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第1話 帰省
しおりを挟む「またアプリ落ちた……」
発火するのではないかと思うほど熱くなった俺のスマホ。
バス停を降りてからマップアプリを起動しただけだというのに、突然画面がブラックアウトして電源が落ちた。
「寿命かなぁ……。はぁ、仕方ないか」
祖父母の家まで多分徒歩15分くらい。
俺は遠い昔の記憶を頼りに足を進める。
「あちぃ……」
頭のてっぺんから噴き出すような汗。
陽を遮るものがないこのなだらかな登り道、ぎらつく太陽とアスファルトの熱気に挟み撃ちされて、俺の干物が出来上がりそうだ。
……そこで干からびてる、ミニガエルみたいに。
左手には緑豊かな山、視界の奥にも山。右手にはまたまた山。山山山、山しかない。
あ、違うな。右手にはくすんだ白のガードレールと山から流れ出る用水路がある。
ーー20××年、広島郊外。
高2の夏休み。俺は、たった1人で祖父母の家に帰省することになった。
特別な理由なんてない。
ただ、俺が望んだからだ。
この蒸し暑さも、緑の青臭さも、ついでに用水路の泥臭さや田舎らしい風景も。俺は全部好きなんだ。もちろん、じいちゃんばぁちゃんは別格だ。
なぜか心がキュンとして、「帰ってきた」って気分になるんだよな。
――キュン、だなんて、乙女か! 俺。
でもいいんだ。乙女だってなんだって。
「光一~!」
――ホラ、遠くでばぁちゃんが手を振ってる。
じぃちゃんは、照れ臭そうに手を上げて。
「じぃちゃーん! ばぁちゃーん!」
――あぁ、帰ってきた。俺の第2の家に。
俺の胸は、乙女のようにいじらしく(?)、キュンと焦がれて熱くなった。
◇ ◇ ◇
「よく来たねぇ。家から何時間かかったの?」
「うーん。9時間くらいかな」
「それはようけ時間かかって。大義じゃったのお」
「いいんだ。楽しかったし、会いたかったから」
じぃちゃんの趣味があふれたハイカラなリビングで、えんじ色のソファに座ってローテーブルを囲む。2人の笑みは、ぬるい麦茶とともにゆっくり俺の身体に沁み渡る。
「相変わらず、すごいなぁ……」
右手には床から天井までの高さの大きな本棚。
本棚のガラス戸に映った短髪の俺越しに、びっしりと埋め尽くされた本が目に入る。
「おお、よういちも本に興味が出てきたんか。貸してやってもええんじゃぞ。オススメは……」
「いっ、いや、やめとく……! それに俺は光一だからね。
俺も本は好きだけど、じぃちゃんの好きな本はちょっと……」
俺はじぃちゃんの言葉を遮りながら本棚を見渡す。
――やっぱり昔から、じぃちゃんの好みは変わっていない。
『山間民家殺人事件』
『血塗られた客間』
『壊れたラジオと携帯電話』
――うぅぅ。俺、お腹痛いかも。
じぃちゃんの期待に応えられなくて申し訳ないけど、俺はホラーがこの上なく苦手だ。
夜起きても、極力トイレは行かずに我慢する。
じゃあ夜中に喉が渇いたら?
――答え。キッチンに行かなくてもいいように枕元には常に飲み物を用意してある。
夜、っていうだけでめちゃくちゃ怖いんだ。
ナニカと目が合いそうで怖いんだ。
――そう。俺は、極度の怖がりだ。
今回の帰省だって、許されるならばぁちゃんと一緒に客間で寝たい。もう高2のいい年した野郎だろ俺、とか、そんな恥じらい掻き捨ててやる。
――ボーン! ボーン!
「あぁ、もうこんな時間ね。光一、お風呂入ってきなさい。その間に晩御飯用意しとくからね」
「あぁ、ありがとう」
いつの間にか夜の8時になっていた。
ばぁちゃんはソファの肘置きを支えにゆっくりと立ち上がる。
――ばぁちゃん、痩せたな……。じぃちゃんも。
2人は戦争を生き抜いた人たちだ。
じぃちゃんは徴兵されて、戦いに行っていたらしい。だけど、当時の話はあまり深くは語らない――いや、俺が怖くて聞けないんだ。
積み上げた歴史や痛みは、風化させちゃいけない。それはわかってるけど、怖いんだ。
「よういち、早う風呂入ってこんかい」
「――あ、うん。ごめん。後がつかえるよな、行ってくる」
俺はもう、光一だと訂正しなかった。
じぃちゃんももう90代だもんな。
些細なことでイチイチ訂正してたんじゃ、じぃちゃんが気を悪くしちまう。
俺の名前を正しく呼んでくれなくたっていい。これだけ元気にいてくれるんだ。そのことに感謝しなくっちゃいけないよな。
「あ……」
ソファから立ち上がろうとして、またホラー小説と目があってしまい、俺はブルっと身震いする。
せっかく帰省しているというのに、俺はなぜか怖いことばかり頭に浮かんでしまう。
深夜が近づいているからかもしれない。
俺は布団を敷いて寝る、客間が大の苦手だ。
ベッドじゃないから、とか
和室だから、とか
そんな我儘な理由じゃない。
――壁一面に飾られた、ご先祖様たちの遺影がこの上なく怖いんだ。
……ご先祖様方に対して、不謹慎なんだけどさ。
◇ ◇ ◇ ◆
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