あなたが側にいてくれるから

白玉しらす

文字の大きさ
18 / 18

17

しおりを挟む
 浴室での熱い一時に、すっかりのぼせてしまった私は、食卓に座ってジェイクが料理を出してくれるのを待っていた。
 長らく一人暮らしをしていたジェイクは、一通り家事ができる。
 やれる方がやればいいと、積極的に家事を引き受けてくれていた。
「今日も美味そうだな」
 キッチンからパンとスープ、焼いたお肉を運びながら、ジェイクは嬉しそうに言った。
「お肉を焼いてくれたのはジェイクでしょ」
「俺はこんな洒落たソースは作れない」
「野菜を刻んで炒めただけだよ」
「俺は塩コショウしかできないからな」
 ジェイクは料理を並べ終わると、座る私に軽くキスをしてから席についた。
 前はいつも無愛想だったから、あまりの変わり様に、いまだにびっくりしてしまう。

「なんだよ。変な顔して」
 簡単に祈りを捧げると、ジェイクがお肉にかぶりつきながら聞いてきた。
「前はなんであんなに無愛想だったのかなって思って」
「だから、恥ずかしかったんだよ」
 照れ隠しなのか、ジェイクはぶっきらぼうに答えた。やっぱりこっちのジェイクの方が見慣れていて落ち着く。
「それに、一度態度に出したら、歯止めが効かなくなる自覚はあったんだ。ちょっと前までエレノアは大変そうだったから、邪魔になりたくなかった」
「邪魔ではないけど、それどころじゃなかったのはあるかな。告白されても考える気にもなれなかったし」
「何?」
 お店を軌道に乗せるために必死だった頃を思い出しながら言うと、ジェイクの顔が険しくなった。
「告白って、誰からされたんだよ」
「え……誰って、精肉店のシオンとか、きこりのショーンさんとか、冒険者のギルさんとか、かなあ」
 私が思い出しながら言うと、ジェイクは歯噛みする様な顔で唸っていた。
「ジェイクだって、いっぱい告白されたでしょ?」
「俺はいいんだよ。ずっとエレノア一筋だから」
「そう言うものなの?」
「まあ、昔の事はいいか。今は恋人なんだし、これからもずっと一緒なんだし」
 ずっと一緒と言われると、やっぱり嬉しくて私は幸せな気持ちでジェイクを見つめた。


「もう仕事には慣れた?」
 食事を終え、お茶を出しながら聞くと、ジェイクはあちあち言いながら「ああ」と答えた。
「事務仕事も結構楽しい」
「本当に冒険者を辞めて良かったの?」
 街に帰ってきてすぐ、ジェイクは冒険者を辞めてギルドで働きだした。
 危険が少なくなって私は嬉しいけど、私のせいでやりたい事が出来ないでいるんじゃないか気になっていた。
「前も言っただろ。俺は別に冒険者になりたくてなった訳じゃないって」
「でも、評価もされて人気もあったのに」
「子供の頃、エレノアとよく山に行っただろ?おじさんからエレノアを守ってくれって言われて、俺もエレノアを守りたいと思った。そのために強くなろうとして、オヤジに付いて回っている内に気がついたら冒険者になってただけだよ」
「本当にそれだけ?」
「冒険者だったら、魔法薬屋に出入りしてもおかしくないし、他所の街に魔法薬を売りに行くにも、冒険者の方が都合が良かったってのもある」
「それって……」
「俺はエレノアのために生きてきたと言っても過言じゃない」
 得意気に言うジェイクに、私は何も言えないでじっとジェイクを見つめた。
「うわ、ひょっとして気持ち悪かったか?言うんじゃなかった」
「違うよ。ジェイクはそんなに大事に思ってくれているのに、私は何も返せてないなって」
 慌てて否定すると、ジェイクは優しく笑って私の手を握った。
「俺にはエレノアがいて、エレノアには俺がいる。それだけで、これ以上の幸せはない」
「うん、私も、凄く幸せ」
 泣いてしまいそうになりながら答えると、ジェイクは私の頭を優しく撫でてくれた。

「おじさんに、頼まれていたんだ」
「いつの話?」
「亡くなる少し前に俺を呼んだだろ?」
「ああ、そう言えばそんな事あったね」
「エレノアは寂しがり屋なのに、私の前ではいつも我慢してしまう。私にはエレノアの孤独を埋めてあげる事はできないから、後は君に託すよって」
「父さんがそんな事を……」
「まあ、君には無理かもしれないけどね、とも言われたけどな」
「父さんらしいね」
 父さんは私への当たりが強いジェイクの事を、あまり良く思っていなかった。
 だからジェイクを呼んだ時は驚いたけど、そんな話をしていたとは思わなかった。
「だから、俺の前では我慢するなよ。俺はエレノアのために生きてきたし、これからだってずっとそうなんだから」
「嬉しいけど、自分のために生きてくれていいんだよ?」
「俺がそうしたいんだから、いいんだよ」
「ええと、うん、ありがとう」
 ジェイクって、こんな人だったかなと思いながら、私は笑顔をジェイクに向けた。
 私の知らなかったジェイクを知るたび、もっとジェイクの事が好きになった。
 それが無性に、嬉しかった。


 夜になると、私達は同じベッドでくっつき合って眠った。
 私が使っていたベッドは一人用で狭いと言う事もあるけど、ジェイクが私を抱きしめて離さなかった。
「ジェイク、ちょっと苦しい」
「ああ、悪い」
 ジェイクが腕の力を緩めると、私はジェイクをぎゅっと抱きしめた。
 抱きしめられて苦しくなるなら、私が抱きしめてしまえばいい。
「エレノア」
「何?」
「いや、ちゃんといるなと思って、呼んだだけだ」
「ちゃんといるよ。だって、ずっと一緒なんでしょ?」
「そうだな。でも、あの時、何か一つでも欠けていたら、エレノアはここにいなかったかもしれないと思うと、ちょっと不安になる」
「そうだね……」
 あの事件の時、私が置き手紙を残さなければ、誕生日が近くなければ、ジェイクが来てくれなければ、私は今もあの屋敷にいただろう。
「私も、こうやってジェイクの温もりを感じる度、本当は全然知らない人と抱き合っていて、これは媚薬に狂った私が見ている幸せな夢なのかもなって、思ったりする」
「……怖い事言うなよ。エレノアを抱きしめるのも、キスするのも、あと……色々するのも、俺だけだからな」
 ジェイクはそう言うと、私の唇にキスをした。優しくて、甘くて、蕩けるようなキスだった。
「こんな愛情のこもったキスは、俺にしか出来ないだろ?」
「うん、そうだね」
 怒った様に言うジェイクがなんだか面白くて、私はくすくす笑いながら答えた。
「ジェイク」
 私はジェイクの名前を、精一杯心を込めて呼ぶと、その顔をじっと見つめた。
「好き」
 そのまま顔を近づけてそっとキスをする。
「お休みなさい」
 気持ちを込めたキスって、なんだかちょっと恥ずかしなと思いながら、顔を隠す様におでこをジェイクの胸板に押し付けた。
「そんな可愛いキスをしておきながら、そのまま寝られると思うなよ」
 ぐいっと私の顎を持ち上げ、それだけ言うと、ジェイクは私にキスをしてきた。
「んっ……ん、んっ……」
 舌を差し込み、絡みつかせるような舌遣いに、鼻から息が漏れてしまう。
「エレノア」
 私の顔を見つめて、許可を取るように名前を呼ぶので、私はキスでそれに答えた。
「もう、離さない。何があっても」
 私の寝巻きを脱がせながら、耳元でそれだけ囁くと、ジェイクは私の身体に手を這わせた。
 そこにあるのを確かめるような手付きに、私もジェイクの身体に手を伸ばす。
 心も身体も、とても近くにジェイクを感じられて、私の不安や心配をすっかり吹き飛ばしていった。

「生きていると嫌な事ばかり」

 頭の中で響いた女の人の声を、以前の私は否定する事ができなかった。
 でも、もうその声に引っ張られてしまう事はないだろう。
 嫌な事もいい事も、私と共に受け止めてくれる、あなたが側にいてくれるから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

たとえ愛がなくても、あなたのそばにいられるのなら

魚谷
恋愛
ヴェルンハイム伯爵家の私生児ハイネは家の借金のため、両親によって資産家のエッケン侯爵の愛人になることを強いられようとしていた。 ハイネは耐えきれず家を飛び出し、幼馴染みで初恋のアーサーの元に向かい、彼に抱いてほしいと望んだ。 男性を知らないハイネは、エッケンとの結婚が避けられないのであれば、せめて想い人であるアーサーに初めてを捧げたかった。 アーサーは事情を知るや、ハイネに契約結婚を提案する。 伯爵家の借金を肩代わりする代わりに、自分と結婚し、跡継ぎを産め、と。 アーサーは多くの女性たちと浮名を流し、子どもの頃とは大きく違っていたが、今も想いを寄せる相手であることに変わりは無かった。ハイネはアーサーとの契約結婚を受け入れる。 ※他のサイトにも投稿しています

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...