ようこそ残飯食堂へ

黒宮海夢

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ようこそ残飯食堂へ

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 ぐぎゅるるる。胃袋は限界を訴えて、悲鳴を上げた。だからといって残飯なんて食べたいとはとても思えやしない。金城がどこかに消えて、急に心細くなった。本当に彼は死んだのだろうか?もしかして、これもまだ夢の続きなんじゃないだろうか。
「あの、水をもう一杯」
彼女は無駄のない動きで、透明な水差しからコップに水を注いですっと渡した。これが正常な状況なら、俺はこの娘を良い店員だと評価したに違いない。
「どうも」
「進藤様。大分お腹が空かれたのではないですか?」
そうとも、空腹で吐き気がする。
「いや、別にそんなことは」
「そうですか、我慢はよろしくありません。空腹というのは実に苦しい生理現象ですので」
俺はどこにも繋がらないスマホの画面を眺めた。おかしなことに、時間は12時35分のまま進んでいない。12時35分……俺はここに来る前、営業の昼休みで薄汚い狭い中華屋に入ったはずだった。そこにいたのは茶髪で髪を頭頂部に一つに結んだ茶髪のアルバイトの若い娘と、中国人の中年男が一人。サービースは悪く、飯はまずく、いつもやっているブログに星一つつけて勘定をして出ていった。
 それからだ。俺の記憶がないのは。誰かに連れ去られたのか、全く身に覚えがない。ああ腹が減った。

「さ、さっきの人はどうしたんですか」
俺はとにかく空腹を紛らわしたい思いで、嫌々メイドに声をかけた。
「あのお客様ですか。さて、どう致したのでしょう。でもここは食堂ですから」
歯切れの悪いセリフに、少し違和感を覚える。
「進藤様、料理には作った人の想いや愛が強く残っているとは思いませんか?それは最高の調味料であり、素晴らしいスパイスなのです」
いきなり何を、と俺は思った。
「そして、それを一度でも味わった人間は再び素晴らしい料理を再現することが出来る。いわば、愛の連鎖です」
彼女の話を聞いてごくり、と喉を鳴らす。
「あなたはございますか?人生の残飯というものが。金城様の場合は、五年前にありました。……マナミ。彼の娘の名前です」
 それは、金城が自殺を図る前に口にしていた名前だった。だが何故彼女がそんなことを知っているのか。

「んんん」
後ろで唸り声がした。まだ誰かいる。さっきは気配一つなかったのに。俺は咄嗟に振り返る。深い影の中ぼやりと薄明かりが広がる床で、男が起き上がった。ふくよかな体型に沿って横に広がったTシャツには、なにかのアニメの魔法少女のキャラクターが、ピースサインをして杖をふりかざしている。
「なっ、な、なんだぁ?」
 男はにきびだらけの、ぽってりした頬を掻いた。
「ぼ、僕はなんでこんなところに!?」
首を左右に小刻みに動かし、状況を理解した哀れな男は息を荒げて怯えきった声を上げた。
「ようこそ、残飯食堂へ」
メイドの声で、俺達に気づいた男はヒイと高い声を出して仰け反った。
「あ、あのぉ、ぼぼ僕はなんで」
「連れ去られたんですよ。俺もあなたも」
空腹で少しイラついていた俺の言葉の響きには棘があったかもしれない。
「は、はひっ!?なんで、嘘だあ。今日はルルちゃんに会える日なのにぃ」
なにかぶつぶつ言いながら、脂の吹き出した顔を一心不乱に掻いている。
「残飯を食べたら出られるらしいですよ」
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