上 下
10 / 60

10. 嫌な予感

しおりを挟む
「感動の再会に立ち話ってのもなんだよなぁ。ちょっと、付き合えよ」
 男の口調には、有無を言わせぬ響きがあった。
 対する東堂は、さっきから一言も発していない。それどころか、何かを悟ったような顔で、携帯をポケットに戻そうとしている。
 おかしい。何かが絶対的におかしい。
 そう思ったら、将吾は我慢していられなかった。
「失礼ですが、あなたは東堂のお知り合いですか?」
 声の掛け方、東堂を苗字でなく名前で呼ぶこと、男の態度は確かに知り合いに対するそれではある。だが、東堂の表情も、何も言わないことも、何もかもがおかしかった。
 将吾の勘違いで、本当にただの知り合いであったとしても失礼にはならない程度を意識しながらも、将吾は牽制の意図を込めて声をかける。将吾の声に東堂がこちらを振り向いたのが分かったが、将吾は相手の男から目を逸らさなかった。
「ああ、これは失礼。俺はコイツとはちょっとしたオトモダチ、ってところかな」
 あたかもこちらの存在に今気づきました、という態度が白々しく鼻につく。明らかに、「オトモダチ」のところに微妙な含みを持たせた言い方だった。
 その言葉を聞いた東堂が、能面のように凍りついていた表情をわずかに歪めるのが視界の端に映る。
 ——まあ、こりゃどう見ても一般的に言うところの「ご友人」じゃあ、なさそうだよなあ。面倒なのに捕まったな……。
 大人になれば、複雑な関係性やしがらみの一つ二つ(あるいはそれ以上)、誰にでもあるものだ。東堂だって例外ではないだろう。
「……今更、何の用だ。お前とはもう関わらないと言ったはずだろう」
 東堂が初めて口を開いた。声が硬い。いつもの辛辣な硬さではなく、張り詰めるような緊張感をはらんだ、聞いていて胸が苦しくなるような、硬さだ。
「またまた、つれないなぁ。いいのか? こんな外で大っぴらに話して。……ああ、そうか。こいつが新しい男か」
 男が将吾を顎で指してとんでもないことを言い出すので、将吾は目を白黒させた。この男は一体何を言っているのか?
 完全に混乱している将吾の方をを見やり、東堂はため息をついた。
「お前のやり口が汚いのも変わっていないな……。で? どこへ連れて行く気だ?」
 男の挑発こそ受け流したが、諦めたような声でそう言う東堂に、将吾は今度こそ驚きを隠せなかった。
 いつもの東堂であれば考えられない。
 相手にせずさっさとこの場を去ることもできたはず、というより、将吾の知っている東堂なら、まず100%そうする。なぜ、この男の強引なやり方に従うのか。
 ——もしかして。
 そう思った十分後には、将吾の嫌な予感が当たっていたことが証明された。
しおりを挟む

処理中です...