上 下
19 / 29

19.これからのこと

しおりを挟む
「ゃ、ああ、ッ……あ、だめッ、また、クる、ぁああッ」

 シーツの上で揺さぶられながら、士郎がガクガクと痙攣して何度目かの絶頂を迎えた。
 前中心で濡れそぼった士郎の雄は、もう触られずとも精を吐き出すようになっている。
 本人が「素質があるのかも」と言った通り、士郎の身体はすっかり絢也に抱かれることに馴染み、後ろだけで達することができるほどの快感を拾えるまでになっていた。

「あッ、や、いま、イって、あんッ、あぁッ!」
「俺、も、イく、……ッ!」

 達したばかりでぎゅうぎゅうときつく締め付ける士郎の内壁をひときわ激しく擦り上げ、低く唸り声を上げて、絢也も精を放った。

「は、……ぁ……ッ」

 まだビク、ビクっと余韻に身体を震わせる士郎から自身をずるりと引き抜き、絢也は士郎の汗に濡れた額にキスを落とした。

 ——また、がっつきすぎって怒られんだろうな……

 士郎の胸元から太腿にかけてちりばめられた赤い鬱血の跡をちらりと見て、絢也は内心こっそりとため息をついた。
 ツアー中、オフの前の日は必ず、お互いを求め合い、肌を重ねてきた。
 でも、どれだけ貪っても足りなくて、最後は士郎がヘロヘロになるまで求めてしまう。
 今日も例に漏れず、いろいろな液体でドロドロの身体を拭おうともしないまま、士郎はすでに半ば夢の中だった。

 ——俺はセックス覚えたてのガキか。

 実際それはあながち外れてもいないわけで、絢也は己の青さに恥入りたくなる。
 士郎に対してはもっと大人の男でいたいのに、どうしてもブレーキが効かないのだ。
 最近ではステージや楽屋で汗の混ざった士郎の匂いがふと鼻を掠めただけで、腰がズクンと熱くなることさえあり、それにはさすがに自分で引いた。

 士郎がそろそろ嫌になってしまわないかだけが心配で、毎回次はもう少し先まで我慢しよう、そう思うのに、3日も経つともう士郎不足で限界を訴える自分がいる。
 そんな絢也を、士郎はいつも呆れ笑いで許してくれるのだ。
 それに絢也はつい、甘えてしまう。

 目が覚めたら、きっとまた士郎にたっぷりお小言を頂戴することになるだろう。
 だが、絢也にとってはそんな士郎もまた可愛くて仕方がないのだ。
 洗面所からきれいなタオルを出してきて士郎の肌を拭ってやりながら、絢也の頬は緩みっぱなしだった。

「あらあらまあまあ、結局無事くっついたってわけ? あらそ~お、良かったじゃな~い」

 約2ヶ月の全国ツアーを無事終えて、数ヶ月ぶりにふらっとバーに姿を現した絢也に「あらあ」と声を上げかけたキョウちゃんは、その後ろに続いて士郎が入ってくるのを見て一瞬目を丸くした。
 だが、絢也の照れ隠しのしかめ面、続いて2人がさりげなく指先を絡めるように繋いでいることに気づいたキョウちゃんは、全てを察したように顎に手を当てて頷いた。
 相変わらずの親戚のおばちゃんのようなテンションに、絢也はなんだかホッとしていた。

「ね? あたしの言った通りだったでしょ~?」

 キョウちゃんが絢也の前に酒の入ったグラスを出しながら、ウインクする。
「何? なんのこと?」と絢也を突っつく士郎を無視して、絢也はグラスをあおった。

「じゃあ今日はじゃんじゃん飲んでもらわなきゃね~! なんならボトルも入れちゃう? 記念日にいかが~?」

 はしゃぐキョウちゃんに絢也はゲンナリとした表情を装ってはいたが、ようやく報告できて、そのことを喜んでもらえることも嬉しくて、口元が緩む。
 一方士郎は、何が何だかよく飲み込めないながらも、盛り上がっていることだけは察知して、キョウちゃんとハイタッチしていた。

「でも、あんたたち、これからはしっかりやんなさいよ。あんまりジジくさい事を言いたくないんだけど、あんたたちには、すれ違ったり、余計なことで傷つけあったりして欲しくないのよね」

 ひとしきり盛り上がったあと、キョウちゃんがグラスを拭きながらそんな事を突然ポツリと言い出すものだから、絢也は少しだけ身体を緊張させた。

「ううん、ごめん、ちょっと違うわね。すれ違いや、誤解から傷つけ合うってことは、絶対起こるわ。だけど、それで怖くなってすぐに離れる事を選択するんじゃなく、それを2人で乗り越えていって欲しいのかな。うん、そうね。2人が、何を一番に考えるか、それを2人で見つけていくことが大事なの」
「何を一番に、考えるか?」

 絢也はキョウちゃんの話に真剣に耳を傾けた。
 こうしたトーンでキョウちゃんが話すとき、その話にはキョウちゃんの人生経験の結晶があり、それには多分の真実が含まれていることが多いことを、絢也は経験から学んでいた。

「そう。2人の関係が悪くなったとき、何を一番優先するのかを決めておけば、目的を見失わずに話し合いができるでしょ。例えば、お互いの意見が合わなかったときには、必ず2人が一緒にいられることを優先して、そのために何ができるかを考える、とかね」
「なるほど……」

 隣から士郎が相槌を打った。

「俺、これまでそういうこと考えてこなかったな……その場の感情に任せて言い合ってばっかりだった。なんか、思えばガキだったんだなあ、俺」

 前の彼女とのことを思い返しているのだろうか。
 自分の知らない士郎を垣間見た気がして、絢也は少しだけ、寂しさを覚えた。

「でも、2人で一緒にいられるために何ができるか考えるって、いいね。なんか、大人の付き合いって感じがする」

 そう言った士郎の横顔がやけに大人びて見えて、絢也は思わずハッとした。

「そうかしら? あ~あ、あたしにも早くそうやって一緒に考えてくれるダーリンが現れないかしら!」
「え、ママ彼氏いないの?」
「あ、その話聞く~? 聞いちゃう~?」

 最後は笑って冗談に変えたキョウちゃんの話術には相変わらず感心しながら、絢也は今しがた見た士郎の真剣な横顔に、胸がじんわりと暖かくなるのを感じていた。


「なあ、絢也、俺、温泉行きてえ」

 キョウちゃんや馴染みの常連たちと話し込んでしまい、士郎のマンションに帰る頃にはすっかり日付が変わっていた。
 酔って身体の輪郭まで柔らかくなったんじゃないかと思える士郎が、エレベーターを待つ間に、突然そんなことを言い出した。

「え? 温泉?」
「そ。2人で、行かね?」
「それって」
「そう、お前と旅行に行きたいなーと。へへっ、実は結構前から思ってたりして。それに、さっきさ、ママに、2人が一番優先することを決めておきなさいって言われたじゃん? なんか俺なりに思ったのがさ、2人で楽しい思い出いっぱい作ること、なのかなって。それで、ああ、旅行行きたいって思ってたなーって」

 士郎が鼻の下を指でゴシゴシと擦る。
 これは士郎が照れ隠しのときに見せる癖だ。
 絢也は、あまりに突然降って湧いたその申し出に、固まったまま動けなくなっていた。
 そんな、いかにも付き合いたてのカップルがしそうなことを、自分もする日が来るとは夢にも思っていなかったのだ。

 元来、絢也は誰かと付き合うということすら、あのアクシデントがあるまでは現実になると思っていなかったクチである。
 まして「恋人ができたらやってみたいことリスト」など、作ろうとすら思ったことがなかった。
 そこへ、おそらくはそうしたリストを作ってみたことがあるものはまず上位に入れるであろう、「恋人と2人で温泉旅行」が目の前に降ってきたわけで。
 固まったまま動かない絢也に、士郎が不安げな顔になる。

「あ、絢也、もしかしてそういうの、苦手だったとか……? あ、それならいいんだ! 今のはなんでもないから! ちょっと俺、酔っ払っちゃって、何言ってんだろ」

 士郎が忙しなく胸の前で手をひらひらと振って見せた。

「いや、行く」
「……へ?」
「温泉旅行。行こう。今日はもう遅いし、明日宿決めんぞ」
「え? マジで? いいの? 俺に合わせてるんじゃなくて?」
「ああ、今まで、そういうことをしたことがなかったから、ちょっと……その、びっくりした。けど別に、お前と行くのは、楽しそうだし、いいんじゃねえの」

 絢也は感情をうまく言い表せない己の口下手さ加減に、ほとほと悲しくなった。
 
 ——士郎の半分でいいから、スラスラと言葉が出てきてくれたらいいのに……

 士郎の提案が嬉しくないわけなかった。
 なのに、なぜこうもぶっきらぼうな物言いしかできないのか。
 これでは、キョウちゃんに心配されても仕方ないではないか。

 しかしそんな絢也の悶々とした悩みをよそに、士郎は俯き加減にはにかんで、エレベーターに乗り込んでいく。
 おまけに、恥ずかしいのか目を合わせない士郎の指先だけが、士郎の後についてエレベーターに乗り込んだ絢也の手を探して、いつかのようにちょこんと触れてきて、ここがエレベーターでなければ絢也はそのまま襲いかかっていただろう。
 だが、ここは士郎が借りているマンションで、監視カメラもバッチリついている。
 万一、士郎に迷惑がかかるようなことがあってはならない。
 だから、絢也は触れてきた士郎の指をキュッと握り返すだけで我慢した。

 ——温泉旅行か……

 つい、よからぬことばかり考えてしまいそうな己の脳みそを叱りつけながら、エレベーターを降りるまでの間、絢也は握った士郎の指先の感触を味わっていた。
しおりを挟む

処理中です...