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第8章 桜吹雪の下で

4話 改めて向き合う

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「お前たち、麗しいつがいの絆を見せつけてくれるのはいいんだけど、もうそれなら誰も罰する必要がなくなっていると気づかない?」
 蘇芳は晴弥と目を見合わせる。
 ‪—‬—そう、なるの……かな?
 分かるような分からないような、曖昧な感覚に首を傾げていると、ミソラがもう一つため息をついた。
「罰は本人が進んで受けるようなものならもうその意味を成さないよ。それに……蘇芳のいう通り、お前が気づいていたかどうかは別として、あれはお前自身の葛藤が暴走した結果だ。今、その葛藤はもうないだろう。よく、己と向き合ってみなさい」
 晴弥が決まり悪そうに、ミソラから目を逸らした。ただし、とミソラは続ける。
「お前の犠牲になった人の子らのことは、お前が責任を持って元に戻しなさい。何もなかったように綺麗に戻せれば、それで今回の件は落着とする」
 そんなことができるものだろうか、と驚いて蘇芳が晴弥を横目に伺うと、憮然とした表情をしてはいるが、そこに驚愕や焦りは見られない。それはつまりできる、ということなのだろうと思うと、安堵に思わず息が漏れた。
 ——良かった……これで誰も、悲しまずに済む。
 ミソラが今度は蘇芳へと視線を移す。
「蘇芳」
 改めて名を呼ばれ、背筋が伸びる。晴弥の背に片手を添えたまま、ミソラの方へと身体を向けた。
「はい」
 こうして、幾度となく、ミソラと向かい合ってきた。今までは、その都度違う迷いや揺れが胸にあった。けれど今は、そのどれとも違う、凪いだように静かな心で向き合っている。
「私のところへ来る理由は、もうなくなったろう?」
「……はい」
 その返事は、重たかった。けれど、言わなければいけないことでもあった。
 ミソラが何を自分に求めていたのか、分かりそうで、分かりきれない。晴弥と似ているようで、でも何かが大きく違っていた。
 ミソラの声はからりとして、でもどこか物寂しい響きを伴っている。きっと、ミソラにも、自分のような存在を求める理由がきっと何かあったのだろう。
「……はは」
 何を言われるだろう、と身構えていた蘇芳だったが、ミソラが漏らしたのは苦笑いだった。
 それは晴弥や蘇芳にというよりも、ミソラ自身に向けたものに聞こえ、どんな言葉よりも雄弁だった。
「あの時、」
 懐かしむようにミソラが顔を上げ、蘇芳に語りかける。
「晴弥の居どころを聞いてきたお前に、私は何も教えなかった。私を、恨んだかい?」
 その時のことを、蘇芳も思い出す。聞く前に、「教えられない」と言われ、全てを知られていることの気恥ずかしさと後ろめたさを覚えた。なんでも誰かに頼ろうとしていたあの頃の自分の至らなさを恥じこそすれ、ミソラを恨むような気持ちは一つもない。
 黙って蘇芳は頭を横に振った。
「あの時、自力で探すしかなかったからこそ、俺はそうでなければ分からなかった、思い至らなかっただろうことに気づけました。むしろ、感謝しています」
「お前にそんなふうに言われてしまったら、私の立場がないな」
 自嘲の混じったミソラのぼやきに、蘇芳は何も言うことができなかった。
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