魔道の果て

桂慈朗

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第2章 美しき復讐者

(6)異なる思惑

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『まだ、決まったわけではありません。その魔導師がこの世界に来ていれば、そいつを捕まえれば元の世界に戻れる可能性があります。』

 慰めになるのかどうかわからない言葉をイメージとして送ったが、王女は直ぐには反応を示さなかった。
 既に涙は止まったようではある。
 ただ、それでも元の世界に帰れないということは一紀には理解しがたいショックであったようだ。
 まだ、王女の体が小刻みに震えている。
 これは放置するしか仕方がないかと諦めて手を放そうとしたが、逆にその手が強く握りしめられた。
『元の世界に戻ることなど、どうでも良い!妾は奴に復讐せねばならぬ。きっとあ奴はこの世界にいる筈じゃ。そうに決まっておる。カズキよ。妾に手を貸せ!』

 一瞬の間をおいて一紀は同じ言葉を口にしながら意思を伝えた。
『わかりました。私にできる範囲であればお力をお貸しいたしましょう。ただ、この国には貴族も王族もございません。その事だけは重々ご認識頂きたくお願い申し上げます。』
『わかっておる。商人に身を落としても、あ奴だけは必ず追いつめてやる。』
 この美しく華奢な姿のどこに秘められているかわからないが、ギラギラとした強いマグマの様な執念が伝わってきた。
 一紀は恭しく一礼すると、手を放し安西の方を向いて話す。

「なんか変な奴に関わってしまったが、魔法というものを手元においておけるのは非常に面白い。せいぜい上手く使って実験してやろうとするか。」
「また、そんなこと言う!」
 しまった。うっかりしていたが、今日は紗江子さんもまだ残っていたのだ。
「不幸なお姫様を助けるのは男の子の役目でしょ!」
「ちょっと、紗江子さん。本気で言っているの?魔導師がこの世界に来ているかどうかも分からないんだよ。探す方法などないのだから、やるだけ無駄に決まっているでしょ。」
「一紀の力があれば探すことなど一瞬じゃないの。」
「そんな訳ない。」

 俺と紗江子さんのやり取りは、王女からすれば味方しようとしている俺に対して、反対意見を主張している紗江子さんと言う構図に見えるんだろうなと考える。
 それでも、この場をどう納めるべきかに思案を巡らすのであった。

「それにね、仮に魔導師を探すにしても魔法というものがどのようなものかを知らなければ、返り討ちにあうだけでしょ。捜索は重要だけど、その後のことも考えておく方がもっと重要だと僕は思うよ。」
「確かにそうかもしれないけど、、、、でもなんか違う!」
 またまた、紗江子さんの気に食わない攻撃のようだ。
「落ち着いて、紗江子先生。この子たちを警察に届けたとしても、おそらく身元不明でたらいまわしにされるか、下手すれば入国管理局に引き渡されてしまうのは理解できるよね。」
「それはわかる。」
 と不満そうに答えた。

「だから、二人は僕のところで保護しようと思う。面倒はきちんと見るよ。」
「うん。」
「でも、本当に復讐なんてさせる訳にはいかないのも分るよね。人殺しはやはり罪だ。」
「うん。」
「だから時間をかけて、徐々にその気持ちを薄めていかないといけないのも分るよね。」
「だとすれば、慌てて捜索をしてはダメなんだよ。」
「確かに。」
「だから、魔法について先に理解しなければならないということにして、しっかりと時間を費やすことが必要だ。」
「それもわかる。」
「人道的に考えて復讐を諦めさせることを兼ねて、魔法についての検証を進める。何か問題ある?」
「無いけど、、、、無いけど、、、、一紀ちゃんの顔が変に歪んでる。悪だくみをしようとしているときの顔だ。」
「悪だくみじゃないよ。純粋な学術的探究心さ。あまりのことに、ちょっと驚いてしまったから変な顔見せたかもしれないけどさ。これは世界のために大いに役立つことかもしれないでしょ。」
「そうだけど、、、何か納得できない。」
 そう言いながも、紗江子さんは何とか矛先を降ろしてくれたようだ。

 紗江子さんとのやり取りの間、王女と王子が何か会話を交わしていた。
 そりゃこちらのやり取りは気になるだろう。
 言葉が通じない以上、振る舞いで想像するしかないのだから。

 王女が再び近づいてきた。
 何かを伝えようということであろう。
 一紀の正面に立ち、再び手を上げようと見えたのでいつもの如くしゃがみ込もうとしたら、その顔を王女の両手で頬を強く挟み込まれる。
 顔をぐっと寄せられ王女の視線が近い。燃え盛るような瞳で見つめられる。

 背後で再び紗江子がもごもごと何か言おうとしているが、王女の眼力が更に強くなった。
 王女が独り言のような何かをぶつぶつと呟く。
 ひょとして何か魔法を行使しようとしているのかもしれないが、咄嗟の事に視線を外すことができない。
『我に従え!』

 強いメッセージが脳内に飛び込んできた。
 服従の魔法でもあるのだろうか、一紀の心が一瞬強く締め付けられるような感じを受ける。
 たが、だからといって特段何かが変わった感じがするほどでもない。
 精一杯言って、少し同情心が強くなって程度であろうか。
 王女の方はと言えば、未だに俺の眼を覗き込み続けている。
 しかし、一紀の方に自身にそれ以上の変化は感じられない。
 あるいはわからないところで支配されたのだろうか。

 両手を通じて強い思念と共に王女の思惑が流れ込んできたが、どうやらあちらの世界の王族や貴族は特殊な力を持っていたようだ。
 国民を支配する眼力と言っても良いのかもしれない。
 これが魔法によるものなのかはわからないが、こちらの世界ではあまり効果が無いのであろう。
 徐々に王女の表情に焦りの色が見えてきた。

『そのようなことをされなくとも、私は手助けをさせていただきますよ。』
 メッセージを送った途端、ふん!と、ふてくされたような顔を見せながら手を放し、後ろの弟のそばに戻っていった。
 ばれたと思ったのが恥ずかしいのか、あるいは上手くいかなかったことが気に食わないのかわからないが、素早く弟とまた何かを話している。
 失敗だったというようなゼッシャーにも見えるが、内容まではわかる筈もない。

(これが王女様というものの本質なんだろうな。庶民など使って当然と言うことか。しかし、全く自分が置かれている状況が理解できていないようだ。)

 そう考えるとこれからのことが楽しみになろうというものだ。
 ただ同時に、人を支配するような魔法まであることに驚きを覚えもする。

(運よく掛からなかったようだからよかったが、下手するとまだいろいろと隠していそうだな。気を付けないと。)

 正直なところを言えば、本当に魔法により支配されていないかと若干不安を覚えたのもまた事実。
 王女の表情を見る限りは失敗だったと思うのだが、心に何か若干の引っかかりが生じている。
 別に王族にひれ伏すような感情が生まれたわけでは無いが、行動をセーブさせるような何かを心に仕込まれたとすれば腹も立とうものだ。

「何なのよ!」
 冷静に戻ったというか、気を取り直した紗江子さんが俺のところに問い詰めに来たようだ。
「僕たちが協力するいうことに対する感謝のしるしのようです。」
「本当?その割には王女様、何か怒っているようにも見えるけど。」
「平民にお願いするのが多少プライドに障るんでしょう。」
「確かに、それはあるかもね。お姫様だもんね。」
 なんとか納得させることができたようだ。いちいち面倒くさい人である。

 準備させておいた二人分の部屋に使用人たちを使って案内し、一紀は自分の部屋に戻る。
 紗江子さんは多少ごねたものの、丁寧にお引き取り願った。
 しかし、あの調子では再び明日もやってきそうだ。
 今日のごたごたで修練がお預けになってしまったから、間違いなくやって来るだろう。

 40畳近くある広いが雑然とした自室に戻ると、今日得た情報を素早くパソコンに入力していく。
 オリジナルの思考整理プログラムに要素を入力していきながら、関連性を調整していく。
 何が真実でないが嘘かがわからない。
 復讐心は本物のように感じられたが、魔法がある世界の事だ。それすら欺瞞のイメージかもしれないではないか。

 あるいは嘘をあの二人が信じ込まされているという可能性も排除できない。
 極端なことを言えば異世界など全くの虚構であり、それを盲信している超能力者と言う設定も無い訳じゃない。
 更に言えば魔法と言う超能力に見えたそれすら、大きな催眠術の一環であるかもしれないではないか。

 現状では信じられることはほんの僅かしかない。
 あの二人がここに匿われているという事実だけなのである。

(しかし、だからこそ面白い。退屈な世界を変えてくれる何かがありそうじゃないか。)

 一紀の父は、この家の婿養子で大学で経済学の教鞭を取っているが、普段はほとんど家には帰ってこない。
 その理由は家の居心地が悪いからなのは良く知っている。
 母はと言えば、随分昔からボランティアにのめり込んだ挙句世界中を飛び回っている。
 それ自体は好きにすればと思っているが、来る連絡が馬鹿にならない金の無心ばかりなのがこれまた癪なのである。

 それでも今は亡き祖父譲りの莫大な財産があるのと、一紀の特異な才能により起こした企業収益が十分あるため、全く金に困らない。
 逆に、あまりに簡単な生活に飽きていたという面の方が強い。
 安西や紗江子さんといった天才たちに囲まれると、武術や格闘術だけがどうしてかネックと認識はしている。
 自分の身を守れなければ、いつかは戦において不覚を取ることもあろう。

 ともかく、本来はわざわざ学校に行くのも馬鹿らしい状況であるのだ。
 企業の方も全く問題なく軌道に乗っている。
 何をしても失敗のない人生など、楽しいはずがないではないか。
 だから、唯一思い通りになっていない武道修練と運動が、逆に楽しみですらあったのだ。
 だが、そんな飽き飽きするようなくだらない日常に飛び込んできた非日常である。
 興奮を抑えるのに一苦労する。
 願わくば、この突発的な事件がつまらない幕引きで終わらないことを願うのみ。

「魔法だと。全く馬鹿げた話だ。だが、その原理を解き明かすことは俺の抱くべき野望に相応しい。」
 魔導師と言う存在が万が一存在するのであれば、絶対に手に入れようと固く誓うのであった。
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