さなかった。笑い者にはなりたくない。
 マラソンにはもっとびっくりした。
 二時間も走り続けるなんて!
 獲物を捕まえるためでもなく、ただメダルの為? 記録の為? に走るなんて!
 お金が貰えるわけでもないのに!

「国によっちゃあ、金がもらえるけどな」

 ヤンカ義父さんがいう。

「金より記録だな、選手ってのは。俺にも理解できんよ。だけど、見る分には面白い」

 世の中って超人みたいな人がいるんだなとみんなで感心しあった。
 ボクらはマラソンのマネッこをしたのだけれど、だめ!
 十五分も走ったら、もうだめ! 走れない。

「一体、選手はどうやって二時間も走っていられるんだろう」
 
 ボクらがそんな疑問を口にすると、大人達は「強いまじない師に魔法をかけてもらっているんだ」とか「何か薬を飲んでいるに違いない」とかみんなが口々にいいだした。そんなボクらをみてヤンカ義父さんは、「世界を正しく知らなきゃいけない」って一人言を言った。しばらくして、街から荷物が届いた。ヤンカおじさんがコンピューターを買ってくれたんだ。村にアンテナをたてて、携帯電話がつながるようにして、そして、とうとうインターネットにつながったんだ。
 インターネットは凄い!
 凄い!
 凄い!
 知りたい事をなんだって教えてくれる!

「ネットはガセネタも多い。誰が書いた記事なのか、確かめるんだぞ」

 義父さんがボクらの熱を冷ますように言った。
 ふーん、そんなものなのかな?
 ボク達はマラソンを始める方法を探した。
 そしたら、ちゃんとした先生がいないのに始めてはいけない、危険だ!って事だけはわかった。ボクらは村の周りを走って遊んだ。周りといっても柵の内側だ。
 柵の外には、ライオンやら象やらがいて、結構危険なんだ。


 或る日、お客さんの中にボクらの踊りを見ようとしないで、スマホばかりをみている女の人がいた。
 ボク達が一所懸命踊っているのに、知らん顔しているなんて!
 ボクは何を見ているのか気になって、食事を出した時、きいてみた。

「ミス、ボクらの踊りはお気に召しませんでしたか?」

 その人はボクを見て、にっこり笑った。

「ごめんなさい、その、今ね、遠い遠い所で、ここよりずっと寒い所でね、冬のオリンピックをやっているの。オリンピック、わかる?」
「はい、ミス、ボクらはマラソンが大好きです」

 ボクは片言の英語で答えた。

「それは夏のオリンピックの種目なの。オリンピックは冬もあるのよ。私、フィギュアスケートのファンなのよ。今、まさに競技の真っ最中なのよ」

 女の人は、スマホを見せてくれた。
 小さな画面で男の人がクルクル回っている。

「この小さな画面ではわからないでしょうけど、これは氷の上を滑っているのよ」
「氷?」
「キャシー、食事中だよ」

 女の人のだんなさんだろうか、男の人が言った。

「君、水を、ミネラルウォーターをもう一本頼めるかね?」
「はい、ミスター」

 ボクは調理場へ走っていった。母さんにテーブル番号とミネラルウォーター1本追加って叫んで、大急ぎでテーブルに戻った。
 男の人にミネラルウォーターを渡したけど、女の人、キャシーさんはミスターと話し込んでいて、もうボクにフィギュアスケートの話をしてくれなかった。
 その日、お客さんが帰った後、家畜の世話をしてから、集会所にインターネットをしに行った。
 コンピューターを操作して、フィギュアスケートを検索しようとしたけど、フィギュアもスケートもスペルがわからない。オリンピックはわかるから、冬のオリンピックで検索。やっと、フィギュア、スケートのスペルがわかったので、もう一度検索。そしたら、追上星一(おうかみせいいち)という名前が一杯出て来た。
 フィギュアスケートの男子シングルスで金メダルを取ったというニュースだった。
 ムービーもたくさんあって、さっそく、YouTubeで再生してみた。
 すごい!
 カンムリヅルが羽を広げてゆっくり水辺に降りるみたい!
 なんてきれいなんだろう!
 いや、違う!
 きれいなだけじゃない。
 力強くて、豹が獲物に飛びかかるみたい!
 怖いくらいだ。

「カンパラ、何をしている?」

 義父さんだ。ヤンカ義父さんが、モニターを覗き込んだ。

「これはなんだ?」
「フィギュアスケートっていう冬のオリンピックの競技なんだって」
「ふーん、日が暮れたぞ。さっさと寝な」

 ボクはおじさんに言われた通り寝に行ったけど、ちっとも眠れなかった。
 さっきみた映像がすごくて、ぜんぜん眠れなかった。
 どうしたらいいんだろう。
 わあって叫びたい。
 駆け回りたい。
 どんどん、どんどん駆けていって、叫びたいよう。
 結局朝まで眠れなかった。
 空が明るくなってきたら、我慢できなくて、ボクはうちを飛び出して、サバンナを走った。
 遠くに山がある。
 白い氷をいただいた聖なる山。
 太陽があたってピンク色に染まっている。
 見慣れた景色なのに、涙が出た。

「神様、ありがとう、追上選手の演技をみせてくれて」

 自然と感謝の言葉が口をついてでていた。
 白い大きな山。
 ああ、そうだ。手を広げた立ち姿って、この山みたいなんだ。
 大きくて、神々しくて、清らかで、力強い!
 この光景を追上選手に伝えたい。
 あなたの演技を見て、わぁーって走り回りたくなったって伝えたい。
 ああ、そうだ。
 母さんの売店に絵はがきがあった。あれを送ろう。
 ボクは家にとんでかえって、母さんの売店から一枚の絵はがきをとりあげた。
 白い山が写っている。
 ボクは集会所にいって、こっそりコンピューターを立ち上げた。ネットにつなげて、追上選手の住所を調べた。ボクが出そうとしている絵はがきはファンレターになるらしい。日本のスケート協会に送ったら、追上選手に届けてくれると書いてあった。
 
「追上選手、ボクはカンパラといいます。金メダルおめでとうございます。あなたの演技をみて、ボクは泣きました。あなたの演技、最後の立ち姿はこの山のようでした。ボクもいつか氷の上を滑りたいです。」

 ボクは書き上げた絵はがきを母さんの所に持って行った。母さんはにっと笑って、絵はがきを預かってくれた。
 それからボクは、時間を作っては何度も何度も追上星一のムービーを見た。

「こら! またそんなものを見て! ダメだ、ダメだ!」

 義父さんの平手がとんできた。

「おまえ、スケート選手になるつもりか? え?」
「別に、そういうわけじゃないけど」

 ボクは口ごもった。スケートの選手になるなんて、考えてみた事もなかったけど、でも、なれるんだ。なろうと思えば。

「馬鹿な事は考えるなよ。スケート選手なんて、なれるわけないんだからな」

 夢は見た瞬間に潰された。

「いいか、おまえは将来、俺の事業を手伝うんだ。村は発展させなきゃいかん。俺達の村は貧しい。貧しさから抜け出すにはみんなで協力しないといけないんだ」

 ボクはびっくりした。

「え、ボクらの村は貧しいの? だって、だって、村には牛がたくさんいるよ。ヤギもおんなじくらいいるよ。みんな屋根のある家に住んでるし、集会所もあるのに? それなのに、貧しいの?」
「ああ、そうだ。俺達は貧しいんだ。家は泥をこねて作った掘っ建て小屋、窓にガラスもない。屋根はあっても、雨がふれば雨漏りばかり。もっといい暮らしをするべきなんだ。その為には金がいる。だが、一人では出来ない。みんなで協力しないといけないんだ。わかったな。しばらく、スケートを見るのは禁止だ。電気の無駄だからな」

 その夜、ボクは眠れなかった。まさか、自分達が貧しい人間だなんて!
 一度も思ったことなかったのに。そりゃあ、ヤンカ義父さんみたいにお金持ちじゃないけど、でもでも、貧しいなんて!
 病人が出れば村の呪術師(まじないし)に頼むけど。インターネットのおかげで、世の中にはお医者さんっていう職業の人がいるってわかったけど、でも、呪術師(まじないし)のセドクさんは優秀な呪術師(まじないし)だ。あの人に治せない病気なら、街の医者にかかってもきっとダメに違いない。一体、ヤンカ義父さんはどうして、ボクらを貧しいっていうんだろ?
 ボクは、ボクらは貧しくなんかない。サバンナで生きている普通の人だ。
 それなのに、自分が貧しい人間なんだって知らされて、ボクは、まるで、お腹に何か重たーい物が入ったみたいになった。
 そのうえ、もう、追上選手の演技を見られないなんて。
 顔が冷たい。涙だ。涙が流れてた。
 寝ようと思ってハンモックの上で寝返りをうった。明り取りの窓から月の光が影を落としている。獣の歩き回る微かな音が聞こえた。突然、追上選手の演技が暗闇の中に浮かび上がった。
 ああ、そうだ。ボクはもう覚えてしまっていたんだ。
 何度も何度も見たから、頭の中で再生出来るようになってたんだ。
 これでいつでも追上選手にあえる。
 ボクは安心して眠りについた。
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