白雪姫とシンデレラ

白玉しらす

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10.魔法が解けたシンデレラ

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 魔法攻撃だと思ったら物理攻撃だった。
 そう思うぐらいの爆風に、私は尻もちをついた。
「シンデレラ!シンデレラ!」
 死んでしまったんじゃないか。そう思うと私は半狂乱でシンデレラの元に駆け寄った。
「大丈夫か?白雪」
「それはこっちのセリフです」
 シンデレラはいつも通りの美しい顔をしているけど、何か違和感があった。
 いつもより声が低い気がするし、なんか背が伸びている気がするし、丸みが減って少し角ばった気がする。
「シンデレラ……まさか……」
 魔法使いは、男にな~れと言った。
 つまり、ついてしまったんだろうか。シンデレラに、わいせつ物が。
 シンデレラはペタペタと身体を触ると、突然笑いだした。
「ふ、ふっ……くっ、くっ……あはははは!」
 シンデレラが壊れた。
 無理もない。私だっていきなり男になったら正気を保つ自身が無い。
「だ、だ、大丈夫です。ついていようがついていまいが、シンデレラはシンデレラです。シンデレラのシンデレラだってシンデレラです」
 これじゃあ私が大丈夫じゃない。訳の分からない事を言う私の頭を、シンデレラが優しくぽんと叩いた。
「大丈夫だよ。元に戻っただけだ」
「元に、戻った?」
「もう、大丈夫。白雪はここで見ていてくれ」
 シンデレラはそれだけ言うと、魔法使いに対峙した。

「我が名はエリック・リンゼイ・フォックス。我が魂に眠りし封魔の剣にて、お前を討つ」
 シンデレラは魔法で男になってもドレスを着たままだ。それなのに、凛とした声で発せられた名乗りはとてもかっこよかった。
 かっこいいシンデレラの胸部が光ったと思ったら、そこから剣の柄が出現した。
 シンデレラは柄を掴むと一気に引き抜き、なんか大きくてやたらゴツゴツした剣を両手に持ち、構えた。
「それは……」
「フォックス家の男子に受け継がれし魂が剣、グレーステシュテルケ。今こそその真価を発揮する時。行くぞ!」
 シンデレラって、こんな話だっけ。
 急な少年漫画展開に、私は呆然とシンデレラを見つめる事しかできなかった。
「もう生きるのにも飽き飽きしていた時に、やけになって作った対私用の武器じゃない。道理でシンデレラの城に見覚えがあると思ったわ」
「この秘剣、グレーステシュテルケを恐れて、私を女にしたんじゃないのか!」
「たまたまあなたの見た目がシンデレラにピッタリだっただけよ」
 斬りかかるシンデレラを避ける事なく、魔法使いは魔法の障壁のようなもので剣を弾いていた。
「くっ、グレーステシュテルケが効かない……」
「ちょっと、その名前言うの止めてくれない?」
 魔法使いがあからさまに嫌そうな顔をした。なる程、それが弱点か。
「シンデレラ!なにか奥義はありませんか?きっとあるはずです。だってグレーステシュテルケですよ!グレースシュテルケに相応しいカッコいい奥義があるはずです!なにせグレーステシュテルケですから!」
「やだ、やめてよ。若かったのよ。もう許して」
「奥義……シュヴェアト・ウム・ブリンゲンか」
「やめて。ほんともう、やめて」
「強そうですね!シュヴェアト・ウム・ブリンゲン!さすがグレースシュテルケの奥義だけあって、いかにもな名前です!」
「やめなさいって言ってるでしょ!」
 魔法使いの叫び声と共に突風が吹き、私はころころと転がった。
 弱点を突きすぎてキレさせてしまった。作戦失敗だ。

「白雪、君と過ごせてとても楽しかった」
 シンデレラは突風にも耐え、剣を構えたままだ。
「誓いを破って、すまない」
「シンデレラ?」
 何、その死ぬ前のイベントスチルみたいなセリフ。
「我が命、グレースシュテルケに捧ぐ。奥義、シュヴェアト・ウム・ブリンゲン!」
「バカね、昔の私ならいざ知らず、今の私にそれを使っても、死ぬのはあなただけよ」
 だめだ。これは使うと死んでしまう系最終奥義だ。そんなものをシンデレラに使わせる訳にはいかない。
「だめです。だめだめ。ダメ、絶対!」
 私はシンデレラにしがみついて必死で止めた。
「君のおかげで、少しだけ夢が見られた。それで十分だ」
「夢は叶えてなんぼなんですよ!そんな奥義、私が使わせません」
「白雪!」
 私はしがみついていたシンデレラから手を離すと、魔法使いの元に駆け寄った。


「どれだけ世界を改変しても、神になんてなれませんよ!」
「うるさいわね。あなたは早く小人の家に戻りなさいよ」
 苛つく魔法使いは再び紫の光球を出現させた。でももう、私は怯んだりしない。
「受け手がいて初めて神は神たりうるんです。崇める人がいるから神になれる。こんな事をしていても、あなたは神になれない!」
「何よ。じゃあどうすればいいって言うの」
「あなたの才能を見せつけるんです!」
「私の、才能……」
 かかった。まんざらでも無さそうな顔になる魔法使いに、私は捲し立てる。
「数多の神作品を押し頂いてきた私には分かります。あなたには、才能がある」
「え、本当?」
「まだまだ荒削りながらも、個性的なキャラクターは書けています。七人の小人は残りの四人はどんなキャラクターでどんなプレイをするんだろうと思わせるだけの力はあると感じました。自分が書きたいシーンだけを書くのではなく、主人公に共感できるような話運びを心がけるといいでしょう」
 どこぞの漫画賞の選評のような事をでっち上げると、魔法使いは紫の光球を消してもじもじと話しだした。
「私でも、神の世界で戦えるかしら。本当は私、マットPP加工にエナメル加工でシズル感ある表紙の本を作ってみたいの。ジパングリッチゴールドの遊び紙で高級感を出しつつ、型抜き加工で遊び心も持たせられたらいいなって」
 やけに具体的だな。
「いい印刷会社紹介しましょうか?」
「大丈夫。私には求めるものを最適な形、最安値で提供してくれるお店を見分ける能力があるから」
「地味に凄い能力ですね」
「ありがとう。あなたのおかげで一歩踏み出す勇気が持てたわ。ちょっと私、向こうの世界で神になってくる……」
 言い終わるか終わらないかで魔法使いは消えてしまった。
「シンデレラ!やりましたよ!魔法使いを追い払いました!」
 意気揚々と後ろを振り返ると、シンデレラが難しい顔で私を見つめていた。
「世界の歪みは、そのままなんだな」
「……ど、どうしましょう。私……」
 シンデレラを守る事で頭が一杯で、当初の目的を忘れていた。
「とりあえず、一度戻ろう」
 シンデレラが私に向かって優しく微笑んだ。
 王子様のような笑顔に、シンデレラが元に戻ったとかなんとか言っていた事を思い出したけど、しでかした事の重大さにそれどころでは無かった。


「まずは、謝らせてほしい。黙っていてすまなかった」
 いつもの小屋でいつものハーブティーを飲みながら、シンデレラは私に謝ってきた。
 どこにあったのか、ズボンと男物のシャツを着て、髪は長いままだけど見た目は完全に男の人になっていた。
「なんで黙っていたんですか?」
「白雪は男を怖がっていたようだったから、言わない方がいいと思った。男に戻れるとも思っていなかったし……白雪は女のままの私の方が良かったか?」
「いえ、シンデレラはシンデレラなので……あ、名前はシンデレラじゃないんでしたっけ?」
「エリック・リンゼイ・フォックス。それが私の名だ。でも、白雪の呼びたい様に呼んでくれて構わない」
「本名を知ったからにはちゃんと呼びますよ。エリック」
 試しにエリックと呼んでみたら、シンデレラ……じゃない、エリックは目を見開いて私を見つめた。
「思いの外、嬉しいものだな。もう一度、呼んでくれないか?」
「エリック、エリック、エリック」
 シンデレラが男だろうが女だろうが、幸せになって欲しいと思った事は変わらない。
 名前を呼ぶだけで幸せな気持ちになれるなら、いくらでも呼んであげようと思った。
「凄いな、白雪は。今ならなんでも出来そうな気がする。世界の歪みは私がどうにかしよう。白雪は側で見守っていてくれ」
 上機嫌で笑うシンデレラは、私に向かって手を伸ばすと、頬に手を当てそっと唇に触れた。
「ずっと側にいてくれると、誓ってくれたからな」
 エッロ。
 二人でキャンプをした時、そう思った私は正しかったんじゃないか。
 エリックの顔を見ながら、私はそんな事を考えていた。
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