魔道の果て

桂慈朗

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第2章 美しき復讐者

(27)齟齬の広がり

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『最近、カズキはほとんど帰ってこない。』
『魔法を取得するのが難しくて、計画が思うように進まないのです。ユリアナ様のこと、あまりお世話ができず申し訳ございません。』
『別にそのようなことを責めたい訳では無い。』
『では、なんでしょうか?』
『カズキは随分無理をしているのではないか。』
『いえ、そんなことはございません。』
『しかし、勉学の徒でありながらここのところ学舎にも通っておらぬ。妾たちを向こうの世界に戻すため、随分と無茶をしているのではないか?』

 最近、王女の態度がかなり変わった。
 まるでカズキのことを心配しているような風体を装っているが、アレクサンダラスの顔を生では見れないことに苛立ちを覚えているのではないかと判断している。
 王女が好意を示している?
 そんな事があるはずもない。
 人を無理矢理服従させようとまでした相手である。
 確かに、全く知らない世界に連れてこられ寂しいという面はあろう。
 ただ、その場合でも憐みにより庇護者となっている一紀の歓心を買っておきたいという打算が見える。

『いえいえ、滅相もございません。私の体を気遣っていただけるとは、大変光栄です。ただ、魔法を覚えることは私としても是非ともやり遂げたい事なのです。ご心配には及びません。』
『なぜ、カズキはもっと胸襟を開いてはくれないのか。この世界には貴族がないと言ったのはカズキではないか。』
『確かに、この国には貴族はございません。ただ、この世界にはまだ貴族的な社会はいくつかございます。』
『じゃが、このニホンにはないのだろう。では、そのように扱ってほしいのじゃ。』
『王女様。物事には手順がございます。おそらく、今すぐにそのような扱いをされると、耐えられなくなるかと思います。少しずつ変えていきますので、暫しのご猶予を願います。』
『全く、お前は口がたつな。いい様に丸め込まれているのは、それこそ口惜しいぞ。』
『ご無礼については深くお詫び申し上げます。ただ、いずれは元の世界に帰られる御身ですので。』

『カズキは向こうの世界に興味はないか?』
『「ない」と言えば嘘になりますが、この世界でやりたいことがまだ多くありますので、念頭にはございません。』
『そうじゃ、妾があ奴から異世界転移の魔法を学ぶと言うのはどうじゃ? さすれば、お前も妾も自由に行き来できるかもしれんぞ。』
『失礼ながら、王女様は転移の魔法を使えるのでしょうか? 非常に困難な魔法と聞いておりますが。』
『魔法の一切使えぬお前が習得できるのであれば、妾に学べぬ道理はないじゃろうて。』
『魔法には適性があると聞いておりますが、それはどうなのでしょうか?』
『確かに、妾には生の魔法と光の魔法しか使えぬが。』
『もしその他の5つの魔法を使えるとなれば、アレクサンダラスも認めるかもしれません。ただ、あいつを親の仇と定める王女に会おうとするかどうか。そもそも王女は感情を抑えられますか?』
『うむぅ。奴は必ず討ち果たす!』
『ですから、今の形が最適かと進めているのです。』
『そうじゃが。』
『そういえば、最近レオパルド王子をあまり見かけませんが。』
『「反抗期」というのか? 最近、妾にもあまり近づこうとせず、もっぱら安西に言葉を学んでいる様じゃ。』
『紗江子さんではなく?』
『どうも、サエコのこともあまり得意ではない様じゃな。』
『確かに最初から意外と馬があったのか、最初から安西とは組手などやっていましたね。』

「カズキ。」
『妾も何か役立ちたいぞ。』
 ユリアナ王女は、一紀の目を見ながら訴えてきた。
 さすがに飛び抜けた美貌の主であり、冷静沈着な一紀とは言えども目を合わせ続けることは難しい。
 目を逸らせようにも、手を重ねる距離にいる訳だから、自然と不自然な体制になってしまう。
 一紀とて朴念仁と言うわけでは無い。
 ただ、それが最優先事項ではないので、念頭から切り離して来ただけである。
 学校では特にそのような場面に出会うことが無かったが。

『そ、それでは、私がアレクサンダラスから学びつつある魔法について、王女様にお伝えしましょう。そんな程度では難しいかもしれませんが、万が一にも転移の魔法が使えるようになれば、それに越したことはありませんし。』
『本当か!?』
 王女の顔が一気に明るくなる。
 多少時間を取られることにはなるが、今までも状況報告は行ってきた。
 アレクサンダラスを見つけて以降、報告の時間が短くなっているが継続している。
『はい、その方向で対応させて、、、』

「かずちゃん、いる!?」
 応接室に元気よく飛び込んできたのは、予想通りあの人だ。
「あれ!? 何してるの?」
「状況の報告だよ、紗江子さん。あれ、安西は?」
「いなかったわよ。」

 紗江子に続いて水橋が必死な顔をしながら入って来た。
 制止しきれなかったようだ。
 しかし、ポーカーフェースの水橋がここまで必死になるとは面白い。
「しかし、二人っきりで? しかも、手をつないで見つめ合って?」
 思いきり怪訝そうな顔つきで睨んでくる。
「見つめ合ってないだろう!」
「怪しい。。」
「水橋! なぜ止めない。」
「申し訳ございません。」
「あら、水橋さんが悪い訳じゃないわよ。」
「じゃあ、紗江子さんが悪いということだな。」
「紗江子先生と呼びなさい!」

「そんなことより、何の用?」
「用がないと来ちゃだめだっけ?」
「そもそも、紗江子先生は俺の修練を手伝っているだけだし、修練は週に3回。そして今日はその日じゃない。さて、何の用でしょうか?」
「私はユリアナちゃんの語学教師も務めているのよ。」
「それは、勝手にやっているだけでしょ。」
「あら、私の方が上手く出来てるわよ。」
「何を基準にそんなことを。」
「そんなことより、念話で何の話をしていたの? どうもその念話って、内緒話になるから気にくわないわ。」
「しかたないでしょ。まだ日本語を話せないんだから。って、教えているときに、散々念話を使っているでしょうが!」
「それそれ、今は別!」
「どんな論理だよ。」

 やれやれと言う風に安西の真似をしてみるが、紗江子の表情はむっとしたままだ。
 身長は170cm程度と一紀よりも高く、ポニーテールにまとめられた髪の毛を揺らしながら、腕組みをして睨みつけてくる。
「アレクサンダラスから俺が指導を受けている内容を、ユリアナ王女にも伝えて魔法の勉強をしてもらうという話だよ。俺には魔法の資質が無いのか今のところ使えそうもないし、王女の方が先に転移の魔法を使えるようになるかもしれないからね。」
「ほんとに?」
「嘘だと思うなら、王女に念話で聞いてみればいい。今の会話はほとんど理解できてないと思うから、直接聞けば分かるだろ。」
「いいわ。信じてあげる。」
「ふーっ。」と一紀はため息を吐いた。
「で、何の用なんだ?」

「そうそう、レオちゃん知らない?」
「王子がどうしたんだ?」
「レオちゃんにも日本語教えようとしているんだけど、あまり近づいてこなくてね。」
「まあ、気持ちはわかる。」
「それどういう意味?」
 再びキッと睨まれる。
 紗江子さん、顔は綺麗なのだが睨まれると結構恐ろしいのである。
 しかも、争っても必ず負ける。
「安西と一緒にいるんじゃないのか? 結構気が合っていたようだし。水橋、知らないか?」
 畏まっていた水橋が、落ち着いたのか冷静な状態で答える。
「特に聞いておりませんが、そもそも安西さまは自由行動が主体なので、私の方は把握しておりません。」
「じゃあ、至急児島に確認しろ。」
「わかりました。」

 王子の行動は常に誰かが監視する形になっており、基本的には児島が見ている筈だ。
 今日外出するという話は聞いていない。
 確かに、少しずつこの世界に慣れてもらうため、外出の機会を増やしつつある。それでも自由に出すという状況にはない。

「抜け出して、遊びに行っちゃったのかな?」
「そんなはずはない。」
 一紀は自体がわからず戸惑っている王女の手をさっと取る。
『何が起こっているのじゃ?』
『レオパルド王子の居場所が不明になりました。』
『今日は、安西にどこか連れて行ってもらうと言っていたぞ。』
『どこか?』
『詳しくは聞いておらんが、遊びに行ったのではないのか?』
『王女とは別にですか?』
『妾は別に行きたくない。』
『そうですか。』

「安西が連れ出したようだな。しかし、そんな話は聞いてないぞ。」
「まあ、男の子だからお姉さんとは別に行きたいところもあるんじゃない?」
「安西は勝手な行動をすることもあるが、俺に報告しないというのも奇妙だな。」
 その時、水橋が戻ってきた。
「児島さんによると、安西さまが連れ出されたようです。内緒にしておくようにと、笑いながら言われたようですが。一紀さまにもお話が無かったのですか?」
「ああ、そうだ。安西の奴、勝手なことを。」

 一紀は携帯を取り出すと、すぐさま安西に掛ける。直ぐに安西が出た。
「安西、王子を連れ出すとはどういうことだ!」
「ありゃ、児島から上手く伝わりませんでしたか。」
「なんだと?」
「王子が、どうしても強くなりたいと言い出しましてね。しかも、王女様には内緒でと言う話でしたので、児島にそれとなく伝わるように言っておいたのですが。」
「うん? 俺に伝えずにか?」
「児島には、一紀さまだけに伝わるようにと、「内緒で」と言っておいたはずなのですが、伝わりませんでしたか。」
「で、今どこにいる?」
「空手道場で見学です。」
「空手?」
「王子が覚えるには、それが一番良いかと思いましてね。」

 安西は、当たり障りないことを言っている。
 確かに辻褄におかしな部分はない。
 しかし、どうも気に入らない。
 安西に自由行動を許したのは確かに一紀だが、どのような場合に許されるかは十分知っている筈なのだが。

「まあ、居場所判ったんでしょ。じゃあ、よかったじゃない。」
 紗江子さんは、気まずい雰囲気を払拭したいのか明るく振る舞う。
 しかし、アレクサンダラスと手を結んだことで、少々心に緩みが出ているのではないか。
 それが大きな重しとして心に圧し掛かる。
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