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第一章 人柱の少女

思いもよらない話か思いつきの話か

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「貴方様が……、あやかしの……、長の……」

 口だけで微笑む玉葉様に向かって、お父様が震えながら声を出した。

「うん、そうだよ。それで、なんの用なのかな?」

「その……、貴方様にではなく……、娘に……」

「へえ。でも、明は今お掃除で忙しいから、帰ってくれる? 用事は文にして森の入り口に置いてくれれば、とりに行くから」

「しかしながら……、その……」

「うーん、ハッキリ言わないと分かってもらえないのかな? 目障りだから帰れって、言ってるんだけど」

「……」

 助けを求めるような視線が、こちらに向けられる。
 私のことを心配してくれてたみたいだし、このまま帰ってもらうのも悪いのかな……。

「あの、玉葉様……」

「うん? 何かな、明」

「えっと……、お話を聞くだけでしたら、別に……。それに、村からここまで歩きどおしだったみたいなので……、ほんの少しだけでも、休ませていただければ……」

「……まあ。明がそう言うなら」

 不服そうな声と一緒に、小さなため息がこぼれた。

「一応は、話を聞いてあげようか」

「いえ……、用があるのは、娘にだけで……」

「うるさいなぁ。べつに今すぐに村に飛ばすことだって、できるんだよ?」

「も、申し訳ございません!!」

「謝るくらいなら、口ごたえしないでほしいんだけどね。ま、ともかく客間に案内するよ」

「ははー! ありがとうございます!」

 深々と頭を下げるお父様に見向きもせずに、玉葉様はお屋敷に戻っていく。

「文車、お茶の用意をしてくれる? 迷惑だけど、一応はお客人だからね」

「かしこまりました。ものすごく迷惑ですが、一応はお客様ですからね」

 刺々しい言葉とともに、文車さんもあとに続く。

「うわー、あれはねー、二人ともねー、かなりのねー、不機嫌だねー」

「うん! 二人とも、プンプンしてるね!」

 化け襷さんと暴れ箒さんの言葉に、胸の辺りが痛んだ。
 いつもお世話になってる方々に、ワガママを言って迷惑をかけてしまった……。

「あとで、お二人に謝らないと……」

「えーとねー、明のせいじゃねー、ないからねー、大丈夫だよー。とりあえずねー、一応はねー、お客さんだからねー、案内してあげようかー」

「うん! 一応お客さんだから!」

「……」

 お父様は深々と頭を下げたまま、小さく震えてる。大した用事じゃなければいいというのは、無理なのかもしれない……。



 客間に移動すると、玉葉様の隣に私、向かいにお父様という形で席についた。

「で、僕の明になんの用なのかな?」
 
「はい、その……、うちの娘を娶っていただいたそうで……」

「うん、そうだよ。君らが身勝手に人柱にしたくせに、今さら返せとか言うのかな?」

「い、いえ……、そういうわけでは……、ただ、その話を聞いたら、母親が一度会いたいと、言い出しまして……」

 お義母さまが……。
 やっぱり、玉葉様のことをお義姉さまに渡せと言われるのかな……。

「あんな意地の悪いやつのところに、一瞬たりとも明を行かせたくはないんだけど」

「あ、いえ、会いたがっているのは、その、実の母親の方で……」

「……え?」

 本当の、お母さま……?

「おや? 明、お母さんは、亡くなっていたんじゃなかったの?」

「え、はい……、そうだと、思って、ましたが……?」

 一体、どういうことだろう?

「はい、その……、これの母親は幼い頃から我が家に奉公していた、女中でして……、妻が身籠っているときに、魔が差したと言いますか……、幼い頃から優しくて美しくて……、本当は、その、妻よりも……」

「あー、君の事情はどうでもいいんだよ」

「す、すみません! それで、その、この子を身籠ったときに、妻の怒りに触れてしまい……、色々あって、乳離れしたくらいで、心を病んでしまいまして、それから、ずっと座敷牢の方に……」

 そう、だったんだ……。

「それで、先日行商人から、娘が生きていて、玉葉様のようなご立派な方に嫁いだと聞きまして……、そのことを告げたら、俄かに正気を取り戻しまして……、一度でいいから、顔を見たいと……」

「へえ?」

「だから、どうか……」

 正直なところ、お母さまの顔は、覚えてない。それでも、いなくなってしまったときに、すごく怖くて悲しかったことは、かすかに覚えてる。

 もしも、まだ生きてるのなら。

「それなら、一度……」
「却下だよ」

「……え?」

 玉葉様の声が、返事をさえぎった。

「そんなに会いたがってて、正気を取り戻してるって言うなら、ここに連れてきてくれればいいよ。ちゃんと、迎えは出すから」

 よかった……、会うこと自体を咎めてるわけじゃないんだ。

「明も、それでいいよね?」

「はい、会えるのならば……」
「それじゃダメなんです!」

「きゃっ!?」

 今度は、お父様の大声が返事をさえぎった。

「ふーん? どうしてかな?」

「あ、えーと、その……、この子の母親は、病に犯されていまして……」

 お母さまが、病に……?

「おかしいなぁ? あの疫病に効く薬は、充分な数渡したはずだけど」

「それが、あの……、例の病とは別のもので……、もう、とても外に出られる状態ではなく……」

「そんな病にかかっているなら、なおさら会いに行かせるのはね。明にうつったりしたら、大変だし」

「いえ、その……、それが、うつる類の病ではない、と、お医者さまからも……」

「本当に?」

「は、い……」

「ふぅん?」

「……」

 お父様は口を噤んで、俯いてしまった。

 嘘をついているとは思わないし、つく必要もないと思うけれども……

「僕には、後出しでその場しのぎの作り話をしているようにしか、思えないけどね」

 ……玉葉様の金色の目は、相変わらず見開かれたままだった。
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