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第2章 美しき復讐者
(16)逆手の捜索
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「いや、お前のせいではない。予想できたことだったのに手を打たなかった俺の責任だ。」
いつもと違い、電話先の一紀から叱責の声が聞こえてこないことが逆に水橋に大きな恐怖を感じさせた。
一紀は安西を、そしてその部下である水橋たちを信用しているからこそ、少しでも不満があれば叱責と言う評価を下してきた。
もっとできるだろうという期待であることは常々感じている。それは年下相手とは言え誇りでもある。
ところが、叱責がないということは水橋は見限られる危険性があるとを意味している。
予想以上に居心地の良かった職場を失うのは、水橋にとってもかなりの精神的ダメージなのだ。
「はい、申し訳ございませんでした。」
車の中でそう答える水橋の声は、いつもと変わらぬポーカーフェイスから繰り出される冷静なものではあった。
だが、実際のところ心の中で悔し涙を密かに流している。
一紀は水橋がプロだからこそ、こうした失態を許さないだろうと考える。
掴まえた子供から学校や連絡先は問い正したし、一緒に来ていたメ同級生たちの名前も聞き出した。調べれば所在も直ぐに掴めるはずだ。
それでも、王女の画像等が流出してしまえばもはや止めるのは至難の業である。
一紀には使える荒業があることも知っているが、一般社会的には大丈夫でもその筋のプロフェッショナルには隠しきれない。
王女と王子は、この世に本来存在しない人間なのだから。
その時、ポーカーフェイスと言えば聞こえがよいが能面のような顔で電話報告していた水橋から、突然紗江子さんが勢いよく携帯を取り上げた。
「何を。。!」
返してくれと紗江子に詰め寄ろうとしたが笑いながら手で制し、紗江子は携帯に向かって話しかける。
「今日のは、かずちゃんが来てないから悪いのよ。わかってる!?」
ああ、そんなことしても雇用主であるあの少年が考えを改める訳もないのに。
ポーカーフェイスが常の水橋にも、一瞬かつわずかではあるが表情が生まれる。
しかし、紗江子はそんなことお構いなしだ。
「だから、誰も悪くない。わかっているわね!」
これを一紀に言えるのが紗江子さんだけだというのも、既に3年を超える契約を続けてきた水橋は良く知っている。
紗江子は一紀にとって特別。
あの異常な頭脳と精神力と傲慢さを併せ持つ少年が、なぜか紗江子の前では本来の精神年齢を取り戻すのだ。
それは、驚きと共に悔しさも感じさせてくれる出来事であった。
人の心に入り込むこと。
水橋にはできないことである。
紗江子はもう二、三のやり取りを交わした後、勝手に電話を切って水橋に返してきた。
再度電話しようと操作を始める水橋をなだめるように制して紗江子は続ける。
「かずちゃんは、あなたのこともとても信頼しているわ。頼りにしているの。でも、いつも背伸びしているから、自分で決めたルールに縛られているわ。」
「はい。」
「でも、私がいる限り大丈夫。きっと、普通の感情を取り戻させる。だから、今回は大丈夫。」
水橋には、紗江子の心理とそこに隠された何かについて理解が及ばない。
今のそれが、今回の失態をとりなしてくれたということはわかった。
雇用主である少年が許すかどうかはわからない。
それでも、もしかしたらこの居心地の良い職場にまだ居られるかも知れないと考え、心の中で少し安堵した。
◆
「とんだ失敗だ!外出を許したのは俺だが、細心の注意を払うのは当然だろう!!」
「確かに水橋は迂闊でしたな。」
「今すぐ会社を使って情報を抑えにかかるが、それでも人の口に戸を立てることはできない。まず間違いなく流れるか。さて、どうする?」
安西に相談したように見えるが、実際には相手が誰だって良い。
安西も十分承知しているが、いつもの儀式のようなものと割り切っている。
少年が考えをまとめるためのスタイルなのだ。
「抑えるのではなく、情報を広げる事で魔導師の反応を燻り出すか。だとすれば、二人の身分証明が必要になるな。安西!」
「はい。」
「中東系で身分証明書を用意できるところはあるか?」
「非合法なら。」
「構わん。脅しを入れる必要があるなら言え。」
「了解しました。」
「元まで探られることを考慮したものでないとダメだぞ。」
「だとすれば、費用と時間がかかりますな。」
「費用は構わんが、時間はダメだ。迅速にやれ!」
「では一週間頂戴します。昔のツテを使いましょう。」
「うむ。俺は偽装の準備に入る。部屋には人を入れるな。」
「承知しました。では。」
安西が出て行くのを確認すると、一紀は部屋に籠もり一人で考え込んだ。
確かに一時の激情で水橋を切るのは考えものかも知れない。
あの気まぐれで自分勝手な王女の相手をさせつつ、口が硬い使用人を捜すというのはかなり骨が折れることなのだから。
納得がいけば決断は早い。
帰ってきたら、こっぴどく糾弾してやる。
写真を撮られたせいで、どれだけの費用と手間が必要になったのかを判らせなければならない。
甘い部分は断ち切ってもらわなければ、今後の業務にも多大な支障が出るのだから。
4日後には、安西は全てを整えて帰ってきた。
だが、その口から出てきた内容に一紀は唖然とさせられる。
「俺の腹違いの妹と弟って、どんな設定なんだ!」
「お父様の了解は得ております。」
「了解したのか!?」
「非常に喜んでおられましたよ。」
「訳が分からん!」
「どうやら、子供は複数欲しかったらしいですね。」
「それより、おふくろが聞けば血が流れるだろ。」
「そちらも調整済みです。」
「えっ?」
「事情を上手くお話しさせていただけば、ご協力いただけると言うことでした。」
「それは、親父の浮気の噂の件は絡んでないよな。」
安西はにやりと笑いやがる。
「あとで、口裏合わせの必要事項をお届けしますが、それほど難しい話ではございません。」
「確かに、浮世離れしたおふくろのことだから、また変な夢見ているのかも知れないが。」
「そのあたりは、お母様のプライバシーにも関わりますので、私の方からは申せません。」
「あぁぁ、もういい!それ以上、親の弱みや変なところを聞きたくない。」
「では、そういうことで。」
「だがな、顔も体型も全く似ていない腹違いの兄妹ってあり得ないだろ!」
「どうせこの件を利用しようとなさるのでしたら、あり得ないくらいの設定で丁度良いかと思いますが。」
と、首をすくめながら飄々とぬかすのだ。
ただ、一体どんな方法でまとめ上げたのかわからないが、王女と王子は一紀の妹と弟に仕立て上げられた。
安西のことだから、書類の内容等で付け込まれるような甘い仕事はしていないだろう。
本来一紀が命じたのは、単に身分を証明する資料を準備すること。
で、それには不法入国者関連の闇パスポートとそれをフォローする偽の親でも用意すれば良かったはずなのに。
安西のこの仕事をもって奴を有能と片付けるのはかなりシャクである。
本当に遊びと仕事の境目がない奴だ。
それでも、確かに一紀の妹と弟と言うことなら、今後の対応は非常にスムーズに行く。
一紀は安西の策に乗ることで考えを進めることにした。
王女はこの設定を嫌がるかも知れないが、アレクサンダラスを引っかけるための罠だと言えば、渋々でも了解するだろう。
身分を証明できるようになったのだから、今度は積極的に王女の露出を増やすことで魔導師を探しにかかることとする。
アレクサンダラスは腹違いの妹と弟の生き別れになった祖父という設定が理想的であろう。
これで本格的に燻り出しを始めることができる。
なお、王女と王子は言葉が通じないので、学校まで連れて行く訳には行かないが、モデルとして雑誌などへの露出を増やす方向で行く。
既に知っている雑誌社への連絡は安西が付けているようだ。
さて、どのような反応が出てくるだろうか。
◆
一紀が安西の報告を受けた時から遡ること二週間。
アレクサンダラスは、ある企業の役員と会っていた。
信じられないことに、彼は既に日本語をある程度習得している。
もちろん細かな会話ができる訳でない。
ただ、念話によるフォローを美鈴を介して入れてもらうことで、特に問題ないコミュニケーションが可能である。
既に、こちらの世界の常識や事象についてもかなり勉強した。
三週間ほどではあるが、彼の知識吸収力と理解力は常任が遙かに及ばないレベルにあったのだ。
しかし本来、言葉も余り通じない異国の老人が、企業との接点を容易に掴めるほど甘いモノではない。
ここでも、美鈴の人脈が見事に生かされることとなった。
アレクが美鈴のところに転がり込んで一週間ほど経た時である。
美鈴が家の中でいきなり苦しみ始めた。
柔和な彼女の顔が鬼の形相に変わるほどのそれは、病気が尋常のものではないことがアレクにも理解できた。
本来、こちらの世界の人間に簡単に魔法を見せるつもりはなかった。
それれも、恩義ある女性の危機に際してアレクはその力を振るった。
病巣を死滅させ、その上で別途治癒を施したのだ。
単純な治癒であれば向こうの世界で使える者も少なくい。
しかし、アレクのように悪い部分を選択して死滅させ、健康な部分のみに治癒を施すと言うことができる者は一人もいない。
自慢の弟子達でも、それを完全に為せる者は誰もない。
その特別な力を振るった甲斐もあって、美鈴は瞬く間に元気を取り戻すことができた。
病巣が消えたことを感じとったのか、美鈴はアレクを伴い病院の診察を受け、健康体であることが証明されることとなった。
医師は大層驚き、大きな騒ぎになりそうな雰囲気が生じたが、美鈴が取り持つと騒ぎはすぐに収まる。
なぜなら、その病院は美鈴が亡き夫の後を継ぎ理事長についたところだったからである。
元気になった美鈴は様々な形で感謝を示そうとした。
ただ、片言の単語では埒があかず業を煮やした彼女が手を握った時に、アレクは念話を使うこととした。
果たして、アレクの目的が一気に花開き始めたのである。
魔法そのものは二人の秘密としたが、彼女の後ろ盾を得て企業との接点を得ることができたのだ。
美鈴は、アレクに深く立ち入って背景や生い立ちを聞こうとはしない。
それも、アレクにとっては非常に好都合だったと言えるだろう。
いつもと違い、電話先の一紀から叱責の声が聞こえてこないことが逆に水橋に大きな恐怖を感じさせた。
一紀は安西を、そしてその部下である水橋たちを信用しているからこそ、少しでも不満があれば叱責と言う評価を下してきた。
もっとできるだろうという期待であることは常々感じている。それは年下相手とは言え誇りでもある。
ところが、叱責がないということは水橋は見限られる危険性があるとを意味している。
予想以上に居心地の良かった職場を失うのは、水橋にとってもかなりの精神的ダメージなのだ。
「はい、申し訳ございませんでした。」
車の中でそう答える水橋の声は、いつもと変わらぬポーカーフェイスから繰り出される冷静なものではあった。
だが、実際のところ心の中で悔し涙を密かに流している。
一紀は水橋がプロだからこそ、こうした失態を許さないだろうと考える。
掴まえた子供から学校や連絡先は問い正したし、一緒に来ていたメ同級生たちの名前も聞き出した。調べれば所在も直ぐに掴めるはずだ。
それでも、王女の画像等が流出してしまえばもはや止めるのは至難の業である。
一紀には使える荒業があることも知っているが、一般社会的には大丈夫でもその筋のプロフェッショナルには隠しきれない。
王女と王子は、この世に本来存在しない人間なのだから。
その時、ポーカーフェイスと言えば聞こえがよいが能面のような顔で電話報告していた水橋から、突然紗江子さんが勢いよく携帯を取り上げた。
「何を。。!」
返してくれと紗江子に詰め寄ろうとしたが笑いながら手で制し、紗江子は携帯に向かって話しかける。
「今日のは、かずちゃんが来てないから悪いのよ。わかってる!?」
ああ、そんなことしても雇用主であるあの少年が考えを改める訳もないのに。
ポーカーフェイスが常の水橋にも、一瞬かつわずかではあるが表情が生まれる。
しかし、紗江子はそんなことお構いなしだ。
「だから、誰も悪くない。わかっているわね!」
これを一紀に言えるのが紗江子さんだけだというのも、既に3年を超える契約を続けてきた水橋は良く知っている。
紗江子は一紀にとって特別。
あの異常な頭脳と精神力と傲慢さを併せ持つ少年が、なぜか紗江子の前では本来の精神年齢を取り戻すのだ。
それは、驚きと共に悔しさも感じさせてくれる出来事であった。
人の心に入り込むこと。
水橋にはできないことである。
紗江子はもう二、三のやり取りを交わした後、勝手に電話を切って水橋に返してきた。
再度電話しようと操作を始める水橋をなだめるように制して紗江子は続ける。
「かずちゃんは、あなたのこともとても信頼しているわ。頼りにしているの。でも、いつも背伸びしているから、自分で決めたルールに縛られているわ。」
「はい。」
「でも、私がいる限り大丈夫。きっと、普通の感情を取り戻させる。だから、今回は大丈夫。」
水橋には、紗江子の心理とそこに隠された何かについて理解が及ばない。
今のそれが、今回の失態をとりなしてくれたということはわかった。
雇用主である少年が許すかどうかはわからない。
それでも、もしかしたらこの居心地の良い職場にまだ居られるかも知れないと考え、心の中で少し安堵した。
◆
「とんだ失敗だ!外出を許したのは俺だが、細心の注意を払うのは当然だろう!!」
「確かに水橋は迂闊でしたな。」
「今すぐ会社を使って情報を抑えにかかるが、それでも人の口に戸を立てることはできない。まず間違いなく流れるか。さて、どうする?」
安西に相談したように見えるが、実際には相手が誰だって良い。
安西も十分承知しているが、いつもの儀式のようなものと割り切っている。
少年が考えをまとめるためのスタイルなのだ。
「抑えるのではなく、情報を広げる事で魔導師の反応を燻り出すか。だとすれば、二人の身分証明が必要になるな。安西!」
「はい。」
「中東系で身分証明書を用意できるところはあるか?」
「非合法なら。」
「構わん。脅しを入れる必要があるなら言え。」
「了解しました。」
「元まで探られることを考慮したものでないとダメだぞ。」
「だとすれば、費用と時間がかかりますな。」
「費用は構わんが、時間はダメだ。迅速にやれ!」
「では一週間頂戴します。昔のツテを使いましょう。」
「うむ。俺は偽装の準備に入る。部屋には人を入れるな。」
「承知しました。では。」
安西が出て行くのを確認すると、一紀は部屋に籠もり一人で考え込んだ。
確かに一時の激情で水橋を切るのは考えものかも知れない。
あの気まぐれで自分勝手な王女の相手をさせつつ、口が硬い使用人を捜すというのはかなり骨が折れることなのだから。
納得がいけば決断は早い。
帰ってきたら、こっぴどく糾弾してやる。
写真を撮られたせいで、どれだけの費用と手間が必要になったのかを判らせなければならない。
甘い部分は断ち切ってもらわなければ、今後の業務にも多大な支障が出るのだから。
4日後には、安西は全てを整えて帰ってきた。
だが、その口から出てきた内容に一紀は唖然とさせられる。
「俺の腹違いの妹と弟って、どんな設定なんだ!」
「お父様の了解は得ております。」
「了解したのか!?」
「非常に喜んでおられましたよ。」
「訳が分からん!」
「どうやら、子供は複数欲しかったらしいですね。」
「それより、おふくろが聞けば血が流れるだろ。」
「そちらも調整済みです。」
「えっ?」
「事情を上手くお話しさせていただけば、ご協力いただけると言うことでした。」
「それは、親父の浮気の噂の件は絡んでないよな。」
安西はにやりと笑いやがる。
「あとで、口裏合わせの必要事項をお届けしますが、それほど難しい話ではございません。」
「確かに、浮世離れしたおふくろのことだから、また変な夢見ているのかも知れないが。」
「そのあたりは、お母様のプライバシーにも関わりますので、私の方からは申せません。」
「あぁぁ、もういい!それ以上、親の弱みや変なところを聞きたくない。」
「では、そういうことで。」
「だがな、顔も体型も全く似ていない腹違いの兄妹ってあり得ないだろ!」
「どうせこの件を利用しようとなさるのでしたら、あり得ないくらいの設定で丁度良いかと思いますが。」
と、首をすくめながら飄々とぬかすのだ。
ただ、一体どんな方法でまとめ上げたのかわからないが、王女と王子は一紀の妹と弟に仕立て上げられた。
安西のことだから、書類の内容等で付け込まれるような甘い仕事はしていないだろう。
本来一紀が命じたのは、単に身分を証明する資料を準備すること。
で、それには不法入国者関連の闇パスポートとそれをフォローする偽の親でも用意すれば良かったはずなのに。
安西のこの仕事をもって奴を有能と片付けるのはかなりシャクである。
本当に遊びと仕事の境目がない奴だ。
それでも、確かに一紀の妹と弟と言うことなら、今後の対応は非常にスムーズに行く。
一紀は安西の策に乗ることで考えを進めることにした。
王女はこの設定を嫌がるかも知れないが、アレクサンダラスを引っかけるための罠だと言えば、渋々でも了解するだろう。
身分を証明できるようになったのだから、今度は積極的に王女の露出を増やすことで魔導師を探しにかかることとする。
アレクサンダラスは腹違いの妹と弟の生き別れになった祖父という設定が理想的であろう。
これで本格的に燻り出しを始めることができる。
なお、王女と王子は言葉が通じないので、学校まで連れて行く訳には行かないが、モデルとして雑誌などへの露出を増やす方向で行く。
既に知っている雑誌社への連絡は安西が付けているようだ。
さて、どのような反応が出てくるだろうか。
◆
一紀が安西の報告を受けた時から遡ること二週間。
アレクサンダラスは、ある企業の役員と会っていた。
信じられないことに、彼は既に日本語をある程度習得している。
もちろん細かな会話ができる訳でない。
ただ、念話によるフォローを美鈴を介して入れてもらうことで、特に問題ないコミュニケーションが可能である。
既に、こちらの世界の常識や事象についてもかなり勉強した。
三週間ほどではあるが、彼の知識吸収力と理解力は常任が遙かに及ばないレベルにあったのだ。
しかし本来、言葉も余り通じない異国の老人が、企業との接点を容易に掴めるほど甘いモノではない。
ここでも、美鈴の人脈が見事に生かされることとなった。
アレクが美鈴のところに転がり込んで一週間ほど経た時である。
美鈴が家の中でいきなり苦しみ始めた。
柔和な彼女の顔が鬼の形相に変わるほどのそれは、病気が尋常のものではないことがアレクにも理解できた。
本来、こちらの世界の人間に簡単に魔法を見せるつもりはなかった。
それれも、恩義ある女性の危機に際してアレクはその力を振るった。
病巣を死滅させ、その上で別途治癒を施したのだ。
単純な治癒であれば向こうの世界で使える者も少なくい。
しかし、アレクのように悪い部分を選択して死滅させ、健康な部分のみに治癒を施すと言うことができる者は一人もいない。
自慢の弟子達でも、それを完全に為せる者は誰もない。
その特別な力を振るった甲斐もあって、美鈴は瞬く間に元気を取り戻すことができた。
病巣が消えたことを感じとったのか、美鈴はアレクを伴い病院の診察を受け、健康体であることが証明されることとなった。
医師は大層驚き、大きな騒ぎになりそうな雰囲気が生じたが、美鈴が取り持つと騒ぎはすぐに収まる。
なぜなら、その病院は美鈴が亡き夫の後を継ぎ理事長についたところだったからである。
元気になった美鈴は様々な形で感謝を示そうとした。
ただ、片言の単語では埒があかず業を煮やした彼女が手を握った時に、アレクは念話を使うこととした。
果たして、アレクの目的が一気に花開き始めたのである。
魔法そのものは二人の秘密としたが、彼女の後ろ盾を得て企業との接点を得ることができたのだ。
美鈴は、アレクに深く立ち入って背景や生い立ちを聞こうとはしない。
それも、アレクにとっては非常に好都合だったと言えるだろう。
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