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38. 隠しコマンド:特別休暇

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「改めて、本当によくやってくれた」
 その日の朝から、将吾は東堂ともども高山に呼び出されて会議室にいた。
 A学園理事長の会見から一週間。事態はスピーディーに、かつ大きく動き、捜査の結果理事長は逮捕、起訴された。文科省も関与を認めたが、職員は全員不起訴。総理も責任を問う声が野党から多数あがったが、辞任はしない意向を明らかにした。
 後味がすっきり、とはいかない結末だ。けれど誰も巻き添えにならず、誰も犠牲にならなかった。そのことが、今の将吾には一番、嬉しかった。
 会見以降の記事は警察の捜査動向を追うものへとシフトしていき、将吾が最後に書いたのは、事件のあらましから、今回の事件の社会的な意味を問う総括だ。それが昨日の夕刊に掲載され、反響もかなりあったという。
 それをどこから聞いてきたのか、自分のことのように誇らしげに伝えてきたのが東堂だったことが将吾には驚きだった。すました顔をしていても、その目を見れば心の底から将吾の活躍を喜んでくれていることがわかる。東堂から自分に向けられる熱量が日々少しずつだが増えていっていることが、信じられないような、地に足をつけようとしてもふわふわと浮いてしまうような、そんな心地だった。
「そういうわけで、一旦この件は幕だ。主要関係者の動向はしばらく追わなきゃいけないだろうが、もうそれは警察の発表ベースでいい。というわけで」
 高山がもったいぶって間を置く。東堂と将吾は続く言葉を待った。
「君たち二人には、今回の活躍に対する労いとして、特別休暇を与える。急ぎがなければ、今日明日はゆっくり休みなさい。かなり体を張った取材を続けていたようだからね」
 ——休暇⁇ え、今日? いきなり⁇
 急に言われても、うまく事態が飲み込めない。そんな将吾たちに、高山はやや悪戯っぽい顔をして付け加えた。
「復帰したら、次に君たちに組んで行ってもらう先がもうあるから。十分に英気を養ってくれ」
 そう言い残して、高山は先に会議室を出ていった。後にはポカンとした顔の将吾と、ポーカーフェイスを崩してはいないが明らかに戸惑っている東堂が残される。
「特別休暇、って、なんだ……? そんなの、聞いたことないけど……」
 ようやく放心状態から復活した将吾が、ギギギと音がしそうなぎこちなさで隣に立つ東堂を見やる。東堂はやや難しい顔で眼鏡の位置を指先で直しながら、将吾の疑問に答えた。
「俺は聞いたことがある。職長権限で、部下に休暇を取らせることができるっていうやつだ」
 そんな制度、将吾は初耳だった。それもそのはずで、東堂が言うには社全体でも取得させることがあるのは年に一度か二度、東堂がこれまで実際に見聞きしたケースは一人だけだという。
「そんな隠しコマンドみたいな休暇、俺たちがもらって大丈夫なのか……?」
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