上 下
50 / 60

50. スイッチ、オン

しおりを挟む
 スーパーで買ってきた食材で簡単に夕食を作り、東堂と食卓を囲む。それだけでも夢のようだ。けれどそこから酒が入り、ふとした瞬間にお互いのスイッチが入るのがわかった時には、本気で夢を見ているんじゃないかと思った。
「……、ん……」
 今度は最初から、深く口付ける。体の奥にともった炎が、ちらちら揺れながら大きくなっていく。
「っ、風呂……に」
 合間に東堂が訴える。準備させろ、ということだと理解した将吾は、名残惜しいが東堂の唇を解放する。一緒に入ろうと立ち上がったら、すごい形相で床に押し戻された。待ってろということなのだろう。
「一緒に入りたかったのに……」
 思いのほか甘ったれた声が出て、将吾は自分でぎょっとした。が、東堂には意外に効果があったようで、耳が朱く染まっている。
「そんな顔をしてもダメだ。入ってきたら殺す」
 自分は壮絶にエロい顔をしておいて殺すと言われても、と思わなくもないが、将吾は大人しく待つことにした。その間に、食卓を片付けて、寝室を整える。
 ——ローション、コンドーム、バスタオル……。
 初めての時だってこんなに緊張しなかったような気もする。でも、東堂を傷つけたくないし、がっかりされたくもない。経験値では向こうのほうが上だろうが、リードしたいのが男心だ。試験前夜の一夜漬けよりもひどいが、この隙にとスマホで少しだけゲイ向けの基礎知識的なサイトを探した。読み物ではなく当事者向けの情報なので、生々しいがその分実感が湧く。読むうちに、じわじわと興奮が呼び覚まされた。
 どっちが受け入れる方なのかという問題が男同士だと存在することにも、いざそういう流れに直面してようやく思い至った。東堂がさらっと自分の希望を口にしてくれたから恥をかくのは免れたが、東堂が自分に突っ込みたいと言ってきたら、どう答えただろう。お前はノンケなんだし、俺もそっちの方がいいから、と東堂は言ってくれたけれど、まだそうやってどこか線を引かれて気遣われてしまうのが、悔しいような寂しいような、複雑な気持ちだった。
しおりを挟む

処理中です...