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内臓の模造品と私
内臓の模造品との出会い
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私が内臓の模造品と暮らしはじめたのは、二十五歳か二十六歳、ひょっとしたら二十七歳くらいだったかもしれない。少なくとも二十代半ばの秋だったことは覚えている。
その頃の私は小さなシステム会社に勤めるエンジニア……というよりも、不具合だらけのシステムに関するクレーム窓口のようなものだった。
四六時中客先と上司からの罵声を浴び続けながら一人で不具合の原因調査および改修およびテストを行い、帰宅はいつも終電、睡眠は二、三時間の仮眠を取れれば御の字という有様で出社し、また罵声を浴び続けながら仕事。そんな日々が続いていた。
今思えば、我ながらよく死ななかったと思う。
ともかく、そんな限界に近い日々の中で私はそれと出会った。
その夜は秋とは思えないほど蒸し暑く、とても寝られたものじゃなかった。
それでも、夜が明ければは不具合を改修したシステムを納品しないといけない。そんなわけでなんとかして眠りにつこうと毛布を抱きしめて、枕元のCDプレイヤーから流れるヒーリングミュージックに集中していた。不眠に近い状況ではあったけれども、なぜかそのCDをかけているときは眠れていた。
それなのに、その日は心地良いはずの旋律が歪んだ雑音にしか聞こえなかった。
なんというか、頭の中にざらついた舌を入れられ脳やら諸々の神経やらを少しずつ削り取られる、そんな感覚だったことは朧気に覚えている。当然ながら眠気は徐々に失われ、寝返りを打ったひょうしに自然と目が開いた。
そのときにそれを見つけた。
常夜灯が照らす部屋の隅に佇む物体。
一瞬、脱ぎ捨てた衣服の山かとも思った。ただ当時はどんなに疲れていてもシャワーだけは浴びていたから、そんなものがあるとしたら脱衣所のはずだ。だとしたら、それが一体なんなのか見当もつかない。気怠い腕でリモコンを取り照明をつけると曖昧だった姿が明確になった。
まず目に入ったのは肝臓だった。
いや、それが本当に肝臓だったのかどうは今でも分からない。
それでも赤褐色をした三角形のようなそれは、飲み過ぎ用ドリンク剤のラベルに描かれているイラストとそっくりだった。あとは肺のようなものも目立っていたと思う。他にはんだかヌメヌメした長いものだの、丸いものだの、でこぼこしたものだのが絡み合いながらひとまとまりになっていた。
きっと、まともな神経をしていたら悲鳴を上げていたのかもしれない。ただし、何度も述べているとおりその頃はいろいろと酷い有様だった。
つまるところ、私は無言のまま枕元に置いた折りたたみ式携帯電話を手に取ってベッドから降り、部屋の隅でヌメヌメしているものの写真を撮った。そして何を思ったのか、その写真を同じくいろいろと酷い有様だったデザイナーの友人にメールで送りつけた。
部屋の隅にやばいのが見えるんだけど、やっぱり幻覚だよね?
文面はたしかそんなかんじだった気がする。
返信は程なくしてやってきた。
夜中にわけ分かんないもん送ってくんな、このストッコドッコイ!
こちらも文面はあやふやだけれども「!」の前後ににありえないほどたくさんの怒りマークがちりばめられていたことと、スットコドッコイの促音がずれていたことだけははっきりと覚えている。
ともかく、目の前の異様なものが私にだけ見えているわけじゃないことだけは明確になった。そして、このままでは数少ない友人を失ってしまうことも明確になった。
ごめん、ごめん。ちょっと内臓の模造品作ってみたから美術系のプロの意見が欲しくて。
平謝りとごまかしが詰まったメールを送ると、友人は怒りを収めて造型に関する造詣を披露してくれた。持つべきものはB級ホラーを愛する友人だと今でもしみじみ思う。
それからお互いの酷い有様を嘆き合ったり慰め合ったりするメールを交わした後、近いうちに飲みに行こうと約束して携帯電話を閉じた。極限の日々を過ごしていても楽しみな予定があれば生きていける。そんな爽やかな気持ちで顔を上げベッドに戻ろうとした。
しかし、部屋の隅には件の塊が佇んだままだった。
私は言いようのない脱力感に襲われながら携帯電話の時計に目をやった。
時刻は午前四時半。
今から無理矢理にでも目を閉じれば一時間くらいは睡眠にカウントできるかもしれない。
酷い有様の現実が目の前の非現実的なものに対する恐怖感に勝った。
「えーと、じゃあ私はもう寝るから。内臓の模造品も静かにしててね」
メールをする際に適当に付けた名前で呼びかけると、塊はかすかにうごめいた。さすがに全く恐怖を感じなかったわけじゃないけれども、一睡もせずに納品作業に臨む方が何倍も恐ろしい。
そういったわけで私は仮眠のようなものをとり、目覚まし時計にたたき起こされて、カフェイン錠を上限いっぱいまで摂取して納品やら、その他の業務やら、上司の怒鳴り声やらを切り抜け、日付が変わるギリギリで帰宅した。
相変わらずの有様だったけれども翌日は土曜日。シャワーを浴びて缶チューハイでも煽りながら寝落ちしてしまおう、などと思いながら照明をつけた。
部屋の隅には相変わらず内臓の模造品がいた。
しかも、昨夜と違いなんだか長い部分をビタンビタンと床に打ち付けている。
その様がなぜだかすごく不服そうに見えた。
「……ひょっとして、帰りが遅い、とか言ってる?」
返事の代わりに長いものがまた勢いよく床に打ち付けられる。回答が何か詳しくは分からなかったけれども、少なくともこちらの発言に反応していることは分かった。それと、相変わらず不服そうにしていることも。
「とりあえず、ヒーリングミュージックでもかけておくから鎮まってくれると助かるんだけど? 私シャワー浴びてきたいし」
今度は返事の代わりになんだかでこぼこしたものが細かく震えた。相変わらず詳しくは分からなかったけれども、不服そうな印象は受けなかった。
こうしてヒーリングミュージックと共に私と内臓の模造品の生活は始まったのだった。
その頃の私は小さなシステム会社に勤めるエンジニア……というよりも、不具合だらけのシステムに関するクレーム窓口のようなものだった。
四六時中客先と上司からの罵声を浴び続けながら一人で不具合の原因調査および改修およびテストを行い、帰宅はいつも終電、睡眠は二、三時間の仮眠を取れれば御の字という有様で出社し、また罵声を浴び続けながら仕事。そんな日々が続いていた。
今思えば、我ながらよく死ななかったと思う。
ともかく、そんな限界に近い日々の中で私はそれと出会った。
その夜は秋とは思えないほど蒸し暑く、とても寝られたものじゃなかった。
それでも、夜が明ければは不具合を改修したシステムを納品しないといけない。そんなわけでなんとかして眠りにつこうと毛布を抱きしめて、枕元のCDプレイヤーから流れるヒーリングミュージックに集中していた。不眠に近い状況ではあったけれども、なぜかそのCDをかけているときは眠れていた。
それなのに、その日は心地良いはずの旋律が歪んだ雑音にしか聞こえなかった。
なんというか、頭の中にざらついた舌を入れられ脳やら諸々の神経やらを少しずつ削り取られる、そんな感覚だったことは朧気に覚えている。当然ながら眠気は徐々に失われ、寝返りを打ったひょうしに自然と目が開いた。
そのときにそれを見つけた。
常夜灯が照らす部屋の隅に佇む物体。
一瞬、脱ぎ捨てた衣服の山かとも思った。ただ当時はどんなに疲れていてもシャワーだけは浴びていたから、そんなものがあるとしたら脱衣所のはずだ。だとしたら、それが一体なんなのか見当もつかない。気怠い腕でリモコンを取り照明をつけると曖昧だった姿が明確になった。
まず目に入ったのは肝臓だった。
いや、それが本当に肝臓だったのかどうは今でも分からない。
それでも赤褐色をした三角形のようなそれは、飲み過ぎ用ドリンク剤のラベルに描かれているイラストとそっくりだった。あとは肺のようなものも目立っていたと思う。他にはんだかヌメヌメした長いものだの、丸いものだの、でこぼこしたものだのが絡み合いながらひとまとまりになっていた。
きっと、まともな神経をしていたら悲鳴を上げていたのかもしれない。ただし、何度も述べているとおりその頃はいろいろと酷い有様だった。
つまるところ、私は無言のまま枕元に置いた折りたたみ式携帯電話を手に取ってベッドから降り、部屋の隅でヌメヌメしているものの写真を撮った。そして何を思ったのか、その写真を同じくいろいろと酷い有様だったデザイナーの友人にメールで送りつけた。
部屋の隅にやばいのが見えるんだけど、やっぱり幻覚だよね?
文面はたしかそんなかんじだった気がする。
返信は程なくしてやってきた。
夜中にわけ分かんないもん送ってくんな、このストッコドッコイ!
こちらも文面はあやふやだけれども「!」の前後ににありえないほどたくさんの怒りマークがちりばめられていたことと、スットコドッコイの促音がずれていたことだけははっきりと覚えている。
ともかく、目の前の異様なものが私にだけ見えているわけじゃないことだけは明確になった。そして、このままでは数少ない友人を失ってしまうことも明確になった。
ごめん、ごめん。ちょっと内臓の模造品作ってみたから美術系のプロの意見が欲しくて。
平謝りとごまかしが詰まったメールを送ると、友人は怒りを収めて造型に関する造詣を披露してくれた。持つべきものはB級ホラーを愛する友人だと今でもしみじみ思う。
それからお互いの酷い有様を嘆き合ったり慰め合ったりするメールを交わした後、近いうちに飲みに行こうと約束して携帯電話を閉じた。極限の日々を過ごしていても楽しみな予定があれば生きていける。そんな爽やかな気持ちで顔を上げベッドに戻ろうとした。
しかし、部屋の隅には件の塊が佇んだままだった。
私は言いようのない脱力感に襲われながら携帯電話の時計に目をやった。
時刻は午前四時半。
今から無理矢理にでも目を閉じれば一時間くらいは睡眠にカウントできるかもしれない。
酷い有様の現実が目の前の非現実的なものに対する恐怖感に勝った。
「えーと、じゃあ私はもう寝るから。内臓の模造品も静かにしててね」
メールをする際に適当に付けた名前で呼びかけると、塊はかすかにうごめいた。さすがに全く恐怖を感じなかったわけじゃないけれども、一睡もせずに納品作業に臨む方が何倍も恐ろしい。
そういったわけで私は仮眠のようなものをとり、目覚まし時計にたたき起こされて、カフェイン錠を上限いっぱいまで摂取して納品やら、その他の業務やら、上司の怒鳴り声やらを切り抜け、日付が変わるギリギリで帰宅した。
相変わらずの有様だったけれども翌日は土曜日。シャワーを浴びて缶チューハイでも煽りながら寝落ちしてしまおう、などと思いながら照明をつけた。
部屋の隅には相変わらず内臓の模造品がいた。
しかも、昨夜と違いなんだか長い部分をビタンビタンと床に打ち付けている。
その様がなぜだかすごく不服そうに見えた。
「……ひょっとして、帰りが遅い、とか言ってる?」
返事の代わりに長いものがまた勢いよく床に打ち付けられる。回答が何か詳しくは分からなかったけれども、少なくともこちらの発言に反応していることは分かった。それと、相変わらず不服そうにしていることも。
「とりあえず、ヒーリングミュージックでもかけておくから鎮まってくれると助かるんだけど? 私シャワー浴びてきたいし」
今度は返事の代わりになんだかでこぼこしたものが細かく震えた。相変わらず詳しくは分からなかったけれども、不服そうな印象は受けなかった。
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