花の顔

鯨井イルカ

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春 或いは天国に似た場所で

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 はい、そうです。
 レンゲソウの花畑です。
 私の住んでいた町……と言っても、田舎の辺鄙な場所です。
 町と呼んで良いのかも、正直不安なところではあるのですが、住所上では町だったので……

 はい?
 ああ、そうですね。
 今はそんな話をしているのじゃあ、ありませんでしたね。

 ともかく、私の住んでいた町はですね、春になるとレンゲソウの花畑ができるんですよ。
 なんでも、稲を植えるまえの田んぼに植えると、お米が美味しく育つとかで。
 ああ、レンゲソウじゃあなくてゲンゲって言った方が分かりますかね?

 え、あ、はい。
 そうですか、レンゲソウで分かりますか。

 それで、そのレンゲソウの花畑っていうのが、とても綺麗だったんですよ。
 春だったから、空は曇っているでしょ?
 それに、川が近いもんだから、霧が凄くてですね……
 ああそうだ、そういえば知ってますか?
 霧っていうのは秋に出るもんで、春に出るのは霞らしいですよ。
 だから、その時出てたのは霞って言った方がいいですかね。

 あ、はい。
 どちらでも良いですか。
 なら、話を続けます。

 その日も、曇っていたうえに霞が出ていました。
 その中で、赤紫色のレンゲソウが一面に広がっていて、まるで天国にでも迷い込んだ気分でした。
 ああ、一人でいたわけじゃあないですよ。
 さすがに、その頃はまだ小さかったからですね。
 隣で、母が手を握っていてくれました。
 それで、二人であぜ道を歩きながら、レンゲソウの花畑を見物していたんですよ。
 あ、もちろん二人しか見物人がいなかったわけじゃあなくて、他のお客も沢山いましたよ。
 なにせ、他に見所がなんも無い町でしたからね。
 あぜ道の上を、ぞろぞろと沢山の人が歩くわけなんですよ。
 狭い道なもんだから、途中で止まったりしたら、後ろからそれはもう怒られますよね。
 でも、立ち止まってしまったんです。

 はい、そこにカラスの死骸が吊されてましたから。
 
 レンゲソウ畑の真ん中に長い棒が立ってて、そこに羽を広げたかたちで。
 ちょうど、こんな風に。

 え?再現しなくて良い。
 はあ、分かりやすいと思ったんですが。
 そうですか、はい、分かりました。

 それで、さっきも言いましたが、灰色の景色の中にレンゲソウが咲いているのは、天国のようでした。
 
 なのに、いきなりカラスの死骸ですよ。
 
 真っ黒なんですよ。
 大きな鳥なんですよ。
 それが死んでるんですよ。
 それが吊されてるんですよ。
 羽なんかも所々折れてボロボロになってるんですよ。
 怖いと思いませんか?
 思いますよね。
 
 だから、私もぎゃーぎゃー泣いてしまいましてね。
 ただ、さっきも言ったように、通路は狭いあぜ道なんです。
 そんなことしてると、後ろがつかえます。
 多分、舌打ちやら、罵声やらがあったんでしょうね。
 私は泣きわめいてたんで聞こえませんでしたが。
 まあ、でも母にはそういったもんが聞こえたんでしょう。
 だからでしょうね、あんなことを言ったのは。

 あのカラスは悪いことをしたから吊された。
 ぎゃーぎゃー泣くような悪い子も、夜中に人攫いが来て、同じように吊されるぞ、と。
 

 まあ、そんな脅ししたら、余計泣きますよね。
 実際、耳が痛くなるまで泣きましたもん。
 そういったわけで、結局は能面みたいな顔をした母に抱えられて、レンゲソウ畑を進む羽目になりました。
 ほら、あの口惜しそうな顔した能面。
 あれみたいな顔してましたね。
 人攫いなんかより、よっぽど恐ろしいですよ。

 それで?
 
 いえ、これで終わりですよ。

 どうして、と言われましても。
 これで分かっていただけないでしょうかね?

 悪いことしたら吊される。
 
 ぎゃーぎゃー泣くのは悪いこと。
 
 だから、ぎゃーぎゃー泣いていたから吊した。
 
 それで充分じゃあありませんか。
 
 ご飯をあげたのに
 おしめを替えたのに
 寝ないで世話をしていたのに
 ずっとぎゃーぎゃー泣いているんですよ?

 これは、悪いことですよね。
 なら吊さないといけないじゃあないですか。

 ああ、はやく泣き止んでくださいよ。
 そうしないと、貴方まで吊さなくてはいけなくなるじゃあないですか。
 
 急に抱きしめて、何なんですか?
 
 ああ、はい。
 そうですね。

 私も泣いているんですか。
 そうですか。

 じゃあ、先に吊しといてもらえますかね。
 今の時期なら、もうレンゲソウも咲いていると思いますし。
 天国みたいな場所で吊されるなら、良いもんだと思いますよ。





 だから、泣き止んでくださいってば。
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