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本編
第五夜
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ロティさんに連れられて、私は宮殿内に足を踏み入れた。
夜会の準備の為、大勢の人が広間に集まっていたけど、ロティさんが言うような戦場のような荒っぽさは皆無だった。
無駄口を叩かず、無駄な動きをせず、淡々と準備は進む。
西棟を素晴らしい脚力で駆け抜けたロティさんも、宮殿内では決して走ることはなかった。
それでも、時間が無くて皆ピリピリしているのは分かったので、私は良く分からぬまま手伝いに集中した。
豪華な宮殿内を歩くのは、初めはおっかなびっくりだったけど、忙しさから直ぐにどうでも良くなった。
おおよその準備が終わる頃にはひたすら食器を磨き続け、夜会が始まった頃にはひたすら食器を洗い続けた。
予定ではオスカーが関係各位に挨拶をしてる間、私は休んでいられるはずだったのに、なぜこんな事になったんだろう。
そもそも、宮殿内に入れる訳にはいかないと言われて西棟に行ったのに、宮殿内に入っちゃってるし。
「あー、ニナいた!」
私が洗ったお皿を拭いていると、ロティさんがやってきた。
「初日からお疲れ様。残りはここの人達だけでやるから、もう戻っていいって」
「ロティさんは?」
「私は上が終わるまで戻れなーい。早く終わって欲しーい」
「お疲れ様です……あの、オスカー、勇者はどんな様子でした?」
「ずっと貴族のお嬢様方に囲まれてて、全然見えなーい。私も顔見たーい」
ロティさんはよっぽど疲れているのか、ちょっと壊れ気味だ。
「ロティさん、ちょっといいですか?」
私は腕輪を握り、ロティさんに回復魔法をかける。
「え、何コレ、魔法?」
「回復魔法はかけすぎると身体に良くないんで、ほんのちょっとだけ」
「え?ニナ魔法使えるの?なんでメイドなんてやってるの?」
「なんでって、忙しそうだから、お手伝い?」
「……ニナの事は後で確認しておくから、今日は取り敢えずもう休んで」
「すみません、お先に失礼します。ロティさん、がんばってください」
私はロティさんと別れて西棟へと向かった。
地下から地上に上がると、月が高くに上っているのが見えた。すっかり夜も更けている。
中央棟の二階の窓からは明かりが漏れ、微かに音楽が聞こえてきた。
あそこにオスカーがいるのかと思うと、何だか不思議な感じがした。
一緒に暮らして、一緒に歩いて、中身は魔王だったけど、あんな事こんな事をしたのが夢みたいだ。
……うん、魔王の事は夢であって欲しい。
私は忘れるように頭を振って、中央棟に背を向けた。
ここは私がいていい場所ではない。
西棟に向かう途中、庭園に明かりが灯されている事に気がついた。
かがり火ではなく、魔法の灯りだ。
魔法で長時間光らせておくには、かなりの魔力が必要になる。
どんな魔法なのか気になって、私は灯りに近づいてじっくりと観察した。
「こんな所でぼんやり立っていたら、木陰に連れ込まれてヤリ捨てられるよ」
すぐ後ろから声をかけられて、びっくりして振り返ると、ルーファスさんがいた。
「ええと、こんばんは」
「ニナ?何でそんな格好してるの?」
「私が聞きたいです」
「あー、取り敢えず、そこ座ろうか」
灯りのすぐ側にはベンチが置いてあり、私達はそこに腰掛けた。
「普通、ヤリ捨てられるとか言われた後は、もうちょっと警戒しない?」
「え?ルーファスさん、木陰に連れ込むような人なんですか?」
「いや、僕は連れ込むならベッドの中がいい」
「じゃあ、安心ですね」
「それ、取りようによっては、ベッドになら連れ込まれてもいいみたいだからね」
どう取ったらそんな風になるのか、良く分からない。
「まあいいか、で?なんでそんな格好でこんな所にいたの?」
「西棟に行ったら、急に夜会を開く事になったから早くこれに着替えるように言われて、ずっと駆け回ってました。あ、宮殿内は走ってないですよ」
「あー、それは、新しい使用人と間違われたなー。お客様なのにごめんね」
「いえ、お客様と言うような物でもないですし。皆さん忙しそうだったので、お手伝いできて良かったです」
「いい子だねー。それで、何でこんな所に突っ立ってたの?」
「魔法の外灯なんて凄いなと思って」
「お、それが分かるって事は、ひょっとしてニナは魔法が使える人?」
魔法を使う時は魔法陣が光るから、魔法で光を出すのは簡単だと思いがちだ。
実際難しくはないけど、光は魔力そのものなので、光らせ続けるとなると結構魔力を食ってしまう。
「落ちこぼれですけど、一応」
私が答えると、ルーファスさんは何かを思い出したのか目を見開いた。
「イーサ村のニナ、よく新しい術式を送ってきてた子か!」
「新しい術式は報告の義務があるんで、送ってましたけど……」
それがどうかしたんだろうか。
「あんなの守ってるのは君ぐらいのものだよ。僕は騎士だけど魔術師団に出向中でね。君から術式が届くと、魔術師団長が僕に、どんな魔法か読み解くように渡してくるんだよ。一つ一つはシンプルなのに、全体で見ると複雑過ぎて意味分かんない」
「そう、ですか?」
そんな複雑な術式を送った覚えはないので、私は曖昧に返事をした。
「僕が頭を抱えているのを見る度、あの人『ただ魔法をぶっ放すだけの魔兵と、本物の魔法使いの差だね』って嫌味を言ってくるんだよ。そうか、君かあ。こんな可愛い子だとはねー」
ルーファスさんにしげしげと見つめられて、私は落ち着かない。
何だか褒められ過ぎているから、誰か別の人と間違えてないだろうか。
「見たい」
居心地悪く黙っていると、ルーファスさんがぐいっと近づいてきた。
「魔術師団長が本物の魔法使いと認めた、君の魔法が見たい」
私の手を取り、熱い眼差しを向けてくるルーファスさんを見て気づく。
「さてはルーファスさん、魔法好きですね?」
「残念ながら才能がなくて、魔兵止まりだけどね」
気持ちは分かる。
術式を見たら実際使ったところを見たくなるし、凄い魔法を見たら術式が知りたくなる。
「分かりました。どんなのがいいですか?」
「一応ここは城内だからね、穏便な物で頼むよ」
穏便なもの。
私は辺りを見渡してから、中央棟の灯りを見つめた。
ここからだったら、ちょうどキレイに見えるだろう。
「いきます」
私は立ち上がると腕輪を握り、魔法を発動させる。
足元から魔法陣が出現し、私の身体をすり抜けると、光の玉となって頭上高く上っていく。
光の玉は弾ける瞬間、ドンと大きな音を響かせて、大きな光の花を咲かせた。
腕輪からはパシンと術式が壊れる音がして、開放された魔力が次の術式を発動させる。
色とりどりの光の花が夜空に咲いて、我ながらキレイだと思った。
魔法を発動し続けながらバルコニーを見ると、人が集まってきていた。
オスカーもこれを見ているだろうか。
私はあそこには行けないけれど、少しでも勇者の門出を祝えたなら嬉しい。
最後の術式の為に、私はありったけの魔力を腕輪に注ぐ。
次々と魔法陣が出現して、今までにないぐらい複雑で大きな紋様になる。
魔法陣は私の身体をすり抜けると、いくつもの光の玉となって頭上高く上っていき、次から次へと光の花を咲かせた。
ドンドンとお腹に響く大きな音と共に、花束のようにたくさんの光の花が開き、そして静寂が戻ってきた。
「ニナ……」
ルーファスさんが目を見開いて私を見つめる。
「君、バカだろ?」
「よく言われます」
ルーファスさんは震える手で腕輪を指差す。
「これだけの術式を書き込むのにどれだけ時間がかかった?しかも、保持してないから消えただろ」
「二年ぐらいですかね。もう使う事も無かっただろうから、ここで使えて良かったです」
オスカーがいずれ誰かと結婚する時に、家族では無い私が最大限祝福出来るようにと、おじさんが亡くなってから地道に組んできた魔法だ。
出来れば私の事を忘れないでいて欲しいと言う、身勝手な思いもあったけど、あんな事があってはもう使えない。
「え、ちょっと、ニナ?」
魔力を使い過ぎた私は、血の気が引いてその場に崩れ落ちる。
「ええー、どうするの、この騒ぎ」
ルーファスさんは私の身体を受け止めると、困ったような声を上げた。
「す、みま、せん……」
「うわー、ニナ、しっかり」
焦るルーファスさんの顔を最後に、私の視界は暗くなり、意識は重く沈んでいった。
夜会の準備の為、大勢の人が広間に集まっていたけど、ロティさんが言うような戦場のような荒っぽさは皆無だった。
無駄口を叩かず、無駄な動きをせず、淡々と準備は進む。
西棟を素晴らしい脚力で駆け抜けたロティさんも、宮殿内では決して走ることはなかった。
それでも、時間が無くて皆ピリピリしているのは分かったので、私は良く分からぬまま手伝いに集中した。
豪華な宮殿内を歩くのは、初めはおっかなびっくりだったけど、忙しさから直ぐにどうでも良くなった。
おおよその準備が終わる頃にはひたすら食器を磨き続け、夜会が始まった頃にはひたすら食器を洗い続けた。
予定ではオスカーが関係各位に挨拶をしてる間、私は休んでいられるはずだったのに、なぜこんな事になったんだろう。
そもそも、宮殿内に入れる訳にはいかないと言われて西棟に行ったのに、宮殿内に入っちゃってるし。
「あー、ニナいた!」
私が洗ったお皿を拭いていると、ロティさんがやってきた。
「初日からお疲れ様。残りはここの人達だけでやるから、もう戻っていいって」
「ロティさんは?」
「私は上が終わるまで戻れなーい。早く終わって欲しーい」
「お疲れ様です……あの、オスカー、勇者はどんな様子でした?」
「ずっと貴族のお嬢様方に囲まれてて、全然見えなーい。私も顔見たーい」
ロティさんはよっぽど疲れているのか、ちょっと壊れ気味だ。
「ロティさん、ちょっといいですか?」
私は腕輪を握り、ロティさんに回復魔法をかける。
「え、何コレ、魔法?」
「回復魔法はかけすぎると身体に良くないんで、ほんのちょっとだけ」
「え?ニナ魔法使えるの?なんでメイドなんてやってるの?」
「なんでって、忙しそうだから、お手伝い?」
「……ニナの事は後で確認しておくから、今日は取り敢えずもう休んで」
「すみません、お先に失礼します。ロティさん、がんばってください」
私はロティさんと別れて西棟へと向かった。
地下から地上に上がると、月が高くに上っているのが見えた。すっかり夜も更けている。
中央棟の二階の窓からは明かりが漏れ、微かに音楽が聞こえてきた。
あそこにオスカーがいるのかと思うと、何だか不思議な感じがした。
一緒に暮らして、一緒に歩いて、中身は魔王だったけど、あんな事こんな事をしたのが夢みたいだ。
……うん、魔王の事は夢であって欲しい。
私は忘れるように頭を振って、中央棟に背を向けた。
ここは私がいていい場所ではない。
西棟に向かう途中、庭園に明かりが灯されている事に気がついた。
かがり火ではなく、魔法の灯りだ。
魔法で長時間光らせておくには、かなりの魔力が必要になる。
どんな魔法なのか気になって、私は灯りに近づいてじっくりと観察した。
「こんな所でぼんやり立っていたら、木陰に連れ込まれてヤリ捨てられるよ」
すぐ後ろから声をかけられて、びっくりして振り返ると、ルーファスさんがいた。
「ええと、こんばんは」
「ニナ?何でそんな格好してるの?」
「私が聞きたいです」
「あー、取り敢えず、そこ座ろうか」
灯りのすぐ側にはベンチが置いてあり、私達はそこに腰掛けた。
「普通、ヤリ捨てられるとか言われた後は、もうちょっと警戒しない?」
「え?ルーファスさん、木陰に連れ込むような人なんですか?」
「いや、僕は連れ込むならベッドの中がいい」
「じゃあ、安心ですね」
「それ、取りようによっては、ベッドになら連れ込まれてもいいみたいだからね」
どう取ったらそんな風になるのか、良く分からない。
「まあいいか、で?なんでそんな格好でこんな所にいたの?」
「西棟に行ったら、急に夜会を開く事になったから早くこれに着替えるように言われて、ずっと駆け回ってました。あ、宮殿内は走ってないですよ」
「あー、それは、新しい使用人と間違われたなー。お客様なのにごめんね」
「いえ、お客様と言うような物でもないですし。皆さん忙しそうだったので、お手伝いできて良かったです」
「いい子だねー。それで、何でこんな所に突っ立ってたの?」
「魔法の外灯なんて凄いなと思って」
「お、それが分かるって事は、ひょっとしてニナは魔法が使える人?」
魔法を使う時は魔法陣が光るから、魔法で光を出すのは簡単だと思いがちだ。
実際難しくはないけど、光は魔力そのものなので、光らせ続けるとなると結構魔力を食ってしまう。
「落ちこぼれですけど、一応」
私が答えると、ルーファスさんは何かを思い出したのか目を見開いた。
「イーサ村のニナ、よく新しい術式を送ってきてた子か!」
「新しい術式は報告の義務があるんで、送ってましたけど……」
それがどうかしたんだろうか。
「あんなの守ってるのは君ぐらいのものだよ。僕は騎士だけど魔術師団に出向中でね。君から術式が届くと、魔術師団長が僕に、どんな魔法か読み解くように渡してくるんだよ。一つ一つはシンプルなのに、全体で見ると複雑過ぎて意味分かんない」
「そう、ですか?」
そんな複雑な術式を送った覚えはないので、私は曖昧に返事をした。
「僕が頭を抱えているのを見る度、あの人『ただ魔法をぶっ放すだけの魔兵と、本物の魔法使いの差だね』って嫌味を言ってくるんだよ。そうか、君かあ。こんな可愛い子だとはねー」
ルーファスさんにしげしげと見つめられて、私は落ち着かない。
何だか褒められ過ぎているから、誰か別の人と間違えてないだろうか。
「見たい」
居心地悪く黙っていると、ルーファスさんがぐいっと近づいてきた。
「魔術師団長が本物の魔法使いと認めた、君の魔法が見たい」
私の手を取り、熱い眼差しを向けてくるルーファスさんを見て気づく。
「さてはルーファスさん、魔法好きですね?」
「残念ながら才能がなくて、魔兵止まりだけどね」
気持ちは分かる。
術式を見たら実際使ったところを見たくなるし、凄い魔法を見たら術式が知りたくなる。
「分かりました。どんなのがいいですか?」
「一応ここは城内だからね、穏便な物で頼むよ」
穏便なもの。
私は辺りを見渡してから、中央棟の灯りを見つめた。
ここからだったら、ちょうどキレイに見えるだろう。
「いきます」
私は立ち上がると腕輪を握り、魔法を発動させる。
足元から魔法陣が出現し、私の身体をすり抜けると、光の玉となって頭上高く上っていく。
光の玉は弾ける瞬間、ドンと大きな音を響かせて、大きな光の花を咲かせた。
腕輪からはパシンと術式が壊れる音がして、開放された魔力が次の術式を発動させる。
色とりどりの光の花が夜空に咲いて、我ながらキレイだと思った。
魔法を発動し続けながらバルコニーを見ると、人が集まってきていた。
オスカーもこれを見ているだろうか。
私はあそこには行けないけれど、少しでも勇者の門出を祝えたなら嬉しい。
最後の術式の為に、私はありったけの魔力を腕輪に注ぐ。
次々と魔法陣が出現して、今までにないぐらい複雑で大きな紋様になる。
魔法陣は私の身体をすり抜けると、いくつもの光の玉となって頭上高く上っていき、次から次へと光の花を咲かせた。
ドンドンとお腹に響く大きな音と共に、花束のようにたくさんの光の花が開き、そして静寂が戻ってきた。
「ニナ……」
ルーファスさんが目を見開いて私を見つめる。
「君、バカだろ?」
「よく言われます」
ルーファスさんは震える手で腕輪を指差す。
「これだけの術式を書き込むのにどれだけ時間がかかった?しかも、保持してないから消えただろ」
「二年ぐらいですかね。もう使う事も無かっただろうから、ここで使えて良かったです」
オスカーがいずれ誰かと結婚する時に、家族では無い私が最大限祝福出来るようにと、おじさんが亡くなってから地道に組んできた魔法だ。
出来れば私の事を忘れないでいて欲しいと言う、身勝手な思いもあったけど、あんな事があってはもう使えない。
「え、ちょっと、ニナ?」
魔力を使い過ぎた私は、血の気が引いてその場に崩れ落ちる。
「ええー、どうするの、この騒ぎ」
ルーファスさんは私の身体を受け止めると、困ったような声を上げた。
「す、みま、せん……」
「うわー、ニナ、しっかり」
焦るルーファスさんの顔を最後に、私の視界は暗くなり、意識は重く沈んでいった。
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