フィギュアスケートに憧れたアフリカの少年の話

青樹加奈

文字の大きさ
5 / 8

第5話 空港

しおりを挟む
 その日は体がだるくて立っているのもやっとだった。ところが、将軍が来るというので僕たち少年兵も広場に整列させられた。僕は殴られるのが嫌で列に並んだ。偉いさんが兵士達の前を歩いて来る。体が燃えるように熱い。熱くて熱くて唾を飲み込むけど足りない。水が欲しい。水、水と思っていたら誰かが僕に水をかけた。いつのまにか、僕は地面にひっくり返っていて、水をかけられていた。

「病気のようです。殺しますか?」
「殺すのはいつでも出来る。解放軍に穀潰しはいらん。こいつに決めさせよう」

 将軍が僕を見下ろして言った。

「おい、お前。お前は解放軍にどうやって貢献する?」
「貢献?」
「そうだ、お前を一人前の兵士にしてやった解放軍にどう恩を返す?」

 兵士にしてやっただと!!!
 そんなもんなりたくなかった。村を返せ! 元の生活に戻せ!
 喚こうとした瞬間、頸(うなじ)に豹の息吹きを感じた。ジャングルの中で何が起きたか、急に思い出していた。豹の餌にはなりたくなかった。

「ぼ、僕は英語が話せます。後、フランス語とロシア語も少し。だから、外国人と取引できます」

 部隊には時々ヨーロッパ人が来ていた。武器を仕入れていたんだと思う。だから、言葉が話せたら殺されない筈だ。

「ほー、三カ国語が話せるか。だったら、試してやる」

 将軍は英語で何か言った。

「さあ、何といったか、答えろ」
「『我らの人民は声を上げた、“もう十分だ”と。』」

 将軍は黙った。しばらく考えて言った。

「その言葉を誰がどこで言ったか知っているか?」

 どうしよう、知らない。殺されるんだろうか?

「早く答えろ!」
「し、知りません」

 将軍が黙ったまま、僕を見下ろしている。
 このまま死ぬのか生きるのか、長い。
 気絶しそうだ。早く決めて!

「ふん、いいだろう、お前を助けてやる、その能力で軍に貢献しろ」

 僕はほっと息を吐き出した。
 将軍の一言で僕は手厚く看護され、元気になった後は諜報活動の部隊に配属になった。
 諜報活動の部隊は待遇が全然違った。まず、食べ物がまともだった。薬の量が減らされた。色々覚えないといけないので、薬でボーッとしてたらいけないらしい。
 僕はテストされてアメリカ人の少年になると決まり、ポール・ウィリアムズという名前を与えられた。Tシャツとジーンズを支給され、アメリカで流行っている音楽や遊び、スラングを覚えアメリカ人になる訓練を受けた。体術や射撃の訓練は相変わらずだった。
 僕の初仕事は、空港の破壊だった。不思議だった。僕はきっとアメリカに行ってそこで生活しながら情報を軍に送るのだと思っていた。所が違った。アメリカ人観光客を装って空港に潜入、破壊活動を手伝うのだという。僕は両親を交通事故で亡くし、転地療養をする為、叔父さんにアフリカに連れて来て貰った可哀想な少年という設定だった。
 何かあった時は「両親を亡くしたばかりで」と言って俯けば大抵誤魔化せると、僕の叔父役になった男が言った。空港のどこかにプラスチック爆弾を置いて来て、遠隔からスイッチを押す。それだけだ。
 爆弾入りのリュックを持たされ、ポール・ウィリアムズ名義のパスポートとドルを渡された。
 首都にある国際空港は警備が厳重だった。僕は叔父役と一緒に空港の出口に待機した。

「出口なの?」
「ああ、アメリカからおばさんが来るんだ」

 そういう設定なのだろうけど、僕は聞かされていなかったので驚いた。

「もうすぐ、アメリカからの便が着く。ここで待ってろ。いいか動くなよ。次の指令が来るまで絶対にここを動くな。俺たちの仲間がお前を見張ってるからな。逃げたら撃ち殺す。わかったな」

 僕はコクコクとうなづいた。あれだけ忠誠心を誓う訓練を受けたのだ。逃げ出す筈ないじゃないかと思ったが、まだまだ信用されてないんだなとがっかりした。僕は柱に背を持たせたままぼんやりと座りこんだ。ここにいる普通の人達がこれから僕の仕掛けた爆弾で死ぬのだとはとても思えなかった。遠い出来事のように感じた。僕は生き延びたいんだ。サバンナで敵わない猛獣に出会ったら逃げるしかないのと同じように解放軍には敵わない。彼らの言うことを聞いて生き延びるしかないんだ。
 叔父役の男は手にカードを持って出てくる人を待っている。周りに似たような人がたくさんいる。みんなカードを持って出てくる人を待っている。ああ、そうか、観光客を待つ旅行会社の人なんだ。
 叔父役の男は何故、観光会社の人間みたいなふりをしているのだろう?

「おい、将軍が暗殺されたぞ!」
「嘘だ、解放戦線がそんな簡単にやられるわけない」
「いや、本当だ。今度こそ、殺された。これで平和に暮らせるぞ!」
「一体何が起きたんだ?」
「内紛があったらしいと記事に出ていた」

 途端に豹の息吹きを頸(うなじ)に感じた。
 将軍が死んで、何か方針が変わったんだ。あの男は、飛行機から降りて来た誰かと一緒にどこかへ行きそこでスイッチを押すんだ。僕はリュックごと吹き飛ばされる。
 恐らく、僕の後ろの柱を破壊したら建物全体が崩れ落ちるんだろう。
 それとも、僕の思い過ごしだろうか?
 どうしよう、どうしたらいいんだろう。
 僕は見張られているだろうか?
 逃げ出さないように?
 試しに売店で水を買ってみよう、そしたら、何か動きがあるかもしれない。
 僕は一番近くにあった売店に行って水を買おうとした。

「おい、坊主、一人か?」

 食べ物の汁で汚れた青いTシャツを着た男が片言の英語で話しかけてきた。

「いえ、叔父と一緒です」

 僕は流暢なアメリカ英語で返した。この男が見張り役だろうか? これはテストだろうか?

「へえ、どこにいる?」
「あそこに」

 叔父さん役の男を指さした瞬間、その男は僕のリュックを引っ張った。反射的にリュックの紐を掴む。

「大人しく寄越せ! 殺すぞ!」

 僕は振り返り様、男の顔に蹴りを入れた。男がリュックを離し後ろ向きにひっくり返る。男は僕が反撃するとは思ってもいなかったのだろう。鼻血の出た顔を抑えながら、走って逃げて行った。
 僕はミネラルウォーターを買って元の柱の側に戻った。叔父役の男を見ると、相変わらず人が出てくるのを待っている。
 僕は恐らく見張られていない。今の出来事でよくわかった。もし、見張られていたら、リュックを取られそうになった時点で動きがある筈だ。だけど、何もなかった。
 どうしようと思ったその時、ガラス越しにどこかで見た事のある足が見えた。
 あれは! まさか、そんな、何故彼がここに?
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...