生きていい

アズ

文字の大きさ
1 / 3

01

しおりを挟む
「死にたい」
 お婆ちゃんは私にそう言った。
 お婆ちゃんは車椅子生活でトイレもお風呂も一人では厳しい。体は小さい為、私でも抱えることは出来たのは幸いだった。
 私はプロの介護士ではないが、お婆ちゃんの介護は慣れたものだった。
 母はそんな私に感謝してくれた。一方で負担になっていないか心配していた。
 たまに、テレビでヤングケアラーという言葉を耳にするようになったからだろう。
 でも、お婆ちゃんのことは好きだし、家族の介護を負担だと思ったことはなかった。
 そんなお婆ちゃんから言われた告白。
「なんでそんなこと言うのお婆ちゃん」
 実は前にも何度かこうして私にだけお願いをお婆ちゃんはしていた。
 母には絶対にそのことは言わないのに。
 お婆ちゃんは病院で入院をしなきゃならない病気を抱えているわけではない。ただ、毎日薬は飲んでいた。それが何の薬かは知らないけど、それを除けばお婆ちゃんは元気だった。
 会話もするし、私のことを忘れたりはしない。酷い認知症というわけでもない。
 なのに、お婆ちゃんの顔はどこか悲しそうだった。
 ほとんど自分の歯を失っており、入れ歯の入った口の周りにはシワがあり、目は丸い。メガネをしていないが、私だと分かるのだから顔は見えていると思う。
 人は年をとれば衰える。それに伴い出来たことが出来なくなってくることもある。だから、助けを求めることに恥ずかしがる必要もないし、遠慮する必要もない。なのに、お婆ちゃんは悲しい顔をしていた。何故なのか? お婆ちゃんは誰かに手伝ってもらうことが悲しいのか?
 私にはお婆ちゃんが何故死にたいのか分からなかった。



 一軒家の平屋では段差はなく、お婆ちゃんの部屋の和室には、畳を全て外して床を板に変えて、その部屋にはベッドが置かれてあった。介護用ベッドではないが、車椅子から移すのには床で寝る布団からよりはるかに楽に出来た。
 お婆ちゃんはベッドになってもぐっすりと眠ることが出来た。
 部屋にはおじいちゃんと一緒にいる写真が飾られてある。色あせており、時代を感じとれた。今では写真と言えば、スマホのデータだ。そして、容量がいっぱいになると、どうでもいいものから削除をする。とても便利だが、その分アルバムの数は昔の人程少なかった。
 どちらが幸せかなんて分からない。
 でも、少なくとも今の自分は幸せだった。お婆ちゃんにも会えたから。
 お婆ちゃんの部屋の隣は母の部屋だ。私はあまりその部屋には入らない。
 お母さんがこの家を出た時はそこは空き部屋だった。
 お母さんが家に戻る頃、おじいちゃんは亡くなっていて、お婆ちゃん一人だった。
 お父さんとは数年前に母と離婚していた。お父さんのことはあんまり記憶にない。自然と私は母と一緒にいた。私にはどっちについていくかという選択肢はなかった。
 リビングには車椅子が入る高さのあるテーブルに、壁には鳩時計、台所が目の前にあり、大きな窓と、そこから小さな庭に出ることが出来た。
 この家にはデジタル時計はなかった。いや、スマホを入れたらあるのか。
 家にはパソコンがなかった。母は苦手だし、お婆ちゃんはそもそもパソコンとは無縁だ。
 この家ではデジタルに強い人はいない。
 たまに、スマホで夢中になる自分の隣でお婆ちゃんが興味津々に見るくらいだ。
 一度、スマホを教えようとしたが、お婆ちゃんは「いい」と断った。
 どうやら、お婆ちゃんが見ていたのはスマホではなく、それに夢中になる自分だったとその後で気づいた。
 自分は高校一年で、スマホは入学祝いに母に買ってもらったものだ。
 新品だが、モデルはそこまで新しくはない。それでも私は良かった。正直、モデルが新しくなっても違いは分からないだろうし、使いこなせる自信はなかったからだ。
 もしかすると、デジタルに弱いのは遺伝的か?



「今日もまたお婆ちゃんに死にたいって言われたんだけど」
 私は母親に直ぐに今日の出来事をお婆ちゃんが寝た後で説明した。
 母も私もパジャマ姿で長袖長ズボンだ。母は薄いピンクで、自分は黄色だ。
「お婆ちゃん、何で死にたいんだろうね?」
 私は母に答えを求めるように訊いた。
 でも、母の答えは決まって分かったような顔をして、答えは曖昧だった。
 人はいつか死ぬ。急がなくたって、いずれ人は終わりをむかえる。
 最初はおじいちゃんのところへ行きたいのかと考えた。でも、母曰く、あなたのおじいちゃんは家にいる時はお婆ちゃんに酷い暴言を吐いていたと言う。
 確かに、おじいちゃんの顔はどこか怖いところもある。頼りそうな、それでいて昔の人という雰囲気がする。抽象的で乏しい表現力は私の語彙力の限界だ。
 小さい頃は自分は本をよく読んだ子だった。
 でも、高校に入ってからは、スマホを手にするようになってからはめっきりと本を手に取る時間は大幅に減っていた。
 お母さんはおじいちゃんのことをああは言ったが、お婆ちゃんはおじいちゃんのことを嫌ってはいなかった。
 私はお婆ちゃんがいなくなると寂しいと言うと、お婆ちゃんはその日はそれ以上言わなかった。



 私の部屋は二人の部屋から離れた玄関に近い部屋にあった。
 私の部屋はベッドで机がある。机には高校の鞄、制服はハンガーにかかってある。
 中学の頃はしたい部活動もとくになく、やる気もない私は楽な部活を探し卓球を選んだ。卓球を馬鹿にしてるわけじゃないけど、入部して意外と練習が本格的だったことに驚いた。それから、卓球の面白さに気づき、最後は楽しいと感じていた。
 試合は弱くて初戦敗退ばかりだったけど。
 高校にも卓球はあったが、私は部活には入らなかった。
 高校は部活動は強制ではなく自由だった。とは言え、部活動に入れば就職に有利だとか、なんか色々理由を付けてはすすめてきたが、自分の場合は仕方がない。
 母が仕事で帰りが遅い時は私がお婆ちゃんの介護をしなきゃならないからだ。
 私の学校は自転車で通える距離で、片道20分程度だった。
 学校が終わり直行すれば、デイサービスから送迎で戻ってきたお婆ちゃんが家で一人でいる時間も短くすむ。
 施設入所も考えたが、近場の施設は入所に思った以上にお金がして高かった。



 朝は肌寒い時期になって、自転車だと風を受けるのでこれからの時期は自転車組はより厳しくなる。
 自転車に跨り家を出て暫くすると、橋がある。それなりに大きな川だが、大雨になるとその水は茶色くなり、台風だと川の流れが速くなる。何もない時は川遊びも出来そうだが、天気によっては川は危ないものへと変貌を遂げる。
 周りは住宅がぽつぽつとあり、この辺りにはコンビニやお店がない。
 昔は駄菓子屋が近くにあったらしいが、それをやっていたおじいちゃんはもういなくなり、同時に店もなくなった。
 それでも町の風景は変わっていないようだ。
 高校へ向かうにつれ、信号のある交差点が増えていく。次第に、グリーンベルトも歩道に現れるようになる。近くに小学校があるのだ。私の母校ではないが。
 母と一緒にこっちに来たのは中学の時だ。それまでは年に一度挨拶程度に来ていたぐらいだ。
 離婚はそれよりもっと前になる。小学何年の頃だったか……忘れた。
 自分の通う高校は進学校だった。とは言え、自分は特に行きたいような大学どころか将来の夢もなかった。
 ふと、通学路を歩くランドセル姿に自分が保護者のいる前で将来の夢を発表した頃を思い出す。
 あれは小学四年か? その時は学校の先生になりたいと言っていた。
 あの頃の自分はどこへ行ってしまったのだろう。
 高校では新しい友達、新しいクラス、新しい先生、全てが新しく、小学生は過去のものになった。今の自分を昔の自分が見たらどう思うんだろうか。少し考えたが、答えは浮かばなかった。自分のことなのに。



 高校の授業はご想像通り、眠い時間が続いた。特に古文は。それでも何とか起きようと、目を必死に開いた。
 中には男子は堂々と就寝中。それが羨ましく感じた。勿論、その男子生徒はその後注意を受けた。
 学校は楽しかった。体育祭を除いては。男子は楽しんでいたが、私はそうではなかった。中学の部活は運動部だったとはいえ、運動が得意になれたわけではない。相変わらず体育は酷かった。赤点をとらないのがやっとというところだ。
 因みに、数学はそれなりに成績は良かった。古文は…… 。



 その日。
 お婆ちゃんからまたあの言葉を聞いた。
「死にたい」
 どうしてか訊くと「死なせてくれる?」とお願いしてきた。
 何故私なのだろうか? 母には一切それを言わないのに。
「死ぬのは怖くないの?」
 お婆ちゃんは頷いた。
 不思議とそれには驚かない自分がいた。
 自分も死を怖いと思ったことはなかった。
 死について考えたことは二度ある。一度目は飼っていた猫が亡くなった時。二度目はおじいちゃんのお葬式の時だ。
 死はお婆ちゃんにとってはお迎えのようなものかもしれない。
「私、寂しいよ」
 すると、お婆ちゃんは笑った。
 実は一週間の間に2回言われたのは今回が初めてだった。
 普段の生活に変化があったようには見えない。それに、あの笑顔に嘘は感じられなかった。



 お婆ちゃんは好き嫌いがなかった。私はまだ大人ではないのだろう。嫌いなものは沢山あった。ゴーヤにアスパラにトマトにかぼちゃにあんこだ。
 母が帰って来た時、みたらし団子とあんこの二本がセットになったものを買ってきてくれた。
 お婆ちゃんは先に何故かみたらし団子を手にとって食べ始めた。
 お婆ちゃんはあんこが好きで、私はみたらしが好きだからそのつもりで母は買ってきたのだろうが、これには私は笑った。
「食べないの?」
「私、あんこ嫌いなの」
 すると、意外そうな顔をした。
 お婆ちゃんは結局二本食べたのだ。



 翌日。
 その日は雨だった。
 お婆ちゃんはいつものようにデイサービスに向かい、私が学校へ行った。母は仕事へ。
 ドアは3回開き、皆バラバラに玄関を出ていった。
 行ってきます。
 そして、帰る時も皆バラバラだった。私が少しお婆ちゃんより遅いだけ。
 おかえりなさい。
 家はいつも、三人を送り、三人を迎え入れた。これがずっと続けばいいと思っていた。
 だから、お婆ちゃんのたまに「死にたい」という言葉は悲しかった。



 ある時、私はお婆ちゃんの右腕に内出血があるのに気づいた。
「お婆ちゃん、これどうしたの?」
「分からない」
 お婆ちゃんはそう答えた。知らない間にぶつけたのだろうか。内出血は人差し指と親指で一つの丸をつくるぐらいの大きさだった。それ以上は大きくなることはなく、時間はかかったが、何日かすると、その内出血は消えた。
 しかし、別の日に別の場所で内出血が新たに出来ていた。
 母に相談すると、どこかにぶつけたのかな? と言った。最初の私と同じだったが、デイサービスからは何も言われていなかった。
 少しだけお婆ちゃんのことがその時から心配するようになった。



 それからはというと、お婆ちゃんに出来た内出血についてずっと考えるようになっていた。
 家にいる時はなかったと思う。だとしたら……デイサービス?
 しかし、証拠はない。それでも、一度生まれた疑心は膨れ上がるだけだった。
 デイサービスを変えるよう言ってみるべきか。帰った後、母親に相談してみようと思った。
 その日の帰宅、珍しくデイサービスの送迎の車があった。
 若い女性職員で私に気がつくなり笑顔を見せた。
「おかえりなさい」
「あ、ご苦労さまです」
「今、帰られたところなんです」
「ああ、そうだったんですね」
 私は玄関を向いた。その私の背中に「あの、ちょっといいかな?」と言われ振り返る。
「最近内出血がよく見つかるんですけど、お家で最近転倒されたりしましたか?」
 私は雷を打たれたような気持ちになった。
 何故、そんなことを聞いてくるのか。その答えが分かってしまったからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...