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最終章 人とあやかし
Ever After
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屋上に座って夜風に当たりながら星を眺めているうちに、それまでぼんやりとしか思い出せていなかったことがはっきりとしてきた。
閉ざされた世界の恐ろしさ
土の中の苦しさ
はじめて触れた優しさ
穏やかな日常
心地良い体温
ずっとそばに居たいと思ったこと
思い返せば幸せなことばかりだった。それなのに全てを忘れてしまって、また出会えたときもぼんやりとしか思いださせずにいた。玉葉様は変わった姿でも、すぐに気づいたのに。
そのせいであの方を追い詰め
呪いを受けて全てを奪われ
退治人として生きなくてはいけなくなって
捕えられて身体をあやかしに変えられ
この手で止めを刺すことになって
今度はこちらが遺される側になって
仕事で助からないくらいの深傷を負って
「明、そこにいたんだね……、おや?」
……また、一緒に過ごしている。
「今日はまた随分と、懐かしい姿をしているね」
満月の光が照らすなか、赤い目が楽しげに細められた。
「ええ。この身体は色々と姿をいじれると聞いていたので、試しに。ただ昔の姿をよく覚えていないので、上手くできているかは分かりませんが」
「ふふ、心配しなくても大丈夫だよ」
「……ん」
温かな手に優しく頭を撫でられた。ずっと昔と全く変わらない手つきで。
「その姿になってみたってことは、色々と思い出してくれたんだね」
「はい。全てではないですが、今までよりはずっと」
「それじゃあ、ずっと側にいたいと胸にしがみついて泣いたことも、自分から抱擁の先をしてほしいって可愛らしくせがんだことも、思い出してくれたんだね」
「それは、まあ……」
……その通りなんだけれども。再び会えたあとの修羅場の数々を思い出すと、得意げな笑顔がなんか腹立つ。
まあ、その修羅場の一因はこちらにもあるんだけれど……、少しくらい意趣返してもバチは当たらないだろう。
「……あとは、ことあるごとに仕事をサボろうとして文車さんに叱られていたこととか、奇天烈な変化で街に繰り出そうとしたこととか、少女マンガみたいな偽りの記憶を作ろうとしたこととか」
「えっと、明?」
「文車さんとのイザコザで化け襷さんに心労をかけていたこととか、咬神さんに子供じみた焼き餅をやいたこととか、いい歳してわりとぶりっ子だったこと、あたりくらいしか思い出せてないですね」
「……けっこう細かく思い出せてるじゃないか。しかも、格好がつかないことばっかり」
月明かりが照らす頬が、不服そうに膨らむ。昔もよくこんな顔をしていたっけ。
「もう、笑わないでよ」
「あはは、ごめんなさい。ただ、なんだか懐かしくて」
「それは、まあ、たしかに……。この姿の明と二人きりになるのは、本当に久しぶりだからね……、よっと」
玉葉様が隣に座り、床についた手を撫でた。感触を確かめるように、ゆっくりと何度も。
「……寂しい思いをさせてしまって、すみませんでした」
「……別に構わないさ。僕のほうこそたくさん酷いことをしてごめんね」
「なんだ、酷いことっていうご自覚はあったんですね?」
「まあ、さすがにね。ただ、たとえ重い罰を受けることになったとしても、今度は離したくないって思ったから」
撫でられいた手が、強く握りしめられる。
「ふふっ、酷い夫だろ?」
「そうかも、しれませんね。でも」
玉葉様に向き直り、白い頬に触れた。昔よりもほんの少しだけ冷たい。
「なぜか、同じ気持ちです」
「……ありがとう。さて、そろそろお腹が空いたころかな?」
「……そう、ですね」
「じゃあ、食事にしようか」
この身体の食事は相手の命を少しだけ食らっていくと、前に化け襷さんから聞いた。
「はい……」
きっと、玉葉様の命もほんの少しずつ食らってしまっているはず。
それが、この方が自身に科せた罰なんだろう。
「ふふ、その姿での食事だなんて、なんだか我を忘れてしまいそうだね」
「へー、そうですか」
あやかしの身体の命が、どこまで続くかは分からない。
「なら普段の姿は、玉葉様にとってそれほど魅力的ではないんですね。いつも余裕みたいですし」
「っ!? ち、違うんだ! そういうことじゃなくって!」
それでも、どちらかが独り遺される時間は、前より短い気がする。なんの根拠もない勘だけれど。
「今までねー、遊びだったなんてねー、悲しいなー、しくしくー」
「そうじゃないってば! 化け襷の真似して泣かないで、ね?」
だからその日が来るまでは、この形容しがたい日常を楽しむことにしよう。
「……もう、また笑って。今日の明はちょっとイジワルだ」
「あはは、ごめんなさい。せっかくですから、少しからかいたくなって」
「そういうこと言うと、本当に手加減せず好きなようにさせてもらうからね?」
「ええどうぞ、お好きなように」
「ふふ、言質はとったよ……ん」
「ん……」
啄むような軽い口付けの後、ゆっくりと顔が離れていく。
満月が照らす赤い目が、すごく綺麗だ。
「……愛してます」
「……うん、僕もだよ。さあ食事に向かおうか」
「……はい」
今度こそともに朽ち果てるまで、側にいられますように。
閉ざされた世界の恐ろしさ
土の中の苦しさ
はじめて触れた優しさ
穏やかな日常
心地良い体温
ずっとそばに居たいと思ったこと
思い返せば幸せなことばかりだった。それなのに全てを忘れてしまって、また出会えたときもぼんやりとしか思いださせずにいた。玉葉様は変わった姿でも、すぐに気づいたのに。
そのせいであの方を追い詰め
呪いを受けて全てを奪われ
退治人として生きなくてはいけなくなって
捕えられて身体をあやかしに変えられ
この手で止めを刺すことになって
今度はこちらが遺される側になって
仕事で助からないくらいの深傷を負って
「明、そこにいたんだね……、おや?」
……また、一緒に過ごしている。
「今日はまた随分と、懐かしい姿をしているね」
満月の光が照らすなか、赤い目が楽しげに細められた。
「ええ。この身体は色々と姿をいじれると聞いていたので、試しに。ただ昔の姿をよく覚えていないので、上手くできているかは分かりませんが」
「ふふ、心配しなくても大丈夫だよ」
「……ん」
温かな手に優しく頭を撫でられた。ずっと昔と全く変わらない手つきで。
「その姿になってみたってことは、色々と思い出してくれたんだね」
「はい。全てではないですが、今までよりはずっと」
「それじゃあ、ずっと側にいたいと胸にしがみついて泣いたことも、自分から抱擁の先をしてほしいって可愛らしくせがんだことも、思い出してくれたんだね」
「それは、まあ……」
……その通りなんだけれども。再び会えたあとの修羅場の数々を思い出すと、得意げな笑顔がなんか腹立つ。
まあ、その修羅場の一因はこちらにもあるんだけれど……、少しくらい意趣返してもバチは当たらないだろう。
「……あとは、ことあるごとに仕事をサボろうとして文車さんに叱られていたこととか、奇天烈な変化で街に繰り出そうとしたこととか、少女マンガみたいな偽りの記憶を作ろうとしたこととか」
「えっと、明?」
「文車さんとのイザコザで化け襷さんに心労をかけていたこととか、咬神さんに子供じみた焼き餅をやいたこととか、いい歳してわりとぶりっ子だったこと、あたりくらいしか思い出せてないですね」
「……けっこう細かく思い出せてるじゃないか。しかも、格好がつかないことばっかり」
月明かりが照らす頬が、不服そうに膨らむ。昔もよくこんな顔をしていたっけ。
「もう、笑わないでよ」
「あはは、ごめんなさい。ただ、なんだか懐かしくて」
「それは、まあ、たしかに……。この姿の明と二人きりになるのは、本当に久しぶりだからね……、よっと」
玉葉様が隣に座り、床についた手を撫でた。感触を確かめるように、ゆっくりと何度も。
「……寂しい思いをさせてしまって、すみませんでした」
「……別に構わないさ。僕のほうこそたくさん酷いことをしてごめんね」
「なんだ、酷いことっていうご自覚はあったんですね?」
「まあ、さすがにね。ただ、たとえ重い罰を受けることになったとしても、今度は離したくないって思ったから」
撫でられいた手が、強く握りしめられる。
「ふふっ、酷い夫だろ?」
「そうかも、しれませんね。でも」
玉葉様に向き直り、白い頬に触れた。昔よりもほんの少しだけ冷たい。
「なぜか、同じ気持ちです」
「……ありがとう。さて、そろそろお腹が空いたころかな?」
「……そう、ですね」
「じゃあ、食事にしようか」
この身体の食事は相手の命を少しだけ食らっていくと、前に化け襷さんから聞いた。
「はい……」
きっと、玉葉様の命もほんの少しずつ食らってしまっているはず。
それが、この方が自身に科せた罰なんだろう。
「ふふ、その姿での食事だなんて、なんだか我を忘れてしまいそうだね」
「へー、そうですか」
あやかしの身体の命が、どこまで続くかは分からない。
「なら普段の姿は、玉葉様にとってそれほど魅力的ではないんですね。いつも余裕みたいですし」
「っ!? ち、違うんだ! そういうことじゃなくって!」
それでも、どちらかが独り遺される時間は、前より短い気がする。なんの根拠もない勘だけれど。
「今までねー、遊びだったなんてねー、悲しいなー、しくしくー」
「そうじゃないってば! 化け襷の真似して泣かないで、ね?」
だからその日が来るまでは、この形容しがたい日常を楽しむことにしよう。
「……もう、また笑って。今日の明はちょっとイジワルだ」
「あはは、ごめんなさい。せっかくですから、少しからかいたくなって」
「そういうこと言うと、本当に手加減せず好きなようにさせてもらうからね?」
「ええどうぞ、お好きなように」
「ふふ、言質はとったよ……ん」
「ん……」
啄むような軽い口付けの後、ゆっくりと顔が離れていく。
満月が照らす赤い目が、すごく綺麗だ。
「……愛してます」
「……うん、僕もだよ。さあ食事に向かおうか」
「……はい」
今度こそともに朽ち果てるまで、側にいられますように。
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とても面白かったです。
読みやすい文章でありながら、読み応えのある内容でした。
所々残酷なシーンはあるのですが、人間とあやかし、二つの世界の狭間で愛を育んでいく姿には一つの美しさすら感じます。
別作品と物語が連動しているのも面白かったです。
お読みいただきありがとうございました!
二人について色々と考えていたら、予想以上に長い話になってしまいましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。