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第一章 シマシマな日常

シッカリ

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 頭上には煌びやかなシャンデリアが吊され、石造の床には赤い絨毯が敷かれた広間。

 ここは魔のモノ達が彼らの王に謁見するための空間。

 そこには、魔獣達の骨で作られた、豪奢な玉座が据えられている。

「……なんで、断りなく呼んじゃうんだよ……」

 その玉座の後ろで、黒衣の上に白銀の鎧を纏った青年が背もたれにしがみついて隠れている。
 一つに束ねた赤銅色の長い髪と、側頭部から伸びる堅牢な角。
 
 彼こそは魔界を統べる王。

「モロコシも五郎左衛門も知らない人じゃないだろ!?いいから、早く出てこい!」

 そんな魔王の側で、サバトラ模様のフカフカな毛並みとアーモンド型の青い目が可愛らしい仔猫にして魔王の弟、シーマ十四世殿下が尻尾を縦に振りながら、目くじらを立てている。
 シーマは魔王を玉座から引き離そうとしきりに腕を引っ張っているが、魔王も必死にしがみついているため、その手が玉座から外れる気配すらない。

「でも、恥ずかしいし……そうだ!」

 腕を引っ張られながらも魔王が何かを思いついた顔をすると、シーマは耳を後ろに反らせてジトッとした視線を向けた。

「……頼むから、バッタ仮面はやめてくれよ」

「……ま、まだ、何も言ってないじゃないか……」

 視線を逸らしながら魔王が答えると、広間の中央から元気の良い声が響いた。

「シマちゃんやー!ヤギさんは大丈夫そうかねー!?」

 声の主は、クラシカルなメイド服に身を包んだ、パーマをかけた白髪頭がチャーミングな老女、シーマの世話役森山はつ江だった。

「魔王さまー!大丈夫ー!?おなか痛くなっちゃったのー!?」

「魔王陛下ー!?お医者様を呼んでまいるでござるかー!?」

 はつ江に続いて、緑色の丸い目がプリティーなフカフカの毛並みの仔猫モロコシと、眉周辺の色が薄くなった小麦色の毛並みと厚みのある三角の耳が可愛らしい柴犬柴崎五郎左衛門が、魔王に向かって声をかけた。
 三人の呼びかけを聞き、シーマは尻尾を力いっぱい縦に振った。

「ほら!三人とも心配してるだろ!魔界を統べる者が従業員と民を不安にさせてどうする!!」

「……分かったから……そんなに怒るなよ……」

 シーマに叱られて、魔王は渋々と立ち上がった。そして、ぎこちない足取りで広間の中央へと向かう。
 三人の前で立ち止まると、魔王は憂いを帯びた表情で咳払いをした。

「皆の者……」

 魔王の呼びかけに、はつ江はニコニコと微笑み、五郎左衛門は姿勢を正し、モロコシは五郎左衛門のマネをしてキリッとした表情を浮かべた。三人に見つめられた魔王は言葉につまり、目を泳がせながら赤面してしまった。

「えー……あのー……本日は、お足元の悪いなか、お越しいただき……ありがとうございました」

 唐突な挨拶に三人がキョトンとしていると、魔王の背後からシーマが肩をいからせてズンズンと近づいてきた。

「今日は雨降ってないだろ!急に何の話をしてるんだよ!?」

 耳を後ろに反らせてシーマがそう言うと、魔王は赤面しながら肩を落として俯いた。

「だって……緊張したんだもん……」

「なに、ちょっと可愛く言ってるんだよ!?」

 赤面する魔王と憤慨するシーマの様子を見て、はつ江がカラカラと笑いだした。

「わはははは!ヤギさんや、モロコシちゃんもゴロちゃんも、いい子だからそんなに緊張することねーだよ!」

 はつ江の言葉に、五郎左衛門が尻尾を振りながら先が細まった白い手を挙げて発言する。

「魔王陛下!拙者のことはサツマイモか何かだと思ってくだされ!さすれば、緊張などなさらぬでござろう!」

 五郎左衛門に続いて、モロコシもフカフカの白い手を挙げる。

「じゃあ、ぼくのことはバッタさんだと思ってください!」

 三人に見つめられた魔王は、そうだな、と呟いて、手で顔を覆い顔の赤みが引くのを待った。
 赤面が治ると、魔王は改めて三人を見て、オドオドしながらも口を開いた。

「では……改めて……モロコシ君に柴崎君、今日は補修剤を巡る探検に参加してくれて、ありがとう」

「どういたしましてー!」

「何のこれしきでござる!」

 二人の返事に、魔王は軽く頭を下げた。その隣で、シーマが魔王を見上げながら、尻尾をユラユラと揺らして不安げな表情を浮かべる。

「なあ、兄貴。このメンバーで、危険はないか?」

 魔王はシーマの方に視線を落とし、ふむ、と呟くと、三人に向かって手のひらをかざした。すると、魔王の目の前には白く輝く魔法陣が現れる。魔王は眉間にしわを寄せながら、魔法陣を覗き込んだ。

「今回の危険度は『安全』だから、それほど気にしなくても良いかもしれないが……まず、はつ江の装備はそれで問題ないな」

 魔王の言葉にシーマが黒目を大きくして、驚いた表情を浮かべる。

「メイド服で大丈夫なのか!?」

「ああ、従業員の制服は何かあった時に備えて、充分な防御力になるように作ってあるから」

 魔王がそう答えると、はつ江はカラカラと笑った。

「何だかよく分からねぇけど、このお洋服は凄いんだね!ヤギさんや、良いもんを用意してくれて、ありがとう!」

 魔王は頬を少しだけ赤らめて、気にするな、と呟いてから言葉を続けた。

「次に、柴崎君は……うん、その忍び装束なら、全く問題ないだろう。それに王立博物館の館長から、勤務態度も真面目で今まで何人もの屈強な盗人を捕まえている、という評価も聞いているし……頼りにしているぞ」

 魔王の言葉に、五郎左衛門は円らな目を輝かせ、尻尾を勢いよく振りながら頭を下げた。

「なんとありがたきお言葉!この柴崎五郎左衛門、全力で皆様をお守りするでござる!」

 魔王は小声で、ありがとう、と呟くと、今度はモロコシに顔を向けた。

「最後に、モロコシ君とシーマだが……今の防御力だと、さすがに不安だな……」

 魔王がそう言うと、モロコシは耳を伏せてシュンとした表情を浮かべた。

「そっかー……魔王さま、ごめんなさい」

「いやいやいや!モロコシ君は別に悪くないぞ!」

 ペコリと頭を頭を下げるモロコシを前に魔王が慌てていると、シーマが長い赤銅色の髪を軽く引っ張って顔を見上げた。

「ん?どうした?シーマ」

「兄貴、だったら最強の装備を頼む!」

「最強までじゃなくても、大丈夫だと思うが……ちょっと待っていてくれ」

 魔王はそう言うと、赤い霧となって姿を消した。そして、二着のローブと一つのポシェットを手にして、再び広間に現れた。

「待たせたな、まずはシーマ、モロコシ君、これを装備してくれ」

「ああ、兄貴ありがとう」

「魔王さま、ありがとうございまーす!」

 二人はローブを受け取ると、いそいそと装備を始めた。

「兄貴、装備したぞ!」

「魔王さま、これでいいー?」

 シーマは黒いつやつやとした質感の尖った耳がついたローブを着込み、モロコシはふわふわとした質感の丸い耳がついたローブを着込んで魔王に声をかけた。魔王は二人に向かって、コクリと一回頷く。

「ああ。装備はシッカリとしておくに越したことはないからな。それと、はつ江」

「ほいほい。なんだい、ヤギさん?」

 声をかけられたはつ江が首をかしげると、魔王はポシェットをそっと差し出した。

「このポシェットに、傷薬とか解毒剤とかみんなのオヤツが入っているから、持っていてくれないか?」

「はいよ!おや、いっぱい入っているわりには、随分と軽いんだねぇ」

 ポシェットを受け取ったはつ江がその軽さに目を丸くして驚いていると、魔王は再びコクリと頷いた。

「ああ。物はいっぱい入るが、重さはほとんど感じないように作ってあるからな」

「あれまぁよ!ヤギさんはやっぱり凄いんだねぇ!」

 はつ江が感心すると、魔王は頬を赤らめ、別に、と呟いてから、小さく咳払いをした。

「では、出発の前に簡単に迷宮の説明をしておこう。この迷宮は入るたびに形が変わる迷路になっている。そして、各階層のどこかに次の階層への入り口が隠されているんだ」

「それを見つけて、目的の倉庫に向かっていけば良いのでござるな!」

 五郎左衛門の発言に魔王は、ああ、と呟いた。

「……ただし、次の階層の入り口にはなにがしかの試練がついている。危険度がないとはいえ、くれぐれも気をつけるように」

「はーい!分かりましたー!」

 モロコシがフカフカの手を挙げて返事をすると、魔王は口元を思わず緩めた。しかし、シーマのジトッとした視線を受けて、咳払いをするといつもの憂いを帯びた表情に戻った。

「……以上で簡単な説明を終了するが、何か質問はあるか?」

「はいはい」

 魔王の問いに、はつ江が挙手をする。

「ふむ、どうした?はつ江」

「昨日お使いに行く時に使った、シマちゃんのドアの魔法は使えないのかい?」

 はつ江が質問をすると、シーマがフカフカの頬を掻きながら、うーん、と唸った。

「ボクのあの魔法は、目的地の正確な位置が分からないと使えないから……自動生成される迷宮だと、多分無理だな……」

「ほうほう、そうなのかい」

 頷きながら納得するはつ江に向かって、魔王も頷く。

「ああ。以前リッチーが同じような魔法を試してみたことがあったが……あのときは、壁の中にめり込んでたな……」

 魔王が脱力した表情でそう言うと、シーマもげんなりとした表情を浮かべて口を開いた。

「あのときは、発掘作業が凄くく大変だったよな……」

 当時の苦労を思い出してそろってため息を吐く二人に、はつ江はカラカラと笑いかけた。

「何事も地道にやってくことが、大事だってことだぁね!」

「急がば回れでござるな!」

「えーと……千里の道もしっぽからだね!」

 はつ江と五郎左衛門の言葉に続こうとしたモロコシの微妙に間違ったことわざに、シーマはヒゲと尻尾を垂らしてヘナヘナと脱力した。

「モロコシ……今度宿題見てやるから、一緒に勉強しような……」

「え!?本当!?殿下、ありがとう!!」

 はつ江はニコニコと微笑んで二人の頭を撫でてから、魔王を見つめた。

「じゃあ、ヤギさん。そろそろ出発かね?」

 シーマとモロコシのやりとりに和んでいた魔王は、はつ江の言葉に我に返り表情を引き締めた。

「ああ。では皆の者、気を引き締めて行くぞ!」

「ああ、分かった!」
「はいよ!」
「うん!ぼく頑張るよ!」
「合点承知でござる!」

 魔王の号令に四人は手を挙げて息の合った返事をした。

 かくして、全自動集塵魔導機祝祭舞曲を修理するための補修剤を探す探検が幕を開けた。
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