上 下
15 / 60

15. お前は、お前だろ

しおりを挟む
 店を出てからも無言で歩き続ける東堂の背中を見つめて歩きながら、将吾はずっと声をかけあぐねていた。
 聞きたいことは山ほどある。だが、どの疑問も、そのまま東堂にぶつけていいものか、答えの出ないものばかりだった。
 駅に着くと、東堂がようやく口を開いた。
「小野……」
 将吾は妙に緊張して、何と返したらいいか分からず、口を開いたり閉じたりする。
「今日は、巻き込んですまなかった。俺の勝手な一存で、記事を握りつぶすことになったのも、何も言い訳はできない」
 ——謝って、る……あの完璧嫌味男が……。
 本来なら、素直に謝る東堂なんて社内特ダネ級の一大ニュースだ。しかし、今はそれがこれっぽっちも嬉しくなかった。
「お前がこのことをキャップに報告するというなら、俺に止める権利はない。……だが、できれば、この件は俺に預からせてほしい」
 東堂の声は、苦しそうだった。つとめて感情を排除し、冷静に振るまおうとしているが、聞いているこちらの胸が痛くなる。
 ここで否と言えるほど、将吾は人でなしにはなれなかった。
 会社の立場、社会的な意義、自分個人のキャリア、どの観点から見たって、今日の取材は記事にすべきだ。そのくらいは将吾にも分かる。その犠牲になるのがたかだか同僚一人のプライベートな人間関係ならば、天秤にかけてどちらを取るかは、明らかだろう。
 けれど、最初から、将吾の中で答えは出ていた。
「分かった」
「お前……」
 即答する将吾に、いいのか、と問うような目。自分で頼んでおいて、こちらが承諾するとは信じていなかったようなその表情に、将吾は少し呆れる。
 ——信用されてねえなあ……まあ、仕方ないか。
「お前のことだ、なんか考えてんだろ。俺はその判断を尊重する」
 そう将吾が告げると、東堂は少し目を見開いて、それからまた視線を落とした。
 少しの間、沈黙が降りる。あたりの喧騒が、二人の頭の上を通り抜けていく。
「……小野は」
 考えた末に、決意したように、東堂がポツリと言った。
「俺が、気持ち悪くないのか」
「は?」
 何を聞かれたのか一瞬飲み込めなくて、将吾はポカンとする。
「ッその、俺が、男と……付き合っていたと知って」
 しまった。言いたくなかっただろうに、言わせてしまった。
 将吾は焦って言葉を探す。
「そんなの、誰だって色々あるだろ」
 いや、言いたいのはそんな陳腐な言葉じゃない。将吾は必死に考えた。
「お前は、お前だろ。そのくらいで別になんとも思わねえよ」
 やっとのことで見つけた言葉に、東堂はほっとしたような、複雑な表情になった。
 その顔が少し泣き出しそうに見えて、将吾はなぜかドキリとする。
 ——これでよかった、のかな……。
 また連絡する。
 東堂は絞り出すようにそう言って、人混みの中に消えていった。
しおりを挟む

処理中です...