魔道の果て

桂慈朗

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第1章 裏切り

(11)サエコの恫喝

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「あの時と今では明らかに状況が違う」
「何も違わないわ」
「冷静に、かつ論理的に考えよう。俺たちは、偶然だがここである程度役に立つ情報と移動のための馬車を手に入れた。だとすれば、次は目的を果たすために早くバッテンベルクを目指すべきだろう。まだまだ、距離は遠い」

 今、三人は焚火の前で毛布を被りながら座っている。
 冬の草原は冷え込みがきつい。
 兵士たちの震える声が少し離れた場所から聞こえてくるが、それは無視している。
 怪我の方は治してやった。
 司教を除いて軽い食事も与えた。
 それ以上は、馬車にある備品では対応できないのだ。

「そうかもしれないけど、そうじゃないのよ!」
「女の子の話は確かに可哀そうなことだ。でも、俺たちが偶然出会ったからこそ知ったこと。たぶん、知らないところで同じようなことはいくらでも起きている。じゃあ、これから不幸な子供に会うたびにその全てを助けに行くつもりなのか?」

 兵士たちに関しては先ほど訊問してみた。
 さすがに恐れてだろうが、兵士たちは隠すことなく情報を話した。
 ただ、正直ロクな情報は持っていなかった。
 一方の、御者の二人はといえば精神支配を受けているせいもあってか全く何も話さない。

 シュラウスについては、目覚めると再び魔法を使うかもしれないので、猿轡をかませて呪文を唱え無いように別に転がしている。
 魔石が切れている筈ではあるが、別の武器や手段を持っているかもしれないのだから、猿轡を外すことはできない。
 その状況で訊問しようとしたが、目を閉じて何も反応しなかったので、カズキたちは諦めざるをえなかったのだ。
 要するに情報を持っている筈の司教からは、現状情報を得られない。
 もっとも、あの司教が正直に話すとは思えないのだが。

「でも、私達は知っちゃったじゃない。それが全てよ!」
「サエコさん、その考えは全くもって論理的じゃない」
「そんなことは最初(はな)っから知っているわよ! 私は、かずちゃんみたいに頭良くないし、論理とか言われても良くわからないわ。でも、ここで女の子を助けることすらできない人が、世界を救えるとでも言うの? そう話したのは、かずちゃんじゃない!」

「カズキ、妾もサエコに賛成じゃ。全く同じことを、カズキは昨日言わなかったか?」

 どうやらユリアナもサエコと同じ考えのようだ。
 二人の意見を聞いたが、カズキはすぐには言葉を返さず黙ってじっと考え込む。
 その姿を、立っているサエコと座っているユリアナが同時に熱い目で見つめていた。

 30秒ほどの間が空いただろうか。
 ようやくカズキが何かを決めたようだ。おもむろに話し始めた。

「それは昨日ではなく今朝のことだな。そして、俺が言ったのは確か『この問題を解決できない様では』だった。まあ、今ここで言い訳なんかしても自分に対する釈明でしかなく、現状を変えるには何の意味も持たない。問題解決と救出は突き詰めれば同じことだからな。うん、わかった」
「やった。最後にはそう言うと思っていたわ」
「カズキの決断を尊重するぞ」

「やれやれ、まったくだ。上手く丸め込まれた気がしない訳じゃないが、この世界ではこの3人がチームだ。多数決なら従うさ」
「何よ。多数決じゃなくて全員一致でしょ。内心は助けたくて仕方ないくせに。ほんと可愛くないな」
「いや、今みたいな態度こそがカズキの可愛さじゃろう」
「あ、なるほど。そうか、自分では言わないところか」

「それも気づかないとは、サエコはまったくカズキのことを判っていないのぅ」
「そんなこと無いわよ。ユリアナなんかよりはずっと長く見てきているんだものね!」
 サエコさんは力説する。

「おいおい、ちょっと待て。サエコさんはともかく、ユリアナは俺より年下じゃないか。何がカワイイだ」
「まあ、17歳という年齢かしらね」
「年齢とそれのどこに何の関係が、、、それにもう18になったのだが」

 何か、「じゅる」って音が聞こえたような。
 サエコさんが口元を右腕で吹きながら、ご満悦気味な表情を見せていた。
 そうか、すっかり忘れていたがサエコさんは年下趣味だった。
 そういえばあっちの世界では、レオパルド王子がすっかりやられていたからな。

 それでもこのチーム、一度決まれば行動は早い。
 次の行動を考えれば今すべきは休む事である。
 縄で縛った兵士を見張りにしておき、3人はテントで眠る事にした。
 草原ではあまり魔獣が出ないと言われているようだが、縛ったまま放置している兵士達も、多少の警報替わりにはなるだろう。
 もっとも、サエコさんの乙女の勘の方がずっと鋭いセンサとして働くのだが。

 3人は同じテントで眠る。
 テントとは言っても非常に簡易なもの。
 暖を取るのは最後は人肌のぬくもりしかない。
 だから3人は身を寄せ合って毛布を纏う。
 ただ、今は眠るのが仕事なのだ。
 カズキはそう自分に言い聞かせながら床についた。

  ◆

「それで、本当の行き先は一体どこなんだ」
 目の上を腫らした准司教が、項垂れたように教会の壁にもたれかかり鼻から血を流している。
 ここは昨日訪れたクゼの小さな教会。

「言う、、、言うから待ってくれ」
「昨日みたいに嘘教えるんじゃないよ!」
 カズキの言葉に続いて放たれたサエコさんの恫喝は、なかなか堂に入ったものである。
 ひょっとすると、元の世界にいた時どこかで頻繁に使っていたのではないかと疑わせるほどスムーズなセリフの流れであった。

「わかった、、わかったから、もう止めてくれ」
「最初から素直に言う事を聞いていれば、こんな目に合わずに済んだのに。おっさん、あんたが悪いのよ!」

 カズキの個人的な見解からすれば、21歳のサエコさんがこの准司教を「おっさん」と呼ぶのはやや品位を欠いている。
 ただ、サエコさんに対して個人の考えを押しつけるつもりはない。
 第一言ってもおそらく聞かない。
 だから、今のこの情景もきちんと心に閉まっておくだけにする。

「なんて物騒な女だ」
 准司教の男がこっそり吐いた小さく消え入るような罵倒。
 しかし、振り返りカズキの方を向いていたサエコさんは、すぐにそれに反応する。
「何だって!」

 再び男を睨み付けた。
 ただ、その効果はてきめんだったようだ。
「何でもない。あの娘は、王城に送られた」
「王城? それはどこにあるの?」
「首都だ。首都のクラワミスだ。というか、お前達はそんなことも知らないのか?」
「知らないで悪いか!」
「ひっ!」

 完全に萎縮している。
 早朝から、ここに来るなり問答無用でサエコさんが殴りつけたのは3発の拳。
 この准司教は魔法を使えないようであった。
 だからと言って武術があるわけでもなく、またそれほどの根性を持っている訳でもなかったようだ。

 ただ、教会の人間であるがために貴族からの精神支配も受けていない。
 教会の人間は受けずに済むというのがこの世界の習わしらしい。
 御者たちと違って、知っていることは聞き出せる筈。

「じゃあ、奴隷狩りって一体何?」
 サエコさんのかなり低いドスのきいた声。
 本来は合気道道場の師範代だが、子供たちにもこんな言葉を教えているのではないかと想像してカズキは少々頭が痛くなった。

「それは、、、」
「えーっ! 言えないって言うの?」
 男はサエコさんに目を合わせることもできない。
「俺はよく知らない」
「しらばっくれるんじゃないわよ!」

「いや、本当だ。カウミゲル大司教様から、王城に人を送り込むのに協力するように言われているだけだ。それをここの奴らは奴隷狩りと呼んでいるみたいだが、それ以上がどうなっているかは私は知らない」

「何、教会がじゃと?」
 その言葉に、ユリアナが反応する。
 この教会にいた小姓達は震えながら遠巻きに事態の推移を眺めているようだが、この状況は確かに殴り込みに見えなくもない。
「そうだ。できればこの国の人間ではなく、他国民を送るように言われていた。ただノルマが厳しいから、街からも何人か送り込まれているのがきっとそれだ」

 何故だか、男の言葉を聞いてサエコさんが大きく頷いているが、その謎の行動は無視してカズキが問う。
「何かの作業人工を集めるためなら、あんな小さな娘を送る理由にはならない。首都に送る対象は決められているのか?」
「いや、若い方がよいとだけだ。それでも、どんな年齢を送っても咎められたことはないと思う。送れば見返りに住民に対して国から金が支払われている」

「なぜ、そのような暴挙に教会が与(くみ)しておる?」
「なぜと言われても、直接連れて行っている訳じゃないし、俺は司教様の支持に従っていただけだし。指示に逆らえば、俺たちは教会から追放されてしまう」
 そう言いながら、准司教の男は震えだす。
 教会が直接手を苦題している訳ではなく、黙認しているというところだろうか。
 ただ、サエコさんの脅しでも震えなかった男が、その事実を思い出すだけで震え始めるとはどういうことだろうか。

 その後の尋問で判ったのは、ユリアナは丁重に王城で迎えられるはずだったこと。
 カズキはあの草原で排除される予定だったこと。
 草原のルートは首都へ直接向かう道とは別であったことなど。
 ただ、最も重要なことが一つ。

 どうやらシュラウス司教は、俺たちがここに現れることははっきりと知って配置されていたと言う事だ。
 もちろん、戦いの中でもある程度確認できたことではあるが、はっきりと言われると疑問も湧き上がる。
 どうしてカズキたちがこの世界の、しかもこの街に現れることがわかるというのだ。
 予知、あるいは予言。

 どちらにしても、そのような精度の高い未来視の魔法を使える者はいないとアレクからは聞いている。
 「星詠み」という特殊な魔術師はいるが、その精度ではとてもじゃないがカズキらの出現を出現を読み切れないとユリアナも話しているのだ。

「心配するな。俺たちはお前のことを誰かに言ったりしない。あの司教にも教えることはない」
「ああ。頼む」
 そうは言ったが、男の震えは今も続いている。
「それにしても、若い方が良い? サエコさんじゃあるまいし。送り込むのは女性だけなのか?」
「違う。男でも女でもそれは関係ない」

「う~ん、ユリアナ。どう思う?」
「妾には、事の次第がよくわからぬ。じゃが、王家の暴挙に教会が手助けをしているというのは聞き捨てならぬな」
「どうやら、この国は人を集めて何かをしようとしているようだな。最も現状ではそれが何かはわからないが。で、王城か。王城は首都のど真ん中にあるのか?」

「お前らは、そんなことも知らないのか」
「知らないで悪いか!」
「ひぇぇ」
 相変わらずサエコさんの恫喝は冴えているようだ。

「首都にはどのくらいの軍があるんだ?」
「ああ、ほぼ中心にある。見ればすぐに判る。首都は親衛隊が警護しているから、兵士は3000人くらいはいると思う」
「3000人ねぇ」
 サエコさんが気のない感じでオウム返しにぼそっと人数を呟いた。
 ただ、その数が如何に多いのかを感覚としてきちんと判っているのだろうか。
 たった、4人を相手にしても昨日の状況なのだ。
 さらにこの国における教会本部もあるのだから、武装神官も100人近くはいるかも知れない。
 それと正面切って戦える戦力や力はカズキたちのチームにはない。

 ただ、ふと考える。
 では以前の師匠達は少人数でどうやって事を成し遂げようとしていたのだろう。
 そこに今から進めようとしている計画完遂の糸口があるかも知れない。

 それともう一つ、試したいと昨晩思いついたことがあった。
 今朝の段階では不測の事態を想定して試していなかったが、この街に戻ってきて決めた今なら試す価値はあるだろう。
 そう、貴族たちの行う精神支配についてである。
 何にしろ、御者たちが司教に従っていた。
 貴族以外でも精神支配を使える可能性が高いと考えたのだ。
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