君のハートに☆五寸釘!

鯨井イルカ

文字の大きさ
25 / 104

的場

しおりを挟む
  今日からまた一週間の始まりだ。
 週末に二日連続で外出したせいで、朝の営業部管理職会議ではうとうとしちゃったけど、気づかれてないといいな……

「月見野部長、失礼いたします」

「え、えーと……な、何かな?日神君」

 不意に声を掛けられて、焦りながら答えると、日神君は怪訝そうな表情を浮かべた。

「はい、今朝の会議で話題に出た、第三課の新規顧客につながる可能性がある企業の件について、詳しくお話を伺いたいと思ったのですけれども……」

 良かった。居眠りの件について、叱りに来たわけじゃなかったんだね。
 ホッとしていると、日神君は目を軽く見開いてから、爽やかな笑顔を浮かべた。

「ああ、会議の件でしたら、お気になさらないでください。月見野部長が居眠りしたとしても、一部下である私めなどが、とやかく言えることではないですから。なんと言っても、月見野部長は営業部の最高責任者なのですから、私めなどが苦言を呈さなくても、次回からは同じ事をなさるはずはずありませんよね?」

 ……うん、遠回しに叱られてしまったね。

「……ごめんね。次回から気を付けるよ」

 肩をすぼめながら謝ると、日神君は軽くため息を吐いて、そうですね、と呟いた。

「それで、本題に戻りますが。午後には吉田が戻るので、一時間程度お時間をいただけませんでしょうか?」

「午後か……今日は午後一に、真木花さんの所に葉河瀨君と一緒に伺う予定だから、夕方で良ければ……」

 真木花の社名を口にした瞬間、日神君の顔が俄に青ざめた。視界の端では、早川君も硬い表情でこちらに顔を向けたのが見えた。

「……まことに申し訳ございません。私のせいで、月見野部長にご迷惑をお掛けしてしまって……」
 
 日神君は手を握りしめながら、そう言って頭を下げた。
 過去に起こしてしまった件について、表面上は吹っ切れたように振る舞っているけど、完全に過去の事にするにはまだ時間が足りないよね。

「……いや、この件は僕がもっと早く動いていれば良かっただけの話だから、日神君が気にすることじゃないよ。それに、撤退する方向で先方も納得してきているから」

「そうですか……」

 日神君はそう言うと、悲しそうに目を伏せた。週明けの午前中に、部下のモチベーションを下げてしまうなんて、僕もまだまだだな……

「……あ、そうだ。話は変わるけど、土曜日に動物園に行ってきたから……はい、これ」

 なんとか気を反らそうと、机の側に置いた鞄から、動物園で購入した缶入りのクッキーを差し出した。日神君は戸惑いながら受け取ると、頭を軽く下げた。

「あ、すみません。ありがとうございます」

「いやいや、気にしないで。社長の暴走から、第三課を守ってくれたみたいだからね」

 そう伝えると、日神君は何の件なのか察しが付いたらしく、脱力した表情を浮かべた。

「そうですね……本業でもいっぱいいっぱいなのに、これ以上変な業務を増やされたら部下達にも負担が掛かりますか……」

「あー!日神課長だけずるいっすよ!」

 日神君の言葉を遮るように、早川君が声を上げた。二人して顔を向けると、早川君はむすっとした顔をしながらこちらに近づいてくる。

「俺だって、社長が第三課の業務に、誰にも知られていない絶好の釣り場を探すこと、って入れようとしたのを止めたんすよ!」

「そうだったんだ……」
「そうだったのか……」

 憤慨する早川君に向かって、日神君と同時に声を漏らしてしまった。うん、いくら第三課が社長の肝いりだからと言って、私的な要望を業務に入れるのはよろしくないよね……
 社長の暴走に脱力していると、日神君は早川君に爽やかな笑顔を向けた。
 
「よし、早川良くやった。今度、ガムかジャーキーを買ってきてやるから、喜ぶと良い」

「……それ、犬用の奴買ってくるつもりじゃないっすよね?」

「別に、そんなことないけれども?なんだ、自分が犬っぽいっていう自覚はあったのか」

「……この!」
 
 ……この子達は、イザコザしないと気が済まないのかな?
 まあ、必要なときはしっかりと連携を取っているみたいだから、あまりとやかく口を出せないかもしれないんだけどね……
 部下への対応に頭を抱えていると、執務室のドアがガチャリと鳴った。三人同時に顔を向けると、分厚い紙の束を手にした葉河瀨部長が、欠伸をしながら現れた。
 うん、今日はいつもより酷くないけど、やっぱり寝癖がついてるね。お客様の所に伺うまでに治れば良いけど……
 こちらの心配をよそに、葉河瀨部長は眠たげな表情でツカツカと脚を進め、僕の席の前で立ち止まった。

「失礼します、月見野さん。今日、先方にお渡しするマニュアルを念のため印刷し……」

 葉河瀨部長はそこで言葉を止め、視線を日神君に向けた。

「日神」

「……何?」

 急に声を掛けられた日神君が怪訝そうな表情を浮かべると、葉河瀨部長は数回瞬きをしてから眼鏡の位置を直した。

「お前、腰どうしたんだ?」

 ……腰?
 急な言葉に戸惑っていると、日神君はギクリとした表情を浮かべてから、軽く頬を掻いた。

「あー……土曜日に、ちょっと痛めた……」

 そうだったんだ……
 言われてみると、少し動きがぎこちなかった気がするけど、全く気づかなかったよ。葉河瀨君、良く気づいたな……

「うわー、おっさんが居るー」

 感心していると、早川君が日神君に向かって、茶化すように声を掛けた。すぐさま、日神君が鋭い視線を向ける。

「うるさい!歳は一つしか違わないだろ!この、脱臼犬!」

「犬じゃあーりーまーせーんー!」

 ……うん、イザコザに拍車が掛かっちゃったね。
 二人にどう声を掛けたものかと悩んでいると、執務室のドアがバタンと勢いよく開いた。室内の全員が顔を向けると、フリルのあしらわれた黒いワンピースを着込んだ金髪の女性が立っていた。頭には、額の中央に十字架の模様が描かれた包帯を巻いている……

「コラ!早川ちゃん!通勤災害の申請書には、病院の領収書が必要だって前に教えたでしょ!」

 声と話している内容から、その人物が山口課長だということが分かった。
 でも、山口課長……出社するにあたって、その服装はどうなんだろうか……
 脱力しているうちに、山口課長はこちらに近づき、早川君の目の前で立ち止まった。

「書類を提出するときは、ちゃんと確認するなりよ!」

「……すみません。以後気を付けます」

 早川君はシュンとした表情を浮かべながら、プンプンと怒る山口課長に頭を下げた。

「……山口課長も、ですか……」

 不意に、葉河瀨部長がそう呟いた。小さな声だったけど、山口課長は聞き逃さなかったらしく、視線をチラリと葉河瀨部長に向けた。

「……も?」

 そして、いつもよりも低い声で問い返すと、睨みつけるように目をこらしながら、早川君と日神君を交互に見た。
二人が身を強張らせていると、山口課長は困惑した表情を浮かべて、深くため息を吐く。
 ……二人に、何かあったのかな?
 いや、確かに早川君は脱臼してきたし、日神君は腰を痛めているから、何かはあった事には違いないんだけど……
 困惑していると、山口課長は満面の笑みを浮かべて、僕に向かって指をさした。

「つきみん!ちょっと、そこの三バカを連れて、ウチの執務室に来るなり★」

「えーと、そちらに伺うのは構いませんが、その呼び方はちょっと、どうかと……」

 ハラスメントになりかねない呼び名に戸惑っていると、葉河瀨部長が珍しく驚愕した表情を浮かべた。

「日神早川と同じ括りにされるとは……」

「なぜ、そこで落胆する!?」
「なんで、そこで落胆するんすか!?」

 落胆する葉河瀨部長に向かって、日神君と早川君が揃って抗議の声を上げた。山口部長は、三人の反応をみて楽しそうにケラケラと笑っている。
 ……うん、もうフォローをどう入れれば良いか分からない状況だね。ひとまず、管理部の執務室に行かないといけないね。

 イザコザする三人をなんとか宥めて、廊下を挟んだ向かいにある管理部のドアを開いた。執務室の中では、信田部長と三輪さんが、パソコンのディスプレイを覗き込んでいた。

「部長ー!ちょっとだけ相談があるなりー★」

 山口課長がウインクをしながら声を掛けると、信田部長は煩わしそうな表情を浮かべてゆっくりと顔を上げた。

「一体、何なの?今、取締役会議事録の最終チェックで忙し……」

 信田部長はそこで言葉を止めて、切れ長の目を見開いた。そして、鋭い視線をこちらに向ける。その視線に、山口課長以外の全員がたじろいでいると、信田部長はゆっくりと口を開いた。

「……日神、早川」

「……はい」
「はい!」

 二人が声を揃えて返事をすると、信田部長は息を軽く吸い込んでから言葉を続けた。

「至急、対処しないといけないことがあるから、30分ほど時間をもらうけど、良いわね?」

「……かしこまりました」
「了解っす!」

 二人の返事を聞くと、信田部長はコクリと頷いてから、三輪さんに顔を向けた。

「三輪さん、ちょっと二人で席を外すけど、電話対応をお願いできる?私達じゃないと対応できないような連絡は、折り返し連絡すると伝えてくれれば良いから」

「はい、かしこまりました。でも部長……何があったんですか?」

 三輪さんが不安げな表情で問いかけてから、早川君にチラリと視線を向けた。うん、婚約者が急に呼び出されたら、不安になるよね……

「大丈夫、大したことじゃないわ。今のところね」

 信田部長は宥めるような声で三輪さんにそう告げると、僕に顔を向けた。

「月見野君、日神と早川の状況について、ちょっと説明があるんだけど、一緒に来てもらえるかしら?」

「ええ。どうやら、あまりよろしくない状況のようなので、構いませんよ」

 そう答えると、信田部長は再びコクリと頷いた。
 信田部長が動くような状況ならば、放っておくわけにはいかない。でも、本当に何があったんだろう……これ以上怪我が酷くなる可能性がある、とかだったらどうしよう……
 
「じゃあ、これから役員会議室に移動するけど……」

 部下二人の心配をしていると、信田部長は困惑した表情を浮かべて、葉河瀨部長と山口課長に顔を向けた。

「なんでハカセまで、ここに居るのよ?」

「さあ、俺にもサッパリ分からないですね」

 葉河瀨部長が平然と答えると、山口課長が、へぇ、と呟いてクツクツと笑い出した。

「サッパリ分からない、ねぇ?」

「ええ、おっしゃる通りですね」

 いつもよりも低い声で問いかける山口課長に対して、葉河瀨部長は動じることもなく答えた。その回答に、山口課長は軽く鼻で笑う。

「随分と、白々しいことを言うじゃねぇか」

 そして、山口課長は目を見開いて口元だけで笑いながら、葉河瀨部長の顔を覗き込んだ。その様子に、その場に居た全員が息を飲んだ。

「なあ、葉河瀨……見えたんだろ?」

 山口課長は首を傾げながら手を伸ばし、葉河瀨部長がかけた眼鏡のブリッジに人差し指を当てた。葉河瀨部長は、軽く眉を顰めて、視線を反らしている。
 なんだか、物騒な空気になってきてしまったね……
 でも、葉河瀨部長には、一体何が見えたって言うんだろう……? 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

処理中です...