イセカイ召命譚

すいせーむし

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短編集⓪ カーリスの家

短編 甘い午後

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 ある日の昼下がり。
 俺は医務室で、時間を持て余していた。

 本を読むことでこの世界の知識を得ることは楽しい。しかし、そればかりでは飽きてしまう。

「あーあ、暇だなぁ……」

 そんな独り言を口にしていると、トントン、とドアを叩く音が聞こえてきた」

「レン兄さん、起きてますか?」

 扉の外から小さな声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。

「クララか。あぁ、起きてるよ」

 そう返事をすると、扉が静かに開き、白い布を頭に巻いたクララが顔を覗かせた。
 その後ろには、彼女の肩越しに二人の女の子が並んで立っている。

 魔物にさらわれかけたところをリオが助け出した双子、ミリナとシイナ。
 今ではよくカーリスの家に遊びに来ており、クララとはとても仲がいい。

「ミリナとシイナも一緒か」

「うん!今日は三人で来たの!」

 ミリナが明るい声で言う。
 そんな彼女の手には、小さな籠が抱えられていた。そこからふんわりと、甘くてやさしい香りが漂ってくる。

「それ……もしかして」

「じゃーん!」

 シイナが胸を張って籠の布をめくる。
 中には、焼きたてのクッキーが並んでいた。

「れ、レン兄さんが退屈してるってデルタさんから聞いたから、ちょっとでも元気になってほしくて……」

 クララは照れくさそうに笑った。そんな彼女をミリナとシイナは嬉しそうに顔を見合わせている。

「ありがとう。嬉しいよ」

「クララがね、作ろうって言ったの!」
「私達は手伝っただけなの!」

「えっ……そ、そんな言い方しないでよ!」

 クララが頬を赤らめ、両手でエプロンの端を握りしめる。
 その仕草があまりに可愛らしくて、俺はつい笑ってしまった。

「クララが作ってくれたのか。そりゃ、早く食べなきゃな」

「ちょ、ちょっと待って! まだあるの!」

 クララが慌てて部屋から出て行く。
 そうして、数分も経たないうちに戻ってきたかと思えば、その手には湯気の立つ何かの乗った皿があった。

「……これは?」

「アップルパイ。ミリナとシイナと一緒に作ったの」

 皿の上に顔を覗かせると。焼きたての香ばしい匂いがふわりと広がり、鼻腔をやさしく刺激する。
 表面には淡い焼き色がつき、ところどころからとろりと蜜がにじんでいた。

「き、昨日、デルタさんがリンゴをくれて……ちょっと焦がしちゃったけど」

 クララはおずおずと笑う。

 皿を差し出す手が、ほんの少しだけ震えていた。

「……大丈夫。すごく、いい匂いだ」

 そう言うと、クララはほっとしたように胸に手を当てた。
 ミリナとシイナが後ろで顔を見合わせ、小さくガッツポーズをしている。

「ほらほら、冷めないうちに!」
「ねぇレン兄さん、クララ、ずっとレン兄さんのこと心配してたんだよ!」

「ちょ、シイナちゃん!恥ずかしいから言わないで!」

 わたわたと慌てるクララを見て、思わず笑ってしまう。
 そんな彼女の手元から、湯気とともに甘い香りがまたふわりと立ちのぼった。

「じゃあ……いただこうかな」

 クララに手渡されたフォークでパイの端をそっと切る。
 サクッという軽い音がして、バターの香ばしさが一層広がった。

 ひと口、口に運ぶ。

 外はサクサクと心地よい食感で、中はしっとりとやわらかい。
 噛むたびにリンゴの甘酸っぱさがほどけ、ほんのり香るシナモンがその余韻を優しく包み込む。
 温かな甘みが舌の上に広がり、胸の奥までじんわりと染みわたっていった。

「お、おいしい……?」

「うん、美味い」

 素直にそう言葉がこぼれた。
 するとクララがぱちりと瞬きをして、まるで信じられないという風に俺の顔を見つめる。

「ほ、ほんとに……?」

「いや、本当だよ。めちゃくちゃ美味しい」

 クララの頬がみるみるうちに赤くなり、口元が小さく綻ぶ。
 その顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 
「わ、私、ちゃんと作れてた……?」

「うん。ちゃんとどころか、完璧」

 そう言うと、クララは俯いて、指先でもじもじとエプロンの裾をいじり始める。その肩が小さく震えているのは、嬉しさを堪えているからだとすぐに分かった。

「よ、よかったぁ……」

 小さく漏れたその声は、まるで雪のように静かでやわらかい。

「ここに来るまで、クララね。すごく緊張してたんだよ!」
「せっかくのお見舞いなのに、美味しくなかったらどうしようってずっと言ってたの!」

 ミリナとシイナが無邪気に笑った。

「あ、あぁ……ミリナちゃん、シイナちゃん、本当に言わないで……」

 クララは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆い隠す。

「でもほんとだよ!」
「クララ、レン兄さんのこと、ずーっと心配してたんだよ!」

 双子が声をそろえて言う。
 その無邪気な言葉に、クララの肩がぴくりと跳ねた。

「……そんなに心配してたのか?」

 思わずそう尋ねると、クララは小さく頷いた。
 その動きに合わせて、白い布の端がふわりと揺れる。

「だって……レン兄さん、怪我したって聞いて。痛いのかなって思うと、胸がぎゅってなって……」

 小さな声だった。

「だから、美味しいもの食べて……元気になって欲しかったの」

 はっきりと伝わってくる真っ直ぐな想いに、言葉が詰まる。

「そっか。ありがとう、クララ。心配してくれて」

 そう言うと、クララはようやく手を下ろし、少しだけ視線を上げた。
 その頬はまだ赤いけれど、瞳は安心したように柔らかく光っている。

「……わ、私、あんまり料理、上手じゃないけど……食べてもらえて嬉しい」

「十分すぎるほど上手だよ。俺が毎日食べたいと思うくらいには」

「え……?」

 クララがきょとんと目を瞬かせる。

「レン兄さん、クッキーもあるからね!」
「食べていいよー!」

 彼女の隣で、わいわいと賑やかな声とともに双子が机の上に籠を置く。中にはクッキーがぎっしりと並んでいた。

「焦げてるのはミリナがやったとこ!」
「違う!シイナのやったとこ!」

 確かに、焦げているのもあれば形の崩れたものもある。しかし、それがまた、手作りのあたたかさを感じさせた。

「おいしい!」
「ちょっと焦げてるけど、これはこれで絶品」

 気づけば、双子はもうクッキーをつまみ始めていた。

「レン兄さんも食べよ!」
「美味しいよー!」

 双子が向かいの椅子を引き、クララもおずおずと腰を下ろす。

 四人で机を囲み、少しずつクッキーをつまんだ。
 ぽろぽろとこぼれた欠片を拾いながら、他愛もない話をして、笑って。

 気づけば、医務室の窓から差し込む光が、金色に揺れていた。
 そして、俺は口を開く。

「クララ」

 名を呼ぶと、クララはびくりと肩を震わせた。
 そして、おそるおそるこちらを見上げる。

「な、なに?」

 その頬には、まだほんのりと赤みが残っていた。

「また、作ってくれるか?」

 一拍の沈黙。
 クララの目がぱちりと瞬き、次の瞬間、花が咲くように笑顔が広がった。

「うん……次は、もっと美味しく作るね」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
 医務室に満ちた甘い香りの中で、穏やかな午後の時間が、静かに流れていった。
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