上 下
6 / 7

第5話 初めての錬金術

しおりを挟む

「あったー! りんごの木」

 俺は大喜びでガッツポーズした。
 一時はどうなることかと思ったからだ。

「俺ら普通に食ったもんな。まさか錬金術用だったとはな、知らないもんなぁ。なぁ、ポチ?」
「クゥーン」

 りんごの木は、あまり苦労することなく川を超えた森の中で見つかった。

 この森はやはり異世界らしいというか、多種多様な実が成っていて、土地柄とか土壌とかの影響をあまり受けていないだろうと思った。だからこそ、あっちにも、こっちにも、りんご以外にも見たことのない植物があるんだと思う。

 そして、ここに来る間、めちゃくちゃ闘った。
 武闘派の亮とは違い、魔法を使うか、「殴る」のが俺の闘い方。魔法はいいとしても、殴るって、何で殴るんだ? やっぱり漢は拳ってこと?

 俺たちは戦闘にもだいぶ慣れ、相変わらず俺のレベルはサクサク上がり、そう苦戦することなく家に戻って来られた。

「いよいよ、錬金術かぁ……」
「初錬金術だから、俺も眺めているよ。興味あるし」

 と亮。

 なんとリビングにもともと設置されているこの大釜と、ダイニングテーブルに置いてあった木のロッドを錬成に使うらしい。

 ……んで、どうやって?
 
 それについて俺は文句を言いたい。
 錬金術の本をくれたのも、俺たちを異世界へ呼んだのも、万象の女神フレイヤだ。
 普通、錬金術の本に詳しく書いてあるだろうと思うだろう?

 違うんだ。
 彼女は……絶対ズボラだ。

 本に書いてあったのは、
『・皮を剥いたリンゴ
 ・メシュメルの実(中身)
 ・小麦粉 
 ・【ミール液】 
 ・【火薬草の結晶】 
 をいい塩梅で混ぜて木のロッドでかき混ぜろ。
 錬成が終わったら、練金釜に手を添えて、「錬成終了。――回収!」と言うのだ。
 あとは、そうだな。【マジックバッグ】を役立てろ』

 だそうだ。
 小麦粉はいい。練金釜の横の収納棚に入ってたから。
 だけど、【ミール液】ってなんだ?
 【火薬草の結晶】ってなんだよ?
 【マジックバッグ】ってなんのこと?
 【】って、何の意味でついてるんだよ~⁉︎

 教わるより慣れろってか?
 世界が危機に晒されてるのに?
 急がなくていいのか?
 どうなってんだよ、……ったく。

「せっかくだけど、亮。まだ材料足りないみたいだ」
「ええええ! 小麦粉と砂糖と塩と、バターとベーキングパウダーとりんごとかじゃねえの?」

 ……妙に詳しいな。さては亮、お料理男子だな?

「お前、錬金術士なんだろ? やり方とか、スキルとかでわかんねぇの?」

 ――うん。亮の言う通りだ。

 俺のスキルといえば、――そうだ! 「鑑定」がある。このスキルを使えば、大抵のことはわかりそうだな。盲点だった。

 俺はもう一度、ダイニングテーブルを見る。

「スキル、鑑定!」
 ・木のロッド(普通)
 ・【マジックバッグ】(最高品質)

 ――あった! 俺は【マジックバッグ】を詳しく鑑定してみる。

 ――ピコン!
【マジックバッグ(最高品質) 中は亜空間領域となっている。錬成前の素材アイテムや生活雑貨、食糧など、生き物以外の物を保管することができ、個数と大きさの制限は特にない。
 収納時点から劣化が止まり、温度や状態はキープされ、かつ、バックに重量は加算されない。
 使用には魔力MPが必要。アイテムの出し入れでを魔力MPを消費する。
 また、使用者登録が必要である】

 ――何だこれ。すごい便利じゃないか。

 ――ピコン!
『使用者を鈴木創太に改めますか?
 ▶︎はい
  いいえ』

 俺はポップアップのはいをタッチパネルのように押してみた。

 ――『こんにちは。今から私はあなたの【マジックバッグ】です。よろしくお願い致します。ご主人様』

「おお、なんかこのバッグが使えるようになったぞ」
「よかったじゃん。で、何か入ってないのか?」
「ええと……」

 ――えーと、【ミール液】に【火薬草の結晶】だったか?

 亮に言われるまま、肩から中に手を突っ込み、手に鑑定の力を付与しつつ、あーでもないこーでもないと言いながら探してみる。

「なぁ、創太。バッグの大きさに対して、明らかにお前の腕がどんどん入っていくんだけど。どうなってんだそれ」
「亜空間領域なんだってさ」
「なんじゃそりゃ」
「おそらく、無限ってことなんじゃないかと思ってる」
「なるほど、なぁ……。さすが異世界」

 ――あったぞ! 【アップルパイ】を錬成するのに足りなかったアイテムが。

 俺は早速、本に書いてあったとおりの材料をいい塩梅、もといで練金釜へ入れていく。
 そしてこの木のロッドでかき混ぜれば……!

「創太、なんだか焦げ臭くないか?」
「言われてみれば……いや、言われてみなくても俺の視界は既に黒煙で真っ暗だ」
「ポチ! 一旦逃げるぞ!」
「ワンッ!」

 俺は亮とポチに見捨てられた。
 ――でも、それが正解だったんだ。

 ――ボオオオオオオオン!

 けたたましい音と、【アップルパイ】(仮)だった何かが、消し炭になって弾け飛んだ。

 それにしても、これが錬金術士の特性なのか。俺も錬金釜も、爆発の割には無事だ。……真っ黒だけど。俺は、本の指示どおりに試してみる。

 練金釜に手をかざし、「錬成終了。――回収!」と。

 すると、丸焦げのパイが浮かび上がってきた。
 いや、パイと呼ぶのも烏滸おこがましいかもしれない。黒いナニカだ。

「あのー。創太、大丈夫……じゃなさそうだな?」
「いや、生きてはいる。初の錬成アイテム、食べてみないか?」

 ドロオオオオオオンとした見た目。真っ黒なナニカ。

 俺は亮と一緒に一口食べてみた。

「「まっず! おええええ」」

 ――そして学んだ。
 不老不死は、病気では死なない。
 けれど、病気にはなるものである、と。

 俺たちは、三日三晩、激しい腹痛と嘔吐に苦しんだ。不幸中の幸いは、ポチが口にしなかったことだけだった。




しおりを挟む

処理中です...