魔道の果て

桂慈朗

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第1章 裏切り

(16)精神支配

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 直ぐさま振り返って、スタンガンを前に男達を睨み付けると、その視線の先ではサエコさんが巨漢の鞭男を、その武器で縛り上げていた。
 おいおい、女王様かよ。

 目の前には、スタンガンで倒れている相手が6人。
 カズキ達に敵意を向け、苦々しげな顔を向けている11人。
 そしてもう一人、高貴そうな魔術師の男はカズキに向かって笑いかけていた。

「なんか、歯ごたえ無いね。」
 息を切らすことなく、サエコさんが壁際のカズキの元に戻ってきた。
 ただ、サエコさんの問いかけに対してカズキは日本語で答える。

「それほど、余裕はないかも知れない。」
「えっ? どういうこと?」
「後ろにいる笑っている奴は魔術師だ。どんな魔法を使ってくるか分からん。」
「へーっ。」

 相変わらず、緊張感のない返事である。
 そこに、カズキの手を強く握りながらもほっとした様子のユリアナが念話を使う。
『助かったぞ、カズキ。』
『礼はまだいい。ここを上手く乗り気らなと、先がないからな。』
『うむ。あやつは魔術師じゃな。』
 ユリアナは顎先を軽く動かして、向こう側で笑いを浮かべている男を指し示した。

「なるほど。面白いですな。」
 その魔術師が大きな声で語りかけてきた。
「魔法を使える者が二人もいたとは。もう一人も体術は兵士以上だ。素晴らしい。」

 どうやら、最初にユリアナが選別されたのは魔法が使えると見いだされたからのようだ。
 カズキも手を繋いでいたので、同じように魔法を使えると判断されてもおかしくなかったが、この世界の人間とは違うから分からなかった可能性はある。
 ただ、今は魔法使いと認識されたようだ。

「ほう、魔法使いを捜しているのか?」
「魔法使いだけではありませんよ。有用な者は、全て探しているのです。」
「奴隷として。」
「奴隷などではありません。その力をこの国、この世界のために役立ててもらうだけのことです。さあ、あなたたちも世界のために喜んで働きましょう。」

 そう言うや否や、その魔術師の周りのエーテルが大きくざわめいた。
 精神支配の力だ。
 この力に囚われると自由意思は残るものの、具体的で強い命令には逆らえなくなってしまう。
 ただ、理由は分からないがカズキとサエコは向こうの世界の人間で通用しない。
 加えてユリアナも貴族であって支配されない。。。筈であった。

「やはりそうでしたか。」
 魔術師は、満足げな表情を浮かべた。
 ユリアナが握る手の力が一瞬抜ける。
 カズキは強くその手を握り替えして念話で問いかけた。
 しかし念話が通じない。
 この魔法は、ユリアナが使うと意識しなければ発動されないのだ。

「そこの者たち。お前達の名前を言いなさい。」
「妾はユリアナ=フォン=バッテンベルク、サラゴニアの西の雄たるバッテンベルク家が当主、ジュリアン=フォン=バッテンベルクの第一王女。」
 ユリアナは、焦ったような戸惑ったような微妙な表情を見せた。
 自分の意思とは別に話してしまったことに対する驚愕。
 顔色がすーっと消えていく。
「妾は一体何を。」

「ほう。あなたたち二人にはこれが効かないのですか。」
 と少し考え込むような表情を見せた。
 しかし、直ぐに合点がいったのか笑いながら大きく頷き続ける。

「そう言えば亡国の王女、そして西の麗華と呼ばれたユリアナさまと一緒にいると言うことは、少し前の報告にあった異世界人でしたか。だとすれば、これまた非常に面白いですね。」

 カズキは、ユリアナを守るようにその体を引き寄せぐっと力を入れる。
 本来貴族には効かないはずの精神支配が効いている。
 もしそうだとすれば、ユリアナはあの男の命令に逆らえない。
「亡国? レオパルドが継いだのではないのか?」

 男は「おや?」と言うような表情を見せた。が、すぐに答える。
「なるほど、そういう話ですか。いえいえ、亡国などと申して失礼いたしました。しかし、今は逃亡中の王女であることに違いはない。その汚れた髪、汚い衣服。かつて西の麗華と称賛された王女のお姿としては、全くおいたわしい限りです。」

 大げさすぎるくらいのジェッシャーで両手を広げて見せる。
 何やら慈愛でも表現しているつもりなのだろうか。

「なるほどね。貴族を裏で支配する、そういうやり方か。その力をどうやって手に入れたかはまだわからないが、これじゃ師匠が追われるはずだ。」
「ほう。いろいろと頭が回るようですね。なら、今の状態が自分たちにとってどれだけ不利かと言うこともわかるでしょう。」
「さあ、どうかな。」
「カ-ルスレイを呼びなさい。」
 そう近くにいた男に告げると、再びカズキの方を向いて言い放つ。

「異世界には魔法が無い代わりに、『ギジュツ』というものがあるそうですね。魔法とは異なるが魔法の様なもの。先ほどのものもおそらくそうなのでしょう。真に興味深い。さあ、それがどんなものか詳しく見せてもらいましょう。」

 なら、遠慮はいらない。
 カズキはユリアナを強く抱きしめる。
 そして魔法を行使しようとした時、男の声に従いユリアナは信じられないような力でカズキの腕を振りほどき、許を離れ走り出したのだ。

「ユリアナ王女。今すぐ私の下に来なさい!」
 信じられないというような表情で、走りながらもカズキに向かって手を伸ばす。
 カズキも手を出そうとするが、それを取り囲んでいる剣を持った男たちが制したため、指先が触れただけでユリアナと離れてしまう。

 魔法行使に集中したことが徒となったのか、それ以上にユリアナを強制する力が強いのか。
 どちらにしても、ユリアナは泣きそうな表情をしながら、贅沢な服を着た男の許に走っていった。

「あれ? 催眠術にでもやられた訳?」
 横でサエコさんが、相変わらず雰囲気を読まない質問をしてくる。
 サエコさんだって、以前にまんまと催眠状態に置かれていたじゃないか。
「精神支配を受けた。もう、基本的には言いなりだ。」
「何それ? あのエロ親父の?」
「そうだ。」

 向こうでは、エロ親父呼ばわりされた男が嫌がるユリアナに命令する。
「ユリアナ王女、あなたは私に逆らえません。さあ、あの男の持っている技を教えなさい。」
「『ギジュツ』は良く知らなぬ。じゃが、武術は強い。サエコはもっと強い。」
「一瞬魔法の発動を感じました。彼の魔法は何ですか?」
「彼の魔法はない。」
「どういうことですか?」
「私と二人でなければ、彼は魔法を使えぬ。」
「ほう。そんなことが。これまた面白い。」

 カズキの魔法の秘密が知られてしまった。
 実際確かに魔法を使うことはできないのだが、はったりも利かせにくい状態になってしまった方が痛い。
 ユリアナと触れていた間に、目の前の魔術師か神官かはわからない男が体内に魔石の様な力を蓄えていることは確認した。
 その事実をもってして、カズキはこの男が教会の高い地位にいる者と確信している。

 シュラウス司教の時もそうだったが、あの力に対して魔法無しで挑むのは至難の業である。
 たとえサエコさんと二人であったとしても。
 と、その瞬間に扉の向こうから獣の咆哮が聞こえてきた。

「なんか、やばめな感じ?」
 サエコさんがようやくそれを感じ取ったのか、反応を見せた。
「最初から厳しい状態さ。だが、少しはやる気が出てきた。」
「あら、そんな子に育てた覚えはありませんわよ。おほほほほ。」

 扉が激しく開き、数頭の魔獣が広い部屋に入って来た。
 カズキたちが森で倒したものと比べても、随分と大きく強力そうだ。
 魔獣たちに遅れて入って来たのは、場違いな小さな女の子。

「遅くなってごめんなさい。カウミゲル大司教様。」
 はあはあ、と息を切らしながらあの男に近づく。
ビンゴ。
偉そうな男は大司教であった。

「カールスレイ。待っていましたよ。さて、お前の可愛いペットたちで、あの二人を可愛がってあげなさい。」
「そんなことしたら、死んじゃいますよ。」
「心配せずとも、それほど弱い相手ではありません。しかも彼らは私たちの理想に刃向う者たちです。お前が殺したくないと思うのであれば、死なない程度に上手く操いなさい。それがお前に出来ることなのだから。」

「はい。悪い奴なのですね。」
「そうですね。猊下は悪魔と呼んでいたようです。」
「それは!」

 どうやら、カズキの悪名は知らぬ間にこの世界に轟いていたようだ。
「かずちゃん、ひょっとしてこの世界で有名人?」
「悪い方でだろうがな。しかし、俺もここに来るまで全く知らなかったよ。」
 4頭の魔獣を前にしても、サエコさんは余裕の表情を変えることはない。
 それだけは頼もしい限り。
 カズキ一人では、魔法無しだと少々厳しいところだ。

 ちなみに、魔獣と言うのは一定の魔法に抵抗力を持った野獣の事を示す。
 通常は飼いならすことはできないとユリアナは言っていたが、それができるのがこの少女なのだろう。
 特異能力といったところであろうか。

「さてお前たちは、ここにいるシューベルの指示に従い向こうの部屋に行くのです。」
 カウミゲル大司教は、先ほどの精神支配により既に影響を与えた奴隷たちに指示を出す。
 すると、遠巻きに取り囲むように見ていた奴隷として集まられた者たちは、その命令に従いシューベルと言う男の前に集まっていく。
 嫌々ながら動かされてるというのが良くわかる。
 何人かは声を上げて抵抗しようとしているが、それすらが無駄な様だ。

「エイブ、ガス! 行きなさい。」
 少女は右手を挙げて、それをカズキらの方に向かって振り下ろした。
 一匹はトラに似た魔獣。
 ただし、毛色は黒と灰色の縞模様。
 黒豹と虎のあいのこと言えばよいか。
 もう一匹は派手な赤色をした狼のような姿。
 その上に黄色く輝くたてがみを持っている。
 どちらも体躯は地球のそれよりやや大きい。

「赤い方が魔獣っぽいわね。じゃあ、そっちいただき。」
 そう言うと、カズキの前を横切りサエコさんが気に入った狼のような魔獣に向かう。
 周囲は兵士たちなのだろうか、剣を持って逃げないように取り囲んでいる。
 転移魔法が使えない今、一気に距離を詰めることはできない。
 まずは、魔獣を何とかしなければならないということである。

「そろそろ楽しくなってきた。」
 カズキもそう呟いたが、あまりに小さな声だったので誰にも聞こえていない。
 サエコさんが聞いていたならば、問題を起こさないようにと注意していた姿が白々しいと感じただろう。
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