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16.もう、待たない

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 ——キョウちゃん、あんたの言う通りだったみてえだ。

 唇が触れ合うをの感じながら、絢也はそんな言葉が頭をよぎった。
 士郎に、キス、されている。

 角度を変えて何度も啄まれる、その感触だけで頭が沸騰しそうなのに、士郎に手を掴まれて、シャツの下、士郎の肌に触れるところまで導かれて、さすがの絢也も抵抗した。

「ちょ、お前、その、本気……?」

 切なげな顔をした士郎が絢也を見てため息をつく。

「あったりまえじゃん。……これでも、まだノンケだからお前には分からないって言う? まだ怖い? あと、お前が怖いもの、なにがあんの?」

 ——怖がってた、のか、俺は。

 それさえ見透かしていた士郎が、少し恐ろしい。

「……お前が、一番怖いわ……」
「なんだそれ」

 笑いを含んだ声音で、士郎が言う。

「てか、絢也が突っ込む方でいいんだよね? あ、もしかして逆だった?」

 あっけらかんとしてとんでもないことを言い放つ士郎に、絢也は毒気を抜かれた。
 これでこそ、いつもの士郎だ。

「お前、だから色気ねえって言われんだよ」
「あ、ひでえ。この人今ヒドいこと言った!」

 このやりとりで少し肩の力が抜けた絢也は、改めて士郎の頬を指でなぞる。
 くすぐったそうに目を細める士郎の表情だけで、とろりと空気が濃くなる。
 絢也は、身体の芯に火が灯るのを感じた。

 ——色気、ないわけねえだろ……こんなに、クラクラするのに。

「シャワー、浴びるか」

 熱で掠れた声が、少し恥ずかしい。


「っん、……」

 あらぬ場所に絢也の指を受け入れ、士郎が声を漏らす。

「洗ってやる」と宣言した絢也に、士郎は文字通り体の隅々まで洗われていた。
 絢也にとって、初めての相手で、かつ、一番大切な存在なのだ。
 宝物を扱うように、丁寧に、慎重に、絢也は士郎に触れた。

「は、ァ……っ、も、いいだろ……」
「……そうだな」

 少し、夢中になりすぎた。まだ、洗う段階だ。
 綺麗になれば、それでいい。
 シャワーの湯で士郎の身体の泡を落としてゆく。
 肌を滑り落ちる水滴にさえ嫉妬しそうなほど、士郎は美しかった。

「……ふ、ん……」

 チュ、クチュ、と濡れた音が寝室に響く。
 部屋中に士郎の匂いが濃くて、絢也はいやでも興奮していた。
 お互い一糸まとわぬ姿でベッドに座り、絢也は士郎を抱えるようにして膝の上に跨らせ、まるで吸い寄せられるように、唇を合わせた。

 緊張していないと言えば嘘になる。
 でも、それよりも、自分の行動に、士郎が応えてくれる、士郎も自分を欲しがってくれていると感じられることが嬉しくて、絢也は夢中になって士郎の唇を貪った。
 角度を変え、そっと舌で士郎の唇を舐めると、士郎もそれに応えるように舌を絡めてくる。
 士郎は、こんなキスを何度も、他の誰かとしたことがあるのだろう。
 そう思うと、絢也の心にチリリと痛みが走った。

 キスの合間に、士郎が髪の毛に指を通して頭を撫でてくるのが気持ちいい。
 絢也も、おずおずと士郎の胸まで伸びた髪を梳いて、肩、背中、腰と撫で、士郎の肌を手のひらで味わった。
 触れるたびに、士郎はピクッと肩を震わせたが、拒絶の色は見られない。
 それに、士郎も男だ。
 唇を離した絢也がチラッと見たそこは、緩く頭をもたげて、しっかりと反応していた。

「お前……見んなって」
「いや、萎えてなくて良かった」
「そりゃ、まあ……好きなやつと裸でキスしてれば、そうなるでしょ」
「お、……え?」

 ——今、士郎は、「好き」と言わなかったか。

「なに?」
「今、お前、す、好きって」
「え? 今更? 好きじゃないやつと、しかも男と、こんなことすんのあり得なくね? あ、もしかしてお前は好きじゃなくてもそういうこと、っ」

 嬉しいのと、うるさいのとで、絢也は士郎の口を口で塞いで黙らせた。
 じゅっ、と舌を吸ってから唇を離すと、士郎は、ふは、と熱っぽい吐息を漏らした。
 クタリと力の抜けた士郎の身体が、絢也に寄りかかる。

「お前、キス、エロすぎんだろ……」
「そう、か? ……初めてだから、よく、分からねえ」
「は? 初めて?」
「そうだよ。悪かったな童貞で」
「いや、童貞は知ってたけど、キスも? 初めて?」
「うるせえな、そうだよ」

 ヤケクソ気味に絢也がそう言い放つと、士郎は「うわ」と小さく声を上げ、開いたままの口を押さえて固まった。
 その反応を、ネガティヴにとった絢也は、えぐられるような痛みを胸に感じて、顔をしかめる。

「なに? 引いた?」

 努めて、冗談めかして軽い口調で聞いたつもりだったが、口から出た言葉は自嘲めいた響きが隠せていなかった。
 士郎がその言葉に少し驚いた顔をして、ふるふると頭を横に振る。

「いや、そうじゃなくて、俺、なんかちょっと感動したっていうか。ぜんぶお前の初めてをもらうんだなあって思ったら、なんか、その……」

 絢也は、ふと自分の太腿に当たる熱量に気づいた。
 さっきより、明らかに質量が増しているそれを見て、顔を上げると、口ごもる士郎が真っ赤になっていた。

 ——かわいい。

 絢也がそう思うのと、絢也の身体が動くのがほとんど同時だった。
 目の前にある滑らかな肌に、口付ける。

「ぁ、……」

 士郎が小さく声を漏らした。その声に、酷く興奮する。
 痕をつけたい誘惑に駆られたが、最初からあまり飛ばしすぎると、士郎が引いてしまうかもしれない。
 そう思うとそれは少し躊躇われて、結局我慢することにした。
 そっと膝の上から士郎を降ろし、ベッドに横たえる。

 チュ、チュ、と耳朶、首筋、鎖骨に口付けると、士郎が身をよじった。

「それ、くすぐってえ……」
「くすぐったいのは性感帯だって、俺、読んだことある」
「……マジか、って、ぁ、ッ!」

 絢也が、薄いピンク色で誘惑する胸の飾りを、口に含んだ。
 舌で転がすようにして可愛がれば、きゅっと硬く勃ちあがる。

「ぁ……あ、ッ、……」
「ここ、感じる?」

 舌でツンツンと突きながら、絢也が士郎に聞く。

「わ、かんね……ッあ、なんか、くすぐってえけど、腰にクる、ッ……」
「よかった」

 ビク、ビクッと跳ねる士郎の身体は、上気してほんのり赤みがかり、なんとも言えない色香が立ちのぼっている。

 ——見てるだけで、イっちまいそ……

 反対の尖も指で摘んで可愛がりながら、士郎の反応が嬉しくて、つい夢中になってしまう。

「も、そこばっか、やめろって……!」

 士郎が力の入らない手で、絢也の頭を胸から剥がそうとする。

「あ、わり……、ッ」

 慌てて頭を上げた絢也は、蕩けた顔の士郎と目が合い、思わず喉を鳴らした。

 ——なんつー、エロい顔してんの……

「はぁッ、は……もっと、下も……」

 士郎が絢也に追い討ちをかけるように、その手を取って、身体の中心に導く。
 そこには、しっかりと芯を持って勃ちあがっている士郎の雄が、すでに先端を潤ませて熱く息づいていた。
 絢也が、再びゴクリと唾を飲み込む。

「ッ、ぁ、え、絢也ッ、マジ、あッ、すげ……」

 温かい絢也の口腔に包まれる感触に、士郎が上ずった声を上げる。
 絢也は、まさか、自分が男のモノを口にする日が来ようと思ってはいなかった。
 自分がゲイであることを自覚しても、その行為だけは、したいと思わなかった。
 なのに、今、士郎のモノは愛しくてたまらなくて、迷いなく口に含んでいた。
 自分がされたら気持ちいいであろう箇所を、念入りに舌で、唇で、愛撫する。

「ぁッ、あ、絢、也、それッ、はァ、ッん……!」

 直接的な刺激に、士郎が身をよじり、ビクビクと震える。
 その身を走る快楽に、シーツを掴んだ手はギュッと握り締められていた。
 絢也の口の中に、士郎が零す先走りの味が広がる。
 士郎から上がる声の滴るような甘さに、絢也の身体の熱は否応なしに上がっていった。

「ヤバ、絢也、ぁ、すげ、気持ちイイ……ッ」

 ちらと見上げた士郎の顔は、快楽に蕩けきって、目尻には涙が溜まっていた。
 その表情に、絢也はまた、ズシンと腰に重たい熱が溜まるのを感じた。
 もっとその顔を見ていたいという気持ちと、早く士郎の中に入りたいという気持ちがせめぎ合う。

 ——先に前でイくと、後ろが解れにくいって、書いてあったしな……

 想いを遂げられる日が来ると思いもしていなかった頃に、それでも知識だけは追求することをやめられなかった絢也の耳年増がフル回転する。

「ッあ、あ……ッ」

 じゅるっと音を立てて口から士郎のモノを引き抜くと、絢也は跳ねる鼓動を押さえながら、士郎に聞いた。

「し、士郎、ローション、とか、持ってるか……?」
「ある……」

 士郎は荒い息のまま、力の入らない身体を起こし、ベッドサイドに転がっていたビニール袋をゴソゴソと探ると、まだ開封もしていないそれを放って寄越した。

「お前とこうなるって、思ってたわけじゃねえけど、……なんか、買ってた」

 ——それって、もう、無意識にそうしたかったってことじゃねえか。

 士郎の行動があまりに可愛く、パッケージを開ける時間さえもどかしい。

 とろりとした液体を手に取ると、絢也もわずかに緊張した。
 士郎のソレを口に含んだ時点で、もう冗談では済まされない状況なのは分かっている。
 だが、ここからは、本当に身体をつなげるための行為だ。
 ゴクリ、と唾を飲み込んで、絢也は士郎に告げた。

「士郎、脚、開いて……」
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