魔道の果て

桂慈朗

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第2章 美しき復讐者

(9)差違と相似

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『教えていただきたいことが3点あります。そのうち2つについて先にお聞かせください。一つは王女様の世界での戦争とはどのようなものなのか。それと宗教的な縛りはあるのかについてです。』

 一紀が最も知りたいのは魔法の原理・仕組みと活用法であるが、おそらくは魔法は生活の中で一般的に用いられていると想像した。
 理由は、家の中にある基本的な工業製品について、二人が興味深く聞いてきたからだ。
 彼らはこの世界における技術の多くが魔法で賄われているのだと考えた。
 それだけ生活の中で密着した魔法であるからこそ、同時に戦においても用いられているに違いないとというのが先ほどまでの考え。
 ただ、魔法の用いられ方は戦中心ではない可能性が出てきた。
 大魔導師までがいて、生活の中にまで魔法が用いられているというのに、それが戦に利用されないという理由はちょっと想像がつかない。
 こちらの世界にでも、最初に技術が進展するのはエロ系と戦系である。
 それは人類の真実。
 その定理が否定されるとすれ宗教その他の規範が異なるということか、あるいは異世界の人類は全く異なった規範の中で生きているのか。
 どちらにしても、魔法が戦闘において用いられない理由を知らなければならない。
 これもまた、魔法を研究する上での重大な要因となると考えるからだ。

『そうだな。妾は戦の前線に出たことはないが、国家間の争いは騎士や兵士同士の戦いにより決し、魔法が前線で使われることはあまりないと聞いている。』
『なぜ、魔法が用いられないのですが?』
『役に立たないからだ。』
『役に立たない?』
『そうじゃ。』
『なぜ役に立たないのですか?』

 王女は少し考えたあと、返答を送ってきた。
『その理由は尋ねたことが無い。ただ、そう言われているし、そう教えられてきた。』

(ここは誤魔化しかな?)

 王女の表情に緊張が走ったため、魔法の弱点を伝えたくないのであろうと推測する。
『宗教的理由ではなく?』
『確かにケルム神は争いを好まない。』
『ケルム神以外にも神様はいらっしゃるのでしょうか?』
『神がいくつもいる訳が無かろう! 貴様らの世界にはいるのか?』
『いるともいないとも言えませんが、人それぞれでしょうか。』
『良くわからん物言いだな。』
『少なくとも私個人は神を信じておりません。』
『こ、この不届き者が。』
『謝罪ならいくらでも致しますが、この世界はそういう場所だとご認識頂けると嬉しいですね。』

 王女はどう受け取ったのか、返事をよこさない。
『でも、宗教的には戦争を完全に否定しているわけでは無いと。』
 答えは返ってこないが、表情から同意と判断する。
『では、魔法の話はしなくてもいいので、ケルム神についてお教えいただけませんか。祈祷所とかはあるのでしょうか。』
 やや露骨だが、そう振ってみることにした。

『すべての国にはケルム教の教会があり、あまねく国民を守っておられる。異端の神を信じる者には天罰が下る。』
 どうやら、警戒しているのは魔法に関してのようで、それ以外は答えてくれるようだ。
『では、社会制度等についても少しお伺いします。』

   ◆

 得た答えからどんどんと質問を広げていくと更に分ったことがある。
 単純に姿かたちがこの世界の人間とほとんど変わらないので、思い込みで同じような生活をしていると考えてしまうのは大変危険だということだ。
 よく、上手い詐欺師は多くの真実の中に少しだけ嘘を混ぜて人をだますと言われているが、今回のケースもそれと似ていると言ってよい。
 似たような生活が大部分を占めるのだろうが、一部の根本的な違いが社会規範や慣習を全く違うものにしている可能性がある。
 一紀も王女もそれぞれが当然だと思っていることに、決定的な差があれば意思疎通に大きな間違いが生まれるということだ。

(予想していた以上に厄介だ。)

 考えてみれば、同一世界の地球であってすら、文化の違いによる摩擦がいくらでも生じているではないか。
 それをなんとなく無視して理想のみを見ながら生きている人は多いが、トラブルを受けて初めて違いに気が付くのである。

 今日の問答ですら、あちらの世界における貴族と平民の根本的な違いは、基本的に人として扱われるのは貴族のみであって、国民は一部の富豪を除いて全て奴隷的な立場であるようである。
 もちろん、奴隷と言う言葉が示す意味に差があるだろう。
 極端なことを言えば、地球においてもアメリカなどを穿った目で見れば、一部の富豪とそれ以外の奴隷的な低所得者層と言っても納得できるかもしれない。
 ただ、国民そのものを道具や財産のように国家間の勝ち負けに伴ってやり取りしているとは思わなかった。
 土地も、国民も財産だから戦争では無理矢理殺すことはない。独特の風習があるということか。

 今までの態度からすると、自分の財産だから奴隷として軽く扱う可能性もあるようにも見える。
 一紀にかけようとした服従の力を使えれば、反乱などを防ぐこともできるのではないか。

(だから、兵士は国の宝だったんだな。兵士も基本的に貴族さまと言うことなのだろう。宗教的制約についてまではわからなかったが、おいおい話をしていくしかないだろう。)

 なお、その他に教会には神官がいて別の勢力を持っているような感じである。
 これもあくまで勘ではあるが、倫理的な意味で国民を大切にしているのではなく、経済的な意味で国民を保護していると言った感じか。
 だとすれば、食糧がふんだんには存在していないと言う推論も可能かもしれない。

『食糧難というものは、良く生じるのですか?』
『20年に一度くらいははそういうことがあるとは聞いておる。ただ、妾は体験したことはない。作物の生育に合わせて国民の数を調整するのじゃ。』
 どうやら、あちらの世界における国民というものは家畜と変わらないらしい。
 文化と言うにはあまりに差が酷過ぎるため、感情的には受け入れにくい。

『では3つめの質問です。大魔導師は、なぜ王様と王妃様を殺すなどという愚行にでたのでしょうか。』
 琴線に触れる問いであったため、この問いは敢えて最後に回した。
 おそらく感情が昂ぶり答えられないだろうが、反応だけでも見ておいた方が良いと考えての問いである。
 予想通り言葉にならない感情が飛び込んできて、繋がっている手が振りほどかれようとしたので強く握りしめる。
 感情的になってもらった方が情報も出やすいであろう。
 断片的なイメージと言葉が脳内に飛び込んでくる。

『許さん!王家の恩義を仇としよって、必ず討ち果たす!』
『もし、大魔導師が追いつめられたのだとしたならば、その根本理由があったはずです。それは一体何ですか?』
『大罪人の言い分など聞く必要もない!そもそも、世界を手に入れようなどと言う狂信的な野望を抱く輩に、どんな義があるというのだ!悪魔のような所業、神様も決して許されるはずはない!』

(クーデターかな?でもこれまでの話からすれば、大陸内は10以上の国が領土を争い合っていると聞いていたから、世界征服をしようとしたってことか。)

 仮に大魔導師にそこまで力があるのだとすれば、ちょっと認識を改めないといけない。
 しかし、大魔法を用いてルール無用で攻めれば、確かに貴族の騎士や兵士では敵わないだろう。

(では、なぜそれほどの魔導師が異世界に逃げなければならない? さらに、王女の短剣はかなり深く刺さっていた。これは致命傷ではないのだろうか。)

 未だユリアナ姫の罵声にも近い思念が断片的に飛び込んでくるが、意味のないものは無意識的なフィルターで排除している。
 でないと、全くもって五月蝿くてたまらない。

『お気をしっかりお持ちください。きっと憎き魔導師はこの世界に来ているでしょう。今はまだ見つけられておりませんが、それほどの存在であれば、きっと見つけられると思います。』
 乱れた思念を意識の力で無理矢理調整したのか、抑え込むイメージも伝わってくる。
『取り乱して悪かったな。お前の助力期待しているぞ。』
 呼吸を整えた後、王女は優しい笑みを見せながら一紀にそう言った。
 王女はその魔導師が生きていることを確信しているようだ。
 治癒の魔法を見せられたし、その効果がどの程度かはわからないが、生きのびていると考えた方が良いのだろう。

 魔法をなぜ争いに用いないのかは、過去の経験から来た慣習かもしれないが、それを打ち破れるだけの力を大魔導師は秘めている。
 だとすれば、こちらの世界であっても決して侮れない相手であるというのは間違いないであろう。
 さらに言えば、理由はさておき世界征服を目指すという狂気の持ち主でもある。
 慎重に行く必要があることは十分理解できた。

 その後は、比較的たわいもない文化風習に関する雑談を続け、明日にでもこちらの世界の街を案内するという約束し、今日の情報交換を終了した。
 ただ、興味津々の紗江子さんは話を聞けば絶対連れて行けと駄々をこねるだろう。

 それにしても初日は気が張っていてそれほど感じなかったが、このテレパシー的なやり取りは思っている以上に体力や気力を消耗するようだ。
 一方で、こちらの世界でも魔法に関係するエーテルというものが薄いながらもあると言っていた。
 すなわち、一紀たちも正しい方法を身につければ魔法を使える可能性があるのではないかと思わせてくれる。
 本来使えないはずの場所で無理矢理使ったから王女は疲れたのではないだろうか。
 ただ、ステイタスが見えるなどと言うゲーム的な要素は一切ない。
 現代社会なのだから当然の話ではあるが。

 王女と王子を適当な雑誌を与えて部屋に帰したあと、安西や複数の使用人たちを集めてミーティングを開く。
 わかった事実を的確に言及した後、まだ推論にすぎないポイントを冷静に説明する。
 一紀が現状抱いている最大の疑問は、大魔導師が本当に犯罪者と言えるのかどうかであった。

「まあ、王と王妃を殺したというのであれば、その点は間違いなく犯罪者ですがね。」
「だから、そんな当たり前の話を聞くためにお前たちを集めたのではない!」
 一紀のいつもながらの叱責に、これまた日常業務のように首をすくめながら安西が無言で答えた。

「クーデターの理由がわかればいいんですけどね。こちらの世界の常識からすれば、あちらの身分制度は受け入れがたいのですが、その魔導師がそれだけのためにクーデターを起こしたと考えるのは飛躍しすぎですし。」
 使用人の中で最年少の男性である児島が意見を出す。
「ふむ。魔導師と魔術師があるようだが、その社会的地位についてまだわかっておらんな。明日以降にでも聞いてみよう。」
「でも、彼女は何故魔法に関することについて、ここまで隠そうとするのでしょうか?」
今度は唯一の女性である水橋が尋ねる。彼女には基本的に王女の世話を担当してもらっている。
「交渉カードとして利用しているのはわかるが、おそらくは俺のことを見下し信用していないからだろう。」
「でも、どんなことをしても情報は手に入れるのでしょう?一紀さま。」
「当たり前だ!」
「催眠は難しそうですが、薬を使えば可能かと思いますが。」
「それが魔法に影響を与えないとも限らん。大魔導師がこの世界にいるならばそちらの確保を優先するが、それがわかるまでは姫さんは唯一の証拠でり糸口だからな。大切にしてやらんと。」
 そう話す一紀の顔に浮かんだ笑みには、優しさのかけらも見えてこなかった。
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