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ようこそ残飯食堂へ
三
しおりを挟む「かしこまりました」
彼女はゆっくりと頭を下げ、またカウンターの奥の影へと下がっていった。金城は貧乏揺すりをしきりに続けていた。三分と経たぬうちに、またあの鈴の音をチリンと鳴らしながら彼女は右手にクローシュを携え料理を運んできた。
「はぁ?もう作ったのかよ」
金城の前に、銀色の光沢が輝く。俺はその曲線をじっと見つめた。何が入っている?虫や、人間の体の一部だったらどうする?こんな状況だとどうしてもグロテスクな想像をしてしまう。金城もきっと同じ気持ちだったのだろう。同じように銀のクローシュを見下ろしたまま、身動きが出来ずにいる。彼女は、そんな俺らになんぞお構いなくクローシュを開いた。
出てきたのはカレーライスだった。ただし、白飯の部分は僅かに誰かが食べた形跡がある。見たところ冷めきっている。しかも、あろう事か、その上には小さな蝿がブウウンブウウンと意気揚々と飛んでいるではないか。彼女が言っていた通り、その料理はやっぱり残飯のようだった。心做しか、酸っぱい匂いが漂ってきている。あれを食べる勇気はない。
金城は呆気に取られて、黙りこんだまま料理を睨みつけていた。
「金城様の特別な残飯でございます。こちらは“世界で一番愛のこもったカレーライス”です」
彼女は指し示すように手のひらを料理へかざした。それにしても、これが世界一愛のこもったカレーライスだと?なんて客を馬鹿にしているメニューなんだ!
「ぐ……てんめえ。この、ふざけんじゃねえぞコラァ!こんなもん食えるかァ!」
金城は怒りで唇を震わせ勢いよく椅子を立ち上がった。当然の反応だ。彼は急いで俺の後ろを通り過ぎ、入口の方へ向かっていった。自分は今まで、入口の存在を気にする事が出来ないくらいに、この異常な状況に翻弄されていたことに気づいた。
ここから出られる術があるかもしれないと、金城の後ろ姿を見ながら期待に胸を騒がせた。
「この、開けやコラ!」
彼は、木彫りのドアのノブをガチャガチャと無理やりこじ開けようとしたり、勢いよく蹴りつけた。
「おいここから出せやァ!」
さっきよりも真っ赤な顔をして金城は戻ってきた。絶望的な匂いがこっちにも伝わってきた。
「よお姉ちゃん、どうやったらここから出られるんだ?ア?」
「この店から出るには、残飯を全て完食し、心の底からご馳走様と言うことです」
「なんだと!?いい加減にしねえと殴るぞ!女だからってナメた真似しやがって」
「私を殴ってもどうにもなりませんが、殴りたければどうぞ殴ってください」
金城はカウンターから上半身を乗り出し、メイドの胸ぐらを掴んだ。彼女は顔色一つ変えやしない。俺はその状況を止める気が起きなかった。むしろ、金城に全責任が追わせて都合よく出られるのならもう何でもいいと思っていた。彼が本当に殴るまでは。小さな彼女の頭が捻ったのは一瞬のこと。俺は自分が殴られたんじゃないかと思って胸が跳ねた。まさかこいつ、彼女を殺すんじゃ……ようやく俺は良心に従って金城を止めようと、手を伸ばした。
だがその行為は未遂のまま、俺はギョッと目を見開いた。さっきから蝋人形のように表情を変えなかった娘の眼帯が外れ、人間の顔にはありえない、底の見えぬ空洞があった。ゾッとして、唾を大きく飲み込む。メイドは静かに言った。
「お客様、気は済んだでしょうか?」
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