仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ

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第二章 フカフカな日々

しっかりな一日・その四

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 絵美里の発言に、シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、困惑していた。

「えーと……、家族に恨まれている、とはどういうことですか?」

 シーマは尻尾の先をクニャリと曲げて問いかけた。すると、絵美里は膝に置いた手をさらに握りしめ、目に涙を浮かべた。

「私のせいで……、息子は片目を失ってしまったんです……」

「お子さんが片目を……」

 シーマが耳を伏せて呟くと、絵美里はコクリとうなずいた。

「はい……。幼いころ、私の誕生日にプレゼントを手作りしてくれたんですが……、そのときに……」

「えーと……、一体、何を作ってたんですか?」

「オルゴール……、です」

 シーマの問いに、絵美里は目をぬぐって答えた。すると、はつ江が、ほうほう、と声をもらしながら、コクコクとうなずいた。

「息子さんは、すごく器用なんだねぇ」

「ああ。オルゴール作りって、けっこう難しい作業だもんな……」

 はつ江とシーマがそう呟くと、絵美里はコクリとうなずいた。

「……はい。親馬鹿と思われるかもしれませんが……、私に似ず、器用で頭の良い子だったんです……。それなのに、私のせいで……」

「うーん……、でも、作業中の事故なら、絵美里さんのせいじゃないんじゃないでしょうか」

 シーマが問いかけると、絵美里は手で顔を覆った。

「そんなことないんです! 私が……、私が、忙しい夫になかなか会えなくて、泣き言をもらしてたから……、あの子は私をなぐさめようとして……、私が……、下らない泣き言なんてもらさなければ!」

 絵美里は叫ぶようにそう言うと、肩を震わせて泣き出した。その様子を見て、シーマは耳を伏せたまま尻尾をダラリと垂らし、はつ江は困惑した表情を浮かべた。

 二人はしばらくのあいだ、泣き続ける絵美里を無言で眺めていた。しかし、絵美里の肩の震えがおさまってきたところで、はつ江が口を開いた。

「でもよう、絵美里さん。お母さんのためを思ってそんな難しいもんを作ってくれるような子が、事故があったからて恨んだりなんてするのかねぇ?」

「そうですよ。そんな母親思いのお子さんが、簡単に恨みを向けるなんて思えませんよ」

 はつ江とシーマが声をかけると、絵美里はポケットから取り出したハンカチで顔をぬぐい、小さく首を横に振った。

「優しい言葉、ありがとうございます……。でも、私は、さらにあの子を傷つけるようなことをしてしまいましたから」

「傷つけるようなこと?」

 シーマが問い返すと、絵美里はコクリとうなずいた。

「はい……。あの子は、片目をなくした後も、以前と同じように私に接してくれていたんですが……、それが段々、私のことを責めているように感じてきたんです」

 絵美里はそこで言葉を止め、ハンカチで目をぬぐった。

「それで、あるとき義眼を外したあの子に見つめられて……、『こうなったのはお前のせいだ』と突きつけられた気がして、耐えられなくなって……、『その目で私を見ないで』って言ってしまったんです」

 そう言うと、絵美里はどこか自嘲的な笑みを浮かべた。

「酷い母親ですよね……。あの子が片目を失ったのが私のせいだということは、かえようのない事実なのに……、それで、こんな酷い母親なんていなくなってしまえばいいのに、と願いながら眠りについたら……」

「……魂だけ、魔界に来てしまったんですね?」

 シーマの問いに、絵美里はコクリとうなずいた。

「はい……。ビフロン長官が言うのには、『強く願った結果、無意識に転移魔術を使ってしまったんだろう』ということでした」

 絵美里が答えると、はつ江が、ほうほう、と声をもらしながら、コクコクとうなずいた。

「絵美里さんは、魔法が使える人だったんだねぇ」

「そう、だったみたいです……」

「そうだった、みたい?」

 シーマが尻尾の先をクニャリと曲げると、絵美里はコクリとうなずいた。

「はい。たしかに、私の祖母は薬草を使ったおまじないをしたり、星占いをしたり、魔女みたいなことを生業にしていた人だったんですが……、私はそういったことには疎かったので……」

 絵美里の言葉を聞いた途端、はつ江の目がキラリと光った。

「絵美里さんや!」

「は、はい! な、なん、なんで、しょうか?」

 絵美里がおどおどと問い返すと、はつ江は真剣な表情で目を見つめた。

「絵美里さんのおばあさんは、魔女みたいな人だったんだね?」

「は、はい……、そう、記憶して、いますが……」

「そうかい。そんなら……」

 はつ江はそこで言葉を止めると、すぅっと、大きく息を吸い込んだ。

 そして――

「ホウキに乗ってお空を飛べたりできたのかい!?」

 ――ものすごくワクワクした表情で、重苦しいかんじの雰囲気をぶち壊すような質問をした。

「え、えーと……、お空は飛んで……、なかったように、記憶して、います……」

「あれまぁよ……、そうだったのかい……」

 絵美里の答えに、はつ江は百三十話くらいの中で、一番の落ち込んだ表情を浮かべた。
 すると、シーマが耳と尻尾をダラリと垂らして、大きなため息を吐いた。

「はつ江……、今度、ホウキ型の空飛ぶ魔導機を兄貴に作ってもらうから、今はちょっと話の腰を折らないでくれ……」

 部屋の中には、シーマの脱力した声が響いた。
 かくして、絵美里が家に帰りたくない事情が、そこそこ重いものだと発覚しながらも、仔猫殿下とはつ江ばあさんのしっかりとした一日は進んでいくのだった。
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