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子育て株式会社
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A子は机の向こうに座っている役人の顔をまじまじと見て、
「嘘でしょ。何かの冗談?」と言った。
「いいえ、至って真面目です」
役人の話はこうだった。
少子化を食い止める為、役所はある会社を作った。
子育て株式会社
社員は子供を産んだ女性だ。子育てという仕事に対して給料を払うというのだ。
「福利厚生も充実していますよ。社会保険もついています」
役人はニコニコと笑いながら言った。
「で、お給料は?」
「基本給は高くありませんが、手当てが付きますので、手取りで二〇万ほどになると思います」
「でも、子供を育てるのは、親だったら当り前じゃないですか? それなのにお給料をもらえるなんて」
「もちろん、仕事をして貰いますよ。子供を育てる総ての作業とその報告書、例えば、今日何回お乳をやったか、何回おむつを変えたか、そう言った作業を日報としてブログに上げて頂きます」
「日報って毎日?」
「そうです」
「休みは? 会社なら休みがある筈でしょう?」
「もちろんありますが、仕事の性質上、一週間に1日となります。その休みの日は、我が社に保育園がありますので、そちらにお子様を連れてきて頂き、休日を取って頂きます。土日は集中しますので、平日に取って頂くとありがたいです」
「有給休暇は?」
「初年度は五日となっています。また、ブログの内容を査定しまして、年2回ボーナスが支給されます。定年は子育てが終わり、一般社会の仕事で収入が得られるようになるまでです」
「なんか、至れり尽せりなんですが……、あ! 二人目が生まれたら?」
「基本給が倍になります。言うなれば、子供一人に付き一基本給と言ったところでしょうか」
「えー! だったら、仮に四人産んだとしたら、四倍の基本給が貰えるわけ?」
「そうですよ。双子だったら最初から二人分ですね」
「そしたら、うちの人のお給料より多くなるんじゃない?」
「そういう場合もありますね」
「父親は? 父親は社員になれないの?」
「あくまで、子供を産んで仕事が出来なくなって収入が無くなった女性が対象ですので。男性が失業した場合は、すでに様々な支援がありますので、そちらを利用して下さい」
A子は早速社員になった。A子の夫は、膝を打って喜び、
「これで、妻子を養わなくていいんだ」
とほっとしたように呟いた。
実際には子供の生活費を払っているのだが、仮に自分の勤めている会社が倒産したとしても、妻子が飢える心配がないと思うと気が楽だった。
入社したいという母親が会社に殺到した。
母親達が一番嬉しかったのは、母親は子供を育てるのが当たり前、子に尽くすのが母、という固定観念を覆し、今まで誰からも顧みられなかった子育て労働を役所が公的に評価し、それを金銭という形で母親に還元した事だった。
ある日、六十を過ぎた女性が入社したいと言ってきた。
担当者は
「あなたがお子さんを産んだんですか?」と半信半疑で問うと
「いいえ、孫なんです。息子と嫁が事故で亡くなりましてね、乳飲み子が残されたんですよ。こちらに入社すれば、お給料を貰えるとききました。自分の子供でないとダメでしょうか?」
会社は審議の結果、彼女を年金が受給出来るようになるまで雇う事にした。年金が支給されれば収入が確保される。それまで支援するというスタンスだ。
年金だけでは暮らしていけないという声も聞かれたが、どこかで線引きをしなければならなかった。
本来、子供を産んで働けなくなり収入の無くなった母親を社員として雇い子育てを支援する、それが会社設立の目的だったが、孫や養子であっても収入がなければ雇うという方針に転換された。
男性同士のカップル、女性同士のカップルであっても、養子をもらい子育てで収入がなくなったら社員になれた。
シングルファーザーの場合、議論が紛糾した。しかし、子育てで働けない、収入が無くなったという条件に合致したら社員になれた。
やがて、この地方自治体の人口は増加に転じた。他府県から転入が相次ぎ人口増加に拍車をかけた。
もちろん、問題がなかったわけではない。
ブログが公開されると人気のあるブログとそうでないブログができてしまい、人気を勝ち取ろうと嘘のブログを書く母親が出てきた。
ブログは母親達がきちんと仕事(子育て)をしているか、子供は順調に育っているかを知り、広告収入を得る重要な要素なので虚偽申告は厳しく叱責された。
虚偽申告をした母親には基本給の減額やボーナスのカットという罰が与えられた。
離婚した母親から子供を奪い取った父親が、
「俺にも社員になる権利がある。社員にしろ!」
と会社に怒鳴り込む事件が発生したが、すぐに逮捕され子供は母親に返された。
ある男性は、社員になりたいという妻の付き添いとしてやってきた。
「僕は入社に反対です。妻子を養うのが僕の生き甲斐なんです。生き甲斐を奪わないで下さい」と言った。
「わかりました。それでしたら、旦那様に収入が無くなった時、社員にするというのはいかがでしょう。言うなれば、保険のような物です」
「でも、あたしは子育てをお金に変えたい」
妻の言葉に夫は
「頼む。同じ給料を払うから、役所の世話にはならないでくれ。これじゃあ、俺が頑張る意味がない」
妻はしばらく考えていたが、
「あなたがそういうなら」
と夫の言に従った。
「でも、二人目三人目が生まれたら、あなたのお給料じゃあ無理よ」
妻に指摘されがっくりと肩を落とした夫は
「いや、俺頑張るよ。二人目、三人目ができてもきっと払うから」
「気持ちはわかるけど、働きすぎて体を壊したら元も子もないわ。ね、あなたにはとても感謝してる。その気持ちだけではダメなの?」
「そうだな、だったらせめて、二人目が出来るまでは俺に頑張らせてくれ」
「いいわ、改めてお願いします。旦那様」
夫は嬉しそうな笑顔を浮かべて役人に向き合った。
「というわけで、うちの嫁は役所の妾にはなりませんから」
「め、妾って、いや、それは違うでしょ」
と言い募る役人を尻目に夫婦は帰って行った。
様々な意見が交わされ、様々な事件が起きたが、会社は順調に社員=母親を増やして行った。
また、ブログによる広告収入が順調に伸び会社は発展した。
出生率は大幅にアップ、他の自治体でも同様の会社が起こされ、国の人口は増加に転じた。
とあるジャーナリストが資金の出所に疑問を持ち、株主を調べた。いくつかの投資ファンドの名前が並んでいた。投資ファンドの出資者を調べて、ジャーナリストは一人首肯した。
首相はビデオチャットの向こうにいる世界一の大金持ち、B氏に礼を言った。
「今回の人口増加プロジェクトにご協力頂き誠にありがとうございました」
複数の投資ファンドによって隠されていたが、子育て株式会社の大株主はB氏だった。
B氏は首相に
「この国を消滅させるわけには行きませんからね」
と、満面の笑顔で応じた。
会談を終え、画面を切り替えたB氏は
(勤勉で穏やか、銃を必要としない安全な国の清潔な消費者がいなくなってしまっては、我が社の製品を買ってくれる相手がいなくなってしまう。そうなっては、大損だからな。今回の投資は数十年後に莫大な利益をもたらすだろう)
とマーケットの数字を眺めた。
(了)
「嘘でしょ。何かの冗談?」と言った。
「いいえ、至って真面目です」
役人の話はこうだった。
少子化を食い止める為、役所はある会社を作った。
子育て株式会社
社員は子供を産んだ女性だ。子育てという仕事に対して給料を払うというのだ。
「福利厚生も充実していますよ。社会保険もついています」
役人はニコニコと笑いながら言った。
「で、お給料は?」
「基本給は高くありませんが、手当てが付きますので、手取りで二〇万ほどになると思います」
「でも、子供を育てるのは、親だったら当り前じゃないですか? それなのにお給料をもらえるなんて」
「もちろん、仕事をして貰いますよ。子供を育てる総ての作業とその報告書、例えば、今日何回お乳をやったか、何回おむつを変えたか、そう言った作業を日報としてブログに上げて頂きます」
「日報って毎日?」
「そうです」
「休みは? 会社なら休みがある筈でしょう?」
「もちろんありますが、仕事の性質上、一週間に1日となります。その休みの日は、我が社に保育園がありますので、そちらにお子様を連れてきて頂き、休日を取って頂きます。土日は集中しますので、平日に取って頂くとありがたいです」
「有給休暇は?」
「初年度は五日となっています。また、ブログの内容を査定しまして、年2回ボーナスが支給されます。定年は子育てが終わり、一般社会の仕事で収入が得られるようになるまでです」
「なんか、至れり尽せりなんですが……、あ! 二人目が生まれたら?」
「基本給が倍になります。言うなれば、子供一人に付き一基本給と言ったところでしょうか」
「えー! だったら、仮に四人産んだとしたら、四倍の基本給が貰えるわけ?」
「そうですよ。双子だったら最初から二人分ですね」
「そしたら、うちの人のお給料より多くなるんじゃない?」
「そういう場合もありますね」
「父親は? 父親は社員になれないの?」
「あくまで、子供を産んで仕事が出来なくなって収入が無くなった女性が対象ですので。男性が失業した場合は、すでに様々な支援がありますので、そちらを利用して下さい」
A子は早速社員になった。A子の夫は、膝を打って喜び、
「これで、妻子を養わなくていいんだ」
とほっとしたように呟いた。
実際には子供の生活費を払っているのだが、仮に自分の勤めている会社が倒産したとしても、妻子が飢える心配がないと思うと気が楽だった。
入社したいという母親が会社に殺到した。
母親達が一番嬉しかったのは、母親は子供を育てるのが当たり前、子に尽くすのが母、という固定観念を覆し、今まで誰からも顧みられなかった子育て労働を役所が公的に評価し、それを金銭という形で母親に還元した事だった。
ある日、六十を過ぎた女性が入社したいと言ってきた。
担当者は
「あなたがお子さんを産んだんですか?」と半信半疑で問うと
「いいえ、孫なんです。息子と嫁が事故で亡くなりましてね、乳飲み子が残されたんですよ。こちらに入社すれば、お給料を貰えるとききました。自分の子供でないとダメでしょうか?」
会社は審議の結果、彼女を年金が受給出来るようになるまで雇う事にした。年金が支給されれば収入が確保される。それまで支援するというスタンスだ。
年金だけでは暮らしていけないという声も聞かれたが、どこかで線引きをしなければならなかった。
本来、子供を産んで働けなくなり収入の無くなった母親を社員として雇い子育てを支援する、それが会社設立の目的だったが、孫や養子であっても収入がなければ雇うという方針に転換された。
男性同士のカップル、女性同士のカップルであっても、養子をもらい子育てで収入がなくなったら社員になれた。
シングルファーザーの場合、議論が紛糾した。しかし、子育てで働けない、収入が無くなったという条件に合致したら社員になれた。
やがて、この地方自治体の人口は増加に転じた。他府県から転入が相次ぎ人口増加に拍車をかけた。
もちろん、問題がなかったわけではない。
ブログが公開されると人気のあるブログとそうでないブログができてしまい、人気を勝ち取ろうと嘘のブログを書く母親が出てきた。
ブログは母親達がきちんと仕事(子育て)をしているか、子供は順調に育っているかを知り、広告収入を得る重要な要素なので虚偽申告は厳しく叱責された。
虚偽申告をした母親には基本給の減額やボーナスのカットという罰が与えられた。
離婚した母親から子供を奪い取った父親が、
「俺にも社員になる権利がある。社員にしろ!」
と会社に怒鳴り込む事件が発生したが、すぐに逮捕され子供は母親に返された。
ある男性は、社員になりたいという妻の付き添いとしてやってきた。
「僕は入社に反対です。妻子を養うのが僕の生き甲斐なんです。生き甲斐を奪わないで下さい」と言った。
「わかりました。それでしたら、旦那様に収入が無くなった時、社員にするというのはいかがでしょう。言うなれば、保険のような物です」
「でも、あたしは子育てをお金に変えたい」
妻の言葉に夫は
「頼む。同じ給料を払うから、役所の世話にはならないでくれ。これじゃあ、俺が頑張る意味がない」
妻はしばらく考えていたが、
「あなたがそういうなら」
と夫の言に従った。
「でも、二人目三人目が生まれたら、あなたのお給料じゃあ無理よ」
妻に指摘されがっくりと肩を落とした夫は
「いや、俺頑張るよ。二人目、三人目ができてもきっと払うから」
「気持ちはわかるけど、働きすぎて体を壊したら元も子もないわ。ね、あなたにはとても感謝してる。その気持ちだけではダメなの?」
「そうだな、だったらせめて、二人目が出来るまでは俺に頑張らせてくれ」
「いいわ、改めてお願いします。旦那様」
夫は嬉しそうな笑顔を浮かべて役人に向き合った。
「というわけで、うちの嫁は役所の妾にはなりませんから」
「め、妾って、いや、それは違うでしょ」
と言い募る役人を尻目に夫婦は帰って行った。
様々な意見が交わされ、様々な事件が起きたが、会社は順調に社員=母親を増やして行った。
また、ブログによる広告収入が順調に伸び会社は発展した。
出生率は大幅にアップ、他の自治体でも同様の会社が起こされ、国の人口は増加に転じた。
とあるジャーナリストが資金の出所に疑問を持ち、株主を調べた。いくつかの投資ファンドの名前が並んでいた。投資ファンドの出資者を調べて、ジャーナリストは一人首肯した。
首相はビデオチャットの向こうにいる世界一の大金持ち、B氏に礼を言った。
「今回の人口増加プロジェクトにご協力頂き誠にありがとうございました」
複数の投資ファンドによって隠されていたが、子育て株式会社の大株主はB氏だった。
B氏は首相に
「この国を消滅させるわけには行きませんからね」
と、満面の笑顔で応じた。
会談を終え、画面を切り替えたB氏は
(勤勉で穏やか、銃を必要としない安全な国の清潔な消費者がいなくなってしまっては、我が社の製品を買ってくれる相手がいなくなってしまう。そうなっては、大損だからな。今回の投資は数十年後に莫大な利益をもたらすだろう)
とマーケットの数字を眺めた。
(了)
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初めまして。題名にひかれて読んでみましたが楽しく読ませていただきました。星新一さんを彷彿させる、粗削りの魅力があると思いました。オチがよかったです。しかし、実際にあったらホントに少子化問題一気に解決するんでしょうね(笑)
しろうさ様
感想、ありがとうございます!
お返事遅くなってしまいました!「オチがよかった」の感想、すっごく嬉しかったです!
人口減のニュースとそれをツィッターに流したアメリカの大金持ちのニュースを読んで思いつきました。
アイデアをお話にするのは、なかなか、難しいのですが、今回はうまくいきました。
読んで頂いて、その上、感想を書いて頂いて本当にありがとうございました!
これからも、よろしくお願いします!(^O^)///