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「あれだけ仲良かったのに、お前最低だな」
かつての友人が自殺をした。その知らせを聞いた時、私は兄にそう言われた。
だが、それは兄の言う通りだった。
私には兄と弟がいて自分はその真ん中だった。それはとても複雑で、母と祖父母の愛は長男に傾いていたし、その長男は一番下の弟ばかりを見ていた。かといって家に居場所がなかったわけでもないし、嫌われていたわけでもなかった。ただ、少しだけ長男と弟に私は嫉妬していたのだ。
そんな家庭の中で育った私だが、その家の外はどうだったかと言えばクラスメイトにはどこにでもいそうな男子が下ネタを言い合っては爆笑している馬鹿ばかりだった。私を含めた女子達はそれに毎度呆れるという定番。そんな男子の一人が悪ふざけで帰宅途中の私を後ろから赤いランドセルを押したのだ。教科書が沢山入っていて重い思いをしながら学校と自宅を行き来していた私にとって突然背中から押されるということは重心が前に倒れることを意味し、私はアスファルトへ受け身もろくに出来ずに顔面を強く打った。そのせいで私の前歯が一本欠けてしまい、後で両者の両親が学校に呼び出される事態にまで発展した。このように馬鹿な男子のせいで遂に私に直接被害をもたらしたのだ。本当に迷惑でその時の私は大袈裟にも男子なんて滅んでしまえばいいとさえ思ったのだった。
そんなこともあって自分には男友達はいなかった。私にいたのは少し太った友人がいた。その子は夏美と言って、よくお泊まり会とかして仲良く遊んでいたんだけれども、私達がセーラー服を着るようになってからは自分と夏美との距離は徐々に離れるようになっていた。それに気づいたのは部活動をやるようになってからだろう。私と夏美は中学から入らなければならない部活を決めあぐねていた。最初は夏美と私は同じ部活を選ぶと思っていたが、本入部の期限ギリギリでほぼやけくそで選んだ二人が出した決断はその後を大きく分けた。夏美が選んだのは吹奏楽部で私はバレーを選んだ。理由はそれぞれ、夏美は運動がそもそも得意ではないから、私はバレーが人気だと思ったし出来るスポーツとしたらバレーかと思ったからだ。バスケはバレー程得意ではなかったし、水泳は自分の中ではまずないと思っていたからだ。因みにその水泳は部員が足りなくなり今年廃部が決まった。
私の部活は朝練があり、朝練のない夏美とは登校時間がズレるようになった。それだけではなくクラスも違って、多分それが距離を広げていったんだろう。そんな風に感じていた私はある日、久しぶりに廊下で夏美とすれ違った。私は夏美に「おはよう」と挨拶をした。だが、夏美は私を一瞥することもなく素通りした。
「え?」
私には何故夏美が不機嫌なのか分からなかった。別に喧嘩別れしたわけでもない。お互い忙しかっただけなのに。それとも私が夏美に会いに行かなかったのが理由なのか? でも、私は何度か休み時間に夏美に会いに教室まで行ったことがある。だけど、夏美は決まって教室にいなかった。トイレまで行って探したのに、いつも夏美とは会えないでいた。
もしかして避けられてる? でも、何で?
その時はまだ理由が分からなかったし、その理由がもし自分のせいだったらどうしようと、その日はずっと理由を思いつく限り探してみたが全く見当がつかなかった。そのせいで授業に集中して聞くことも出来ず、ノートが白紙のままだと気づいたのはチャイムが鳴った後だった。
それから数日が経過し、夏美が自分と距離をとっていると気づいてからは私も夏美と距離をとるようになっていた。どちらかが謝ればいいことなのかもしれないけど、自分にはその原因が分からないし、そもそもハッキリ言わない夏美も夏美だと思うようになると、もうどうでもよくなっていた。それに、お互い勉強と部活動で実際忙しいのは事実だ。バレー部は体育の授業よりも厳しい練習メニューで驚かされたし、毎日の筋トレで最初の方は筋肉痛になったりしてこんな筈じゃなかったのにと思うことの連続で疲れていた。
そして、ある時。先輩から試合が近い為、自分達一年に断髪指令が下された。野球部も坊主になっていたりと入学したばかりの新入生の雰囲気とはまるで一変していた。私達もその指令に抗うことは出来なかった。
それは大人達で言えば上司の命令で断れず不正に関与す社員のように、イエスマンにならざるおえなかった。
肩まであったサラッとした髪はバリカンで襟足を剃り、前髪は眉より上へ切り揃えられた。いわゆるベリーショートだ。何故そこまでして部活に注がなければならないのか全く分からなかったし、外見で人は強くはなれないだろう。しかし、テレビでやる甲子園で坊主の野球少年がなくならないのも、古き伝統を守らせている過去に縛られ続けているからであろう。私達はその仲間入りの踏み絵、証をその身に刻まれたわけだ。
できるだけ男子達の好奇な目で見られないよう鏡の前で必死に抗うようにアレンジを試みた。しかし、結果はどんなに頑張っても変えられなかった。明日が怖い。この頭をクラスの、学年の、学校中の、いや、外に出るたびに色んな人達に見られるのだ。
どうしてこんな思いをしてまでバレーをしなきゃならないのか。
過度な部則や先輩からの圧力は異常としか思えないのに、皆それを乗り越えたから、誰も何も言わず、通過儀礼だとでも言うのだろうか。
だが、そんな理由で親が学校を休ませてくれる筈もない。泣きついたところで何か変わるわけもない。
結局、ベッドから重い体を無理矢理起こし、洗面所まで立たせ、嫌な自分と正面向き合い、乱暴に歯を磨いた。
それから学校へ重い足と朝練の時間との戦いが始まった。学校へ行きたくないという自分と、学校へ行かなきゃいけないという世の中がいう当たり前という仮初めの正論との戦いで、私は走れメロスを連想させながら呼吸を荒くさせながらも、なんとか体育館へ向かうことが出来た。そこでは王……ではなく、部長が仁王立ちして待ち構えていた。私以外の一年も同じように髪を切ってきて、内心皆想像していた通り酷い頭をしていたが、そこは皆誰も触れないようにしていた。
すると、先輩達は一年生の髪をチェックしていき、髪を摘まむとそれを引っ張りだした。痛みは当然感じたが、皆声を出さず堪えていた。先輩の雷の方が断然怖いからだ。
「長い」
引っ張られた箇所はその場で先輩達によって切られ、私も言われた通り眉上で揃えてあった前髪を更に切られおでこが丸見えになるまでバッサリと切られた。
全員がほぼ男子同然の頭になると、ようやく練習が始まった。
それは朝練が終わり皆でビクビク震えながら各々の教室へ戻る途中、男子達のクスクスと笑う声が聞こえてきた感覚に襲われた。実際はそうではなかったが、男子の笑い声が聞こえてくると、まるで自分が笑われたんじゃないかと内心落ち着くことが出来なかった。
もう嫌……そう思っていると、小学生の頃私を押し倒した男子が私を見て「モンチッチ」と指差して言ってきた。その時のショックを今でも忘れない。私はその男子に「死ね!」と強い怨念を放つかのように怒鳴りつけた。
その男子は「こわっ!」と口ではそう言ったが全く怖がることなくその場から逃げた。
でも、こうなることは分かっていたことだ。鼻を啜りながら私は自分の席へ向かった。
それは数日経っても慣れるものではなかった。もう、この頭で街中へは行きたくないし、自信を失った私はそれを忘れる為により部活にのめり込んだ。だが、それは決して良い方法ではなかった。むしろ怪我が増えたし、せっかくここまでやったのにレギュラーになれないのだからどんどんやる気が削がれていく。次第にバレーが嫌いなっていき、気づけば楽しくもなくなっていた。ただ、辛く過酷で、もう辞めたいと思うことばかりになっていた。
本当に辞めちゃおうか。そう悩んでいる時、珍しく夏美が私に挨拶をしてきた。
「おはよう」
私も小さく挨拶を返した。
「私、ちょっと態度悪かったよね。それで謝りたくなって……でも、中々言い出せなくて、本当にゴメンね」
「ううん、いいよ。私も同じく態度悪かったし、私もゴメンね」
「良かった。このまま仲直り出来なかったらどうしようと思ったよ。お互い部活動も違って距離がなんかあいたよね」
「ああ、うん。そうだよね。私も朝練があって一緒に登校出来なくなったから」
「ねぇ、一緒に登校とかは出来ないけど前みたいに下校は一緒にしようよ」
「ああ、うん。いいよ」
「それじゃ、正門で待ち合わせね」
「うん」
嫌なこともあるけど、突然良いこともふってくる。この世はうまくバランスが出来ていて、良いことばかりじゃないし、悪いことがずっと続くわけでもないんだと、ちょっと思うようになった。
だけど、それは同じクラスメイトの女子の助言で一変した。
「最近、また夏美と仲良くなったの?」
「え? うん、そうだけど」
「やめなよ。皆、あの子とは関わらないようにしてるよ。男子だってあの子の性格の悪さに気づいてるんだから」
「どういうこと?」
「夏美がさ、あんたに声かけるようになったのはさ、部活で髪切ってからでしょ? 夏美はさ、あんたが可愛くなくなって嫉妬しなくなったからまた仲良くなり始めたんだよ」
知らなかった。夏美が私に嫉妬? 小学生の時はそんなのなかったのに。でも、言われてみたらそうかもしれない。夏美が自分に声を掛けてきたタイミングが真実味を帯びていた。
私はどうしようか迷った。今日もきっと夏美は正門で私を待っているだろう。私はどんな顔して夏美と会えばいいのだろう。夏美と会って本当のことを確かめるか? そうこう色々考えて、私は時計の針を眺めた。
下校の時間。私は約束を破った。そうとは知らず夏美はきっと私が現れるのをずっと正門で待っているだろう。学校に生徒が誰もいなくなって空が暗くなり始めた頃になるまで。
翌日。
私は夏美と廊下ですれ違った。私は夏美に挨拶をしなかった。夏美も私に気づいたが、何も言わなかった。お互いの関係はその時、崩壊した。それは修復不可能で、一度抱いた誰かの噂を信じかつての友人を信じられなくなった時点で、その運命は決まったようなものだった。
私はもう夏美のことを考えるのをやめた。多分、夏美もそうだろう。
こうして月日は残酷にも青春という複雑で難しい時期は冷たくも流れ、夏美は完全に孤立し、私は部活を辞めずに続けた結果、仲間の結束は強まっていった。
そして、一年が終わる頃に夏美は不登校になった。
なのに、誰も夏美を話題にしようとせず、誰も夏美を気にする素振りもなく、まるで存在しなかったかのように、時が流れると同時に彼女の席、居場所も薄れて空っぽになっていった。
それが来年の雷の時期を過ぎ去った頃、夏美の母親が学校へ現れた。
母親は校長室へ行き、それを目撃した生徒は直ぐ様それを教室へ週刊誌の記事のように速報を流した。でも、反応はイマイチだった。今頃になって何故? 学校にまた来るのか? 転校か? 誰もが夏美を心配するような声はなく、完全な他人事のようだった。それは私もそうだった。
テスト期間は部活動は休みであり、その一週間は皆下校が早く少し非日常に感じた。でも、それも自分が部活を引退すればそれが毎日続くのだろう。そのかわり、嫌いな勉強をしなければならない。どっちも嫌だなと思いながら下駄箱で靴を履き替え正門へ向かうと、そこに夏美の母親が立っていた。どうしよう? と思ったが、目をそらす前にその母親と目が合ってしまった。母親は私に用があったようで小走りに近づいた。
「どうして目をそらすの? 何か、娘とあったの? 娘が何か悪いことをしたの?」
「いえ、そんなんじゃ……」
「娘はあなたに無視されて、一緒に帰る約束も無視されたって聞いたわ。娘と喧嘩したの?」
「いえ……」
「それじゃどうして娘を無視するの? 娘は学校でいじめられてるの?」
「いじめとかはないと思います」
「それじゃなんで娘は皆から無視されてるの? 学校の先生に言っても、イジメはなかったって言うの。でも、先生の言うことは信じられない。あなたの口から教えて欲しいの」
がしっと両腕を掴まれた。まるで逃さないかのように。
「分かりません」
「分かりませんって……無視はイジメでしょ? 違うの? 皆で娘を無視しようって言われてるの? あなたも自分がいじめられるから従ってるの? 本当のことを教えてちょうだい」
次第に母親の握る力が強まっていく。
「痛い!」
「あ、ごめん」
力は弱まったが母親は手を離さなかった。
「私はいじめてませんし、皆もいじめてはいないと思います。ただ、皆から嫌われてるだけだと思います」
「娘が何かしたの? 何をしたの?」
「そんなの、そんなの私に聞かないで下さいよ。自分の娘に聞いたらどうですか」
「娘に聞いても分からないって言うからあなたに聞いてるの。ねぇ、昔は仲が良かったのに、なんでそんなに冷たくできるの?」
そう言われて自分の何かが壊れた音がした。それは失笑へとかわる。
「そうやって被害者ぶって。言っときますけど、最初に無視してきたのはそちらの娘さんですから! 本人も自覚あるんじゃありませんか?」
「そ、そうなの?」
それは知らないのか。どうやら、母親には自分に都合のいいことしか話していないようだ。それで他人を責めるのは御門違いだ。
「まず、私や他の皆を責める前にもう一度娘さんと話をされた方がいいんじゃないですか?」
私はそう言って腕を振り払った。私は小走りに母親から逃げた。母親が追いかけてきたらどうしようと思ったが、母親は追いかけては来なかった。私は振り返るのが怖かった。
今思えば、母親が自分の娘を心配するのは当然だった。母親にとって学校の事情を知るわけではない。保護者にとって学校はブラックボックスなのだ。だから、娘を守ろうと必死になるのも、それを知ろうとするのも別に異常でも過剰でも、それ事態はモンスターペアレントでもない。ブラックボックスであることが余計不安を掻き立てている。それを世間は過保護と決めつけている。でも、母親にとって娘は弱った命で、それをただ守ろうとしているだけだった。私はそれに気づいてやるべきだったし、あんなこと言うべきじゃなかった。でも、もう取り返しはつかない。
瞬間の判断が後悔となる。でも、人はいつも正しい選択ができるわけではない。そういう人間に憧れても、理想論だ。それでも、後悔は次の選択で正すことができる。過ちを沢山することで、その分正しい道も見えてくる。
そこに答えがあったのか、と。
かつての友人が自殺をした。その知らせを聞いた時、私は兄にそう言われた。
だが、それは兄の言う通りだった。
私には兄と弟がいて自分はその真ん中だった。それはとても複雑で、母と祖父母の愛は長男に傾いていたし、その長男は一番下の弟ばかりを見ていた。かといって家に居場所がなかったわけでもないし、嫌われていたわけでもなかった。ただ、少しだけ長男と弟に私は嫉妬していたのだ。
そんな家庭の中で育った私だが、その家の外はどうだったかと言えばクラスメイトにはどこにでもいそうな男子が下ネタを言い合っては爆笑している馬鹿ばかりだった。私を含めた女子達はそれに毎度呆れるという定番。そんな男子の一人が悪ふざけで帰宅途中の私を後ろから赤いランドセルを押したのだ。教科書が沢山入っていて重い思いをしながら学校と自宅を行き来していた私にとって突然背中から押されるということは重心が前に倒れることを意味し、私はアスファルトへ受け身もろくに出来ずに顔面を強く打った。そのせいで私の前歯が一本欠けてしまい、後で両者の両親が学校に呼び出される事態にまで発展した。このように馬鹿な男子のせいで遂に私に直接被害をもたらしたのだ。本当に迷惑でその時の私は大袈裟にも男子なんて滅んでしまえばいいとさえ思ったのだった。
そんなこともあって自分には男友達はいなかった。私にいたのは少し太った友人がいた。その子は夏美と言って、よくお泊まり会とかして仲良く遊んでいたんだけれども、私達がセーラー服を着るようになってからは自分と夏美との距離は徐々に離れるようになっていた。それに気づいたのは部活動をやるようになってからだろう。私と夏美は中学から入らなければならない部活を決めあぐねていた。最初は夏美と私は同じ部活を選ぶと思っていたが、本入部の期限ギリギリでほぼやけくそで選んだ二人が出した決断はその後を大きく分けた。夏美が選んだのは吹奏楽部で私はバレーを選んだ。理由はそれぞれ、夏美は運動がそもそも得意ではないから、私はバレーが人気だと思ったし出来るスポーツとしたらバレーかと思ったからだ。バスケはバレー程得意ではなかったし、水泳は自分の中ではまずないと思っていたからだ。因みにその水泳は部員が足りなくなり今年廃部が決まった。
私の部活は朝練があり、朝練のない夏美とは登校時間がズレるようになった。それだけではなくクラスも違って、多分それが距離を広げていったんだろう。そんな風に感じていた私はある日、久しぶりに廊下で夏美とすれ違った。私は夏美に「おはよう」と挨拶をした。だが、夏美は私を一瞥することもなく素通りした。
「え?」
私には何故夏美が不機嫌なのか分からなかった。別に喧嘩別れしたわけでもない。お互い忙しかっただけなのに。それとも私が夏美に会いに行かなかったのが理由なのか? でも、私は何度か休み時間に夏美に会いに教室まで行ったことがある。だけど、夏美は決まって教室にいなかった。トイレまで行って探したのに、いつも夏美とは会えないでいた。
もしかして避けられてる? でも、何で?
その時はまだ理由が分からなかったし、その理由がもし自分のせいだったらどうしようと、その日はずっと理由を思いつく限り探してみたが全く見当がつかなかった。そのせいで授業に集中して聞くことも出来ず、ノートが白紙のままだと気づいたのはチャイムが鳴った後だった。
それから数日が経過し、夏美が自分と距離をとっていると気づいてからは私も夏美と距離をとるようになっていた。どちらかが謝ればいいことなのかもしれないけど、自分にはその原因が分からないし、そもそもハッキリ言わない夏美も夏美だと思うようになると、もうどうでもよくなっていた。それに、お互い勉強と部活動で実際忙しいのは事実だ。バレー部は体育の授業よりも厳しい練習メニューで驚かされたし、毎日の筋トレで最初の方は筋肉痛になったりしてこんな筈じゃなかったのにと思うことの連続で疲れていた。
そして、ある時。先輩から試合が近い為、自分達一年に断髪指令が下された。野球部も坊主になっていたりと入学したばかりの新入生の雰囲気とはまるで一変していた。私達もその指令に抗うことは出来なかった。
それは大人達で言えば上司の命令で断れず不正に関与す社員のように、イエスマンにならざるおえなかった。
肩まであったサラッとした髪はバリカンで襟足を剃り、前髪は眉より上へ切り揃えられた。いわゆるベリーショートだ。何故そこまでして部活に注がなければならないのか全く分からなかったし、外見で人は強くはなれないだろう。しかし、テレビでやる甲子園で坊主の野球少年がなくならないのも、古き伝統を守らせている過去に縛られ続けているからであろう。私達はその仲間入りの踏み絵、証をその身に刻まれたわけだ。
できるだけ男子達の好奇な目で見られないよう鏡の前で必死に抗うようにアレンジを試みた。しかし、結果はどんなに頑張っても変えられなかった。明日が怖い。この頭をクラスの、学年の、学校中の、いや、外に出るたびに色んな人達に見られるのだ。
どうしてこんな思いをしてまでバレーをしなきゃならないのか。
過度な部則や先輩からの圧力は異常としか思えないのに、皆それを乗り越えたから、誰も何も言わず、通過儀礼だとでも言うのだろうか。
だが、そんな理由で親が学校を休ませてくれる筈もない。泣きついたところで何か変わるわけもない。
結局、ベッドから重い体を無理矢理起こし、洗面所まで立たせ、嫌な自分と正面向き合い、乱暴に歯を磨いた。
それから学校へ重い足と朝練の時間との戦いが始まった。学校へ行きたくないという自分と、学校へ行かなきゃいけないという世の中がいう当たり前という仮初めの正論との戦いで、私は走れメロスを連想させながら呼吸を荒くさせながらも、なんとか体育館へ向かうことが出来た。そこでは王……ではなく、部長が仁王立ちして待ち構えていた。私以外の一年も同じように髪を切ってきて、内心皆想像していた通り酷い頭をしていたが、そこは皆誰も触れないようにしていた。
すると、先輩達は一年生の髪をチェックしていき、髪を摘まむとそれを引っ張りだした。痛みは当然感じたが、皆声を出さず堪えていた。先輩の雷の方が断然怖いからだ。
「長い」
引っ張られた箇所はその場で先輩達によって切られ、私も言われた通り眉上で揃えてあった前髪を更に切られおでこが丸見えになるまでバッサリと切られた。
全員がほぼ男子同然の頭になると、ようやく練習が始まった。
それは朝練が終わり皆でビクビク震えながら各々の教室へ戻る途中、男子達のクスクスと笑う声が聞こえてきた感覚に襲われた。実際はそうではなかったが、男子の笑い声が聞こえてくると、まるで自分が笑われたんじゃないかと内心落ち着くことが出来なかった。
もう嫌……そう思っていると、小学生の頃私を押し倒した男子が私を見て「モンチッチ」と指差して言ってきた。その時のショックを今でも忘れない。私はその男子に「死ね!」と強い怨念を放つかのように怒鳴りつけた。
その男子は「こわっ!」と口ではそう言ったが全く怖がることなくその場から逃げた。
でも、こうなることは分かっていたことだ。鼻を啜りながら私は自分の席へ向かった。
それは数日経っても慣れるものではなかった。もう、この頭で街中へは行きたくないし、自信を失った私はそれを忘れる為により部活にのめり込んだ。だが、それは決して良い方法ではなかった。むしろ怪我が増えたし、せっかくここまでやったのにレギュラーになれないのだからどんどんやる気が削がれていく。次第にバレーが嫌いなっていき、気づけば楽しくもなくなっていた。ただ、辛く過酷で、もう辞めたいと思うことばかりになっていた。
本当に辞めちゃおうか。そう悩んでいる時、珍しく夏美が私に挨拶をしてきた。
「おはよう」
私も小さく挨拶を返した。
「私、ちょっと態度悪かったよね。それで謝りたくなって……でも、中々言い出せなくて、本当にゴメンね」
「ううん、いいよ。私も同じく態度悪かったし、私もゴメンね」
「良かった。このまま仲直り出来なかったらどうしようと思ったよ。お互い部活動も違って距離がなんかあいたよね」
「ああ、うん。そうだよね。私も朝練があって一緒に登校出来なくなったから」
「ねぇ、一緒に登校とかは出来ないけど前みたいに下校は一緒にしようよ」
「ああ、うん。いいよ」
「それじゃ、正門で待ち合わせね」
「うん」
嫌なこともあるけど、突然良いこともふってくる。この世はうまくバランスが出来ていて、良いことばかりじゃないし、悪いことがずっと続くわけでもないんだと、ちょっと思うようになった。
だけど、それは同じクラスメイトの女子の助言で一変した。
「最近、また夏美と仲良くなったの?」
「え? うん、そうだけど」
「やめなよ。皆、あの子とは関わらないようにしてるよ。男子だってあの子の性格の悪さに気づいてるんだから」
「どういうこと?」
「夏美がさ、あんたに声かけるようになったのはさ、部活で髪切ってからでしょ? 夏美はさ、あんたが可愛くなくなって嫉妬しなくなったからまた仲良くなり始めたんだよ」
知らなかった。夏美が私に嫉妬? 小学生の時はそんなのなかったのに。でも、言われてみたらそうかもしれない。夏美が自分に声を掛けてきたタイミングが真実味を帯びていた。
私はどうしようか迷った。今日もきっと夏美は正門で私を待っているだろう。私はどんな顔して夏美と会えばいいのだろう。夏美と会って本当のことを確かめるか? そうこう色々考えて、私は時計の針を眺めた。
下校の時間。私は約束を破った。そうとは知らず夏美はきっと私が現れるのをずっと正門で待っているだろう。学校に生徒が誰もいなくなって空が暗くなり始めた頃になるまで。
翌日。
私は夏美と廊下ですれ違った。私は夏美に挨拶をしなかった。夏美も私に気づいたが、何も言わなかった。お互いの関係はその時、崩壊した。それは修復不可能で、一度抱いた誰かの噂を信じかつての友人を信じられなくなった時点で、その運命は決まったようなものだった。
私はもう夏美のことを考えるのをやめた。多分、夏美もそうだろう。
こうして月日は残酷にも青春という複雑で難しい時期は冷たくも流れ、夏美は完全に孤立し、私は部活を辞めずに続けた結果、仲間の結束は強まっていった。
そして、一年が終わる頃に夏美は不登校になった。
なのに、誰も夏美を話題にしようとせず、誰も夏美を気にする素振りもなく、まるで存在しなかったかのように、時が流れると同時に彼女の席、居場所も薄れて空っぽになっていった。
それが来年の雷の時期を過ぎ去った頃、夏美の母親が学校へ現れた。
母親は校長室へ行き、それを目撃した生徒は直ぐ様それを教室へ週刊誌の記事のように速報を流した。でも、反応はイマイチだった。今頃になって何故? 学校にまた来るのか? 転校か? 誰もが夏美を心配するような声はなく、完全な他人事のようだった。それは私もそうだった。
テスト期間は部活動は休みであり、その一週間は皆下校が早く少し非日常に感じた。でも、それも自分が部活を引退すればそれが毎日続くのだろう。そのかわり、嫌いな勉強をしなければならない。どっちも嫌だなと思いながら下駄箱で靴を履き替え正門へ向かうと、そこに夏美の母親が立っていた。どうしよう? と思ったが、目をそらす前にその母親と目が合ってしまった。母親は私に用があったようで小走りに近づいた。
「どうして目をそらすの? 何か、娘とあったの? 娘が何か悪いことをしたの?」
「いえ、そんなんじゃ……」
「娘はあなたに無視されて、一緒に帰る約束も無視されたって聞いたわ。娘と喧嘩したの?」
「いえ……」
「それじゃどうして娘を無視するの? 娘は学校でいじめられてるの?」
「いじめとかはないと思います」
「それじゃなんで娘は皆から無視されてるの? 学校の先生に言っても、イジメはなかったって言うの。でも、先生の言うことは信じられない。あなたの口から教えて欲しいの」
がしっと両腕を掴まれた。まるで逃さないかのように。
「分かりません」
「分かりませんって……無視はイジメでしょ? 違うの? 皆で娘を無視しようって言われてるの? あなたも自分がいじめられるから従ってるの? 本当のことを教えてちょうだい」
次第に母親の握る力が強まっていく。
「痛い!」
「あ、ごめん」
力は弱まったが母親は手を離さなかった。
「私はいじめてませんし、皆もいじめてはいないと思います。ただ、皆から嫌われてるだけだと思います」
「娘が何かしたの? 何をしたの?」
「そんなの、そんなの私に聞かないで下さいよ。自分の娘に聞いたらどうですか」
「娘に聞いても分からないって言うからあなたに聞いてるの。ねぇ、昔は仲が良かったのに、なんでそんなに冷たくできるの?」
そう言われて自分の何かが壊れた音がした。それは失笑へとかわる。
「そうやって被害者ぶって。言っときますけど、最初に無視してきたのはそちらの娘さんですから! 本人も自覚あるんじゃありませんか?」
「そ、そうなの?」
それは知らないのか。どうやら、母親には自分に都合のいいことしか話していないようだ。それで他人を責めるのは御門違いだ。
「まず、私や他の皆を責める前にもう一度娘さんと話をされた方がいいんじゃないですか?」
私はそう言って腕を振り払った。私は小走りに母親から逃げた。母親が追いかけてきたらどうしようと思ったが、母親は追いかけては来なかった。私は振り返るのが怖かった。
今思えば、母親が自分の娘を心配するのは当然だった。母親にとって学校の事情を知るわけではない。保護者にとって学校はブラックボックスなのだ。だから、娘を守ろうと必死になるのも、それを知ろうとするのも別に異常でも過剰でも、それ事態はモンスターペアレントでもない。ブラックボックスであることが余計不安を掻き立てている。それを世間は過保護と決めつけている。でも、母親にとって娘は弱った命で、それをただ守ろうとしているだけだった。私はそれに気づいてやるべきだったし、あんなこと言うべきじゃなかった。でも、もう取り返しはつかない。
瞬間の判断が後悔となる。でも、人はいつも正しい選択ができるわけではない。そういう人間に憧れても、理想論だ。それでも、後悔は次の選択で正すことができる。過ちを沢山することで、その分正しい道も見えてくる。
そこに答えがあったのか、と。
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